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プロローグ

設定の甘い見切り発車

 

 人の近寄らない森を、1人の青年が馬を走らせていた。

 その身にまとっているのはアルジェント王国の近衛騎士の隊服である。


 覚悟を決めた表情で、手綱を握りしめて、一心に森の中を進む。


 暗い森の中、浅い所ならばまだしもその奥に進むことは普通の人間ならばまずしない。

 その森は呪いでもかかっているのか人を迷わせるという話が昔から伝わっている。


 加えて魔物や魔獣、気性の荒い獣も数多くいるという。

 生い茂った木々は空を覆い隠し、道という道はなく目印も存在しない。


 目的地は、そんな森の最奥。


 そこには魔女が住んでいる家があるという。

 1分でも、1秒でも早く、と青年は焦りを抱えて道と言えない道を進んだ。


「殿下、ご無事で……っ!!」


 王宮で原因不明の症状により力尽きる寸前の主を思い、休むことなく馬を走らせ続け方向の感覚も時間の感覚もよくわからなくなってきた頃、漸く小さな家を見つけた。


 少しだけ拓いた空間にぽつりと浮かび上がるようにして存在を主張している。


 馬を飛び降りて、勢いのまま扉をノックする。

 どんどんと扉を蹴破りそうな勢いであったが、今の青年にそんな事を気にしている余裕はなかった。


 ややあって、扉がギイと音を立てて開かれた。


 中から出てきたのは真っ白なメイド服を着た、金髪を編み込んでいる無表情な一人の少女。


 騎士の青年は思わず目を見開いていた。

 想像とかなり違う印象のその姿に頭が真っ白になってしまったが、何か言わなければ、と口を開く。


「あなたが、魔女殿だろうか」


 メイド服の少女はほんの少し、僅かな時間をおいてその問いに首を振った。

 横にフルフルと。否定の動作をした。


「いいえ、私は魔女様ではありません。魔女様は外に出ておられますが」


 どこか無機質な声が告げたその言葉に青年は絶望を抱いた。

 最後の頼みの綱だったのに。


 いや、しかし諦めるわけにも行かない、と必死に次の言葉を紡ぐ。


「魔女殿が、その、何処にいるのかご存知だろうかっ……」


 また少しだけ間が空いて、ええ、と頷いた少女の口から出た場所に、青年はそんな馬鹿な……と少しの間固まっていた。


 まさかそんな場所に、と思ったが今は他に信じるものはない。


 青年は再び馬を走らせて、来た道を全速力で引き返した。



 藁にもすがる思いで辿り着いた、教えられたその場所を実際に目にした青年は再び固まっていた。


 聞いていた話通りのそこ。


 そこは王宮が存在している王都の下町。

 その中にある、どこにでもあるような、何の変哲もない小さなこじんまりとしたアパートだった。



 ━━━この世界には魔女というものが存在する。

 彼女らは只人とはかけ離れた強大な力を持ち、人の理とは違う世界で暮らしている。


 通常の魔法使いや呪術師、医者などと比べることも出来ないような力を持っているその存在に助けを求めることは少なくはない。


 けれど、その力を借りるということは簡単なことでは無いのだ。

 彼女らは自由で気まぐれ。

 無償で助けてくれる事などありはしない。


 その代償は魔女の言い値だ。何を要求されるかはわからない。その命ひとつ、その国ひとつ、それほどの対価で済めば安い方。それくらいの覚悟をして臨まなければならない。

 この青年も例外ではなく、自らの命を差し出す覚悟を決めて魔女に願いを言いに来た。

 全ては今、瀕死の状態をさ迷っている主を救うため━━



 そんな魔女という存在がこんなアパートに住んでいるとは。


 切羽詰まった状態を一瞬忘れてしまうほど、衝撃的な話だった。


 しかしすぐに主の状態を想って、同じアパートから出てきた1人の女性に声をかける。


「あの、すまない。ここに魔女殿が住んでいるという話をきいたのだが」


 本当だろうか、と。


 恰幅のいい、快活そうない印象の女性はその問いかけに対して豪快に笑って見せた。


「ああ、ああ、魔女様だね。いるよ。あの部屋さね。声掛けてみな。ちょっとこの荷物置いたらあたしも手伝ってやるから頑張りな」


 正直言っている意味が分からなかったが部屋は教えてもらったのだから、と早口で礼を伝えて青年はアパートの階段を駆け上がった。


 2階の目的の部屋を目の前に、落ち着いてノックをする。


 返事がない。


 再び、先程より少し強めに戸を叩いてみるがやはり返事はない。


 留守なのだろうか、と絶望に打ちひしがれそうになったところで先程の女性が登ってきた。


「あっはっは、ちょっとおどき」


 女性は青年を押しやると扉をコココココンとリズムよく鳴らした。

 しかも1回だけではなく数回。

 普通なら中の人間が煩いと文句を言い出しそうなほど。


 それでも反応は無いのだからやはり留守なのだろうと、青年が思ったところで女性は声をはりあげた。


「魔女様魔女様、お客人だよ! 開けるからね!」


 ああ、やっぱりまた鍵もかけずに……と呟いて、女性は遠慮なくその扉を開け放ったのだった。



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