仕事の時間は短く、報酬は通常に
「では、私の馬に共に」
「それは、大丈夫。私はクロがいるから」
騎士が乗ってきたらしい馬は駿馬と名高いディバザーグというそれなりに珍しい種類。
つやつやとした短い毛の身体は触り心地が良さそう。
……魔獣じゃない普通の馬だし、あとでさわさわしよう。
騎士が何か返事をする前にふわりとクロの背中に飛び乗る。
まるでふかふかのラグの上。
横座りに後ろにいた騎士に目をやればひとつ頷いて手綱を握った。
王都の王宮は一番奥にあって、ここはどちらかというと外に近い。
それなりに広い王都を歩くのはなかなかめんどくさいけど、私はクロに乗ってるだけ。私はクロを操る必要もないし人の隙間を縫うように勝手に流れていく景色をぼーっと見やる。
そういえば王都観光、まだしてないんだよね。
昔一周したことがある気がするけど昔過ぎて覚えてないし。
行こう行こうと思って結局当日めんどくさくなるってのを繰り返した結果。
もう何年経ったっけ?
気力がある日に行こう。
そんな計画をたてているうちに、気づけば王宮の大きな門の前。
警備兵は騎士の顔を見ただけで手続きもなく私が何か言われることも無く通された。
まあ、ここで止められるようかことがあれば私は帰ってたけど。
王宮内もクロに乗っていこうかと思ってたけど叫ばれたりするのもめんどくさいなと思って仕方なく歩くことにした。
クロは子犬サイズになって私の腕の中にいる。
もふもふぬいぐるみな完全な愛玩動物にしか見えない。
「魔女殿、殿下は奥にいらっしゃる。少し急ぎたい。失礼は承知だが抱き抱えてもいいだろうか」
うん、まあ切羽詰まってるみたいだしね。
私の足と騎士の足は長さも違うし。
「いいよ」
その方が楽そうだし。
答えるが早いか目線が高くなった。
走ってる訳では無いけど、人の少ない場所を選んで長い足を使ってどんどん進んでいく。
これは、確かに、持ってもらって正解だわ。
うん、と独りごちる。
だってさすが王宮。広すぎる。
多分1人で歩いてたら遠すぎて飽きる。
明らかに王族の居住区、とわかる場所に出てさらにその奥。
静まり返った廊下で下ろされて騎士はそこにあった扉をノックした。
「ライオネル・ヴァール、ただいま戻りました」
初めてこの騎士の名前がわかった。
あれ、そういえば言ってたっけ? 途中で言ってた気がする。
中から入室の許可があって、中に入る。
国王夫妻の2人、医者らしき人、側仕えが2人ほど。
中央のベッドには王太子である青年。
まるですでに葬儀みたいな雰囲気ね。
私はクロを頭に乗せてそのに近づいた。
覗き込んだ王太子の顔は真っ青。
キメ細やかな肌の上には赤黒い、何かが這ったような痣。
呼吸は浅くていっそ穏やかに見えた。
なんか色んな視線を感じるけどとりあえずむしして、その額に手を当てる。
気を集中させて魔力を少しだけ送り込む。
そのまま頬を撫でるように手を移動して喉元に。
「ちょっと、貴女一体何を」
王妃の声が聞こえたけど気にしないことにしてそのまま手を下に。
これはまた、面倒な。
そりゃ治せないでしょうねぇ、と思う。
拾ったのは愛情、恋情、憎悪、嫌悪。
中途半端な呪詛が複数、珍しい病が複数。
よくもまあこんなに拾えたもんね。
原因は何か、と断言できないような小さな物がいくつも重なって複雑なものになっている。
だからこれは病気、ともいえないし呪術の類にも分類できない。
普通発動できないような状態の素人のまじないがほかのものと合わさって奇跡的に新しい何かになってしまった。だから高名なその手のやつを連れてきても解けないってわけね。
まあ大体が逆恨みってとこなんだろうけど、この王子様大変ねー。
他人事として呑気に考えて、王太子の胸元に手のひらを合わせた。
「━━━解呪━━━」
ふわり、風が舞ったような感覚がした。
王太子の肌が元の色に戻っていく。
呼吸も少し深くなって胸が上下する。
「はい、終わり。あとはそこの人でどうにかなるでしょ」
応急医だろうおじいちゃんに視線を向ければはっとして王太子の容態を調べ始める。
「こ、これは……、殿下が回復されております!! あとは薬と体力向上で元通りのお姿に戻られるかと!!」
「そんなまさかっ……」
こんな一瞬で、と誰かの声が聞こえたけど、疲れたから私は部屋にあったソファに倒れ込んだ。
久しぶりにやると神経使うし気だるい。
だるおもだー。
ソファにあったふかふかクッションに体を預けてクロに頭を乗せる。
ぼーっとしてると騎士が私の足元に跪いた。
あ、なんか物語の挿絵にありそうな感じ。
「魔女殿、本当に感謝する。約束通り、貴女の願いをお聞かせ頂きたい」
それに気づいた王様も慌てて頭を下げに来た。
小娘に頭下げていいの?
まあ、相手が魔女だもんね。
礼儀なってないとか言って国滅ぼされても困るしね。
めんどくさいから私はしないけど。
ていうか私にはそういうの向いてない。できるけど。
「息子が助かったのは魔女殿のおかげだ。ライオネル、お前もよくやってくれた。お前はこれからもあの子の傍に付いていてやってくれ」
「陛下、それは……っ!」
「いいんだ。それだけのことをしてもらった。この命ひとつ渡すくらい……」
この人たちなんの話ししてるの?
魔女の求める代価はそれぞれ違うし。
命なんて、私いりませんけど?
ていうか普通魔女の前でそれやる?
そのへんの自称お姉さま方な魔女たちの前でやったらそれこそ国爆発とかされちゃうと思うんだけど。
「ちょっと、そこの騎士」
ちょいちょいと手招きする。
ものすごく真面目な雰囲気を漂わせて、それでも何かの吟じなのか微笑みを浮かべて。
1歩近づいてきた騎士に私は口を開く。
「ねぇ、私、まだ何も言ってないんだけど。処理にめんどくさい命なんていらないし、生涯の従僕もいらないし、かと言って身体の1部なんて見るからに気持ち悪いもの求めないから」
「それでは、貴女は何を」
望むのか、と真剣な瞳をするから。
私は少しだけ考えた。
こんかいのはちょっとだけ複雑怪奇状態だったし、それなりにめんどくさかった。
時間にしたら一瞬だったけど、複数の原因の同時処理出しかも絡まった糸を解くような回路。
正直あんまりやりたくはない。
本気で神経使った。
だから。
「そう、ね。この仕事ならー…………半年」
「半年……?」
「そ。半年、騎士の家で私を養って」
満面の笑み。というものが自分の顔に浮かんでいる気がする。
半年のニート生活がすぐそこに!!
キャラぶれぶれ?
そこは気にしたら負け