バザール
ミアがいなくなって一週間が経った。
手がかりを求めて、町を通りから通りへと探し回ったが、見つかる気配はない。溜息をついて、帰路をとぼとぼと辿る。途中、近所の叔父が声を掛けてくる。
「どうしたんだ?」
「うちのねこがいなくなっちゃった」
これまでの事情を話し、助言を仰ぐ。
叔父は言う。
「それなら、バザールで探してみたらどうだい?」
「えっ?」
叔父は説明する。曰く、バザールに行けば、欲しいものは大抵手に入る。古いもの、新しいもの、失ったもの、忘れ去られたもの……。
「目印の通りに行けばすぐだ」
「ありがとう!」
あたしは駆け出す。目印が導くままに街を通り抜ける。一心不乱に走るので、周囲の景色がぐにゃぐにゃと歪んでいくことに気づかない。
ふと我に返った時、そこは教会堂の門前だった。門は大きく開かれ、歩廊式の長い通りが続く。通りの両側に商店や工房が所狭しと立ち並ぶ。まず目についたのは【宇宙船専門店】だった。その隣は【扇風機専門店】。向かいには【深海魚ショップ】。このような調子で、古今東西、ありとあらゆる品が並んでいる。バザールに到着したのだ。
通りを歩く。ねこを扱う店がないか探す。【ペットショップ】という名前の店を見つける。勘定台にでんと老婆が座っている。あたしは言う。
「あたし、ミアを探しているんですが」
老婆が言う。
「ミア?」
老婆は口を大きく開け、一匹の山猫を吐き出す。あたしに差し出す。
「違うの。山猫じゃなくて、ミアは黒猫なの」
老婆は首を傾げる。
「此処には、いないね」
「そうですか…」
あたしは、改めて訊ねる。
「じゃあ、どの店に行けば会えますか?」
老婆は考える。そして答える。
「【失くしものの店】には、行ったかい?」
あたしは首を横に振る。
「この先の、時計屋の看板を、曲がった先だよ」
「どうもありがとう!」
老婆は手を振る。あたしは駆け出す。
通りを、老婆から聞いた通りに歩く。【失くしものの店】に到着する。入口は垂れ布で仕切られ、店内は薄暗い。ガラクタが足場もない程に散らかっている。隙間を縫って店の奥へ進む。少年が姿を現す。
「いらっしゃい」
あたしは言う。
「あの…、この店は一体?」
少年は言う。
「ここは【失くしものの店】。「懐かしいもの」や、「忘れ物」を扱っているんだ」
少年は例を挙げる。錆びついたブランコ。遠い夏の夜祭。転校したクラスメートの顔貌。シャープペンシル。幼い恋心。引き出しの奥の卒業証書。
あたしは言う。
「あたし、ミアを探しているんですが」
「ちょいとお待ちを」
少年は両手をあたしの頭に添える。そのまま、手を脳髄に突っ込んで、ぐちゃぐちゃとかき回す。少年は不思議そうに首を傾げる。
「此処には、いないね」
少年は脳髄から手を抜く。
「そうですか…」
あたしは嘆息する。
「おそらく、失くしていないんだろうね」
「そうなんですか?」
「うん」
「じゃあ、どの店に行けば会えますか?」
「【魔女の店】には、行ったかい?」
あたしは首を横に振る。
「大通りの突き当りだよ」
「どうもありがとう!」
少年は手を振る。あたしは駆け出す。
通りを、少年から聞いた通りに歩く。【魔女の店】に到着する。看板とともに、地下に続く階段がある。下っていくと、四方を本棚に囲まれた暗い部屋に、裸電球が仄白く光っている。部屋の中央には、簡素な丸椅子が据えられ、妙齢の女性が座っている。彼女が魔女だろう。
「いらっしゃい。ここは【魔女の店】です」
魔女は言う。
「あの、この店は、何を扱っているんですか?」
あたしは言う。
「外にあるものを扱っているの」
魔女は答える。
「外にあるもの?」
「ええ」
魔女は頷く。
「わたしたちの世界の外にあって、でも確かに存在しているもの。あなたにもきっと見える」
魔女の言葉にあたしは頷く。
じっと耳を澄ませる。眼を細める。匂いに集中する。すると、どこからか何者かの気配を感じる。くぐもった声が、揺らいでいる影が、澄んだ匂いがそこにある。あたしは、そこにいると気づく。
「なんだ! 最初から、そこにいたのね!」
あたしは笑う。魔女はほほ笑む。
「帰り道はわかるかしら?」
魔女が問う。
「いいえ」
あたしは首を横に振る。
「目印の通りに行けばすぐよ」
「どうもありがとう!」
魔女は手を振る。あたしはミアと駆け出す。