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スラムの美しき辻斬り

 そうして二人してスラムを歩くこと数十分。


 出くわすのは、スラムにいるにしては身なりがいいからか、遠巻きにチラチラ見てくる物乞いらしき連中やユメの宝石袋を狙ってと近づいてくるスリなどばかり。


 ちなみにユメの宝石袋には、風の応用魔法、雷の魔法がかけてあり、ユメ以外の者が許可なく触ると感電するようになっている。よって、簡単にスったりはできないのだ。


 花かごを小脇に抱え、何か言ってこようとする薄汚れた少女もいたが、こちらが二人とも女だと分かると舌打ちして去っていくのだった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「あんたらかい? なんか今日派手にやらかしてるってのは」


 時々襲ってくる下級のモンスターを適当にあしらいながら進んでいると、突如女の声が響いた。


 女の声だったが、声のかけ方からして花売りではない。


 モンスターでもない。明確な知能を持ったなにかが話しかけてきている。


「おいおい、珍しいのがいるって聞いてきたから来てみたらたった二人かよええ!?」


 声をかけてきたのは、群青色の長髪の、返り血だらけのシャツを身にまとった、人間の女だった。


 野性味を帯びた顔つきで、しっかりとした店でちゃんとした化粧などをすれば男が放っておかない程度には美人だろう。


 そしてシャツの胸元が裂けており、さして大振りでもない乳房が見えそうになっている。


 だが、それとは関係なく、ユメは彼女の胸元に目が行った。


忌み子(デビラス)――」


 そう、彼女の胸元には唯一神教が、呪われた魂の持ち主であると烙印を押した、忌み子の証が焼き付けられていたのだ。


 忌み子とは唯一神教の洗礼時において、『呪われし子』、『魔族の魂を持って産まれた子』とされた存在である。

 産まれてすぐに体の目立つところに烙印を押されるため、忌み子であることを周りに隠し切って生きるのは難しく、大陸では多くの場合は産まれてすぐに親から殺されるか、運がいいとユメの両親のように「呪われし」ナパジェイ島に島流しにされる。


 大陸では忌み子の赤ん坊専用の運び屋、通称「忌み子ポスト」が職業として成り立っており、「せめてナパジェイ島で生き延びて欲しい」というわずかばかり残った親の愛情がそういった業者を潤わせているのである。


「ああ!? 忌み子でなんか悪いのかよ てめえナパジェイのもんじゃねえのか」

「そ、そうじゃない! わたしの両親も忌み子だから、つい懐かしくて」


 ユメがつい言った台詞は本心だった。

 ユメの両親も忌み子で、額と首元にそれぞれ烙印が押されていたのだ。


 まるで悪魔の顔のような形をしたその烙印に、本当に、ちょっと懐かしさを覚えてしまったのだ。

 そこへ、


「ヨルの姉御ー! ここカーサォがどんな場所か、この新入りだか冒険者だかにたっぷり教え込んでやってくだせえ!」


 ぼろぼろのフードつきマントを被った物乞いの一人が忌み子の女を囃し立てた。


 それを聞いて、ヨルと呼ばれた女はその物乞いのほうに歩いていくと、腰に抜き身でぶら下げていたナイフを一本取り出して、なんと、投げつけた。


「教え込んでやれ、だと? あんた今あたしに命令したか? あたしは今機嫌が悪ぃんだ。クソくだらねえこと言ったら殺してやるからな」


 殺してやるからな、と言ったが、物乞いはいきなりのナイフ射撃を避け切れず、胸に食らい、すでに事切れていた。


「あ、ついやっちまったぜ」


 ヨルはその自分が殺した物乞いのマントを漁ると、おそらく全財産だったであろう、わずかばかりの宝石を取り上げた。


 その様子を見て、ヒロイが言う。


「ユメ、こいつだ。こいつがターゲットの辻斬りだ。人間。今の投げナイフの腕、たぶん間違いねえ」


「ああ? 辻斬り? そういや最近そんなこと言ってあたしを捕まえに来る馬鹿な冒険者が増えたっけなあ」


 ヨルはヒロイの呟きを聞くと、髪をかき上げながらそんな事を言った。

 

 どうやら、ヒロイの言っていることは間違いないらしい。


「よっし、見つけた。見るからにやばそうだが、やるぞ。魔法での援護を頼む」


 ヒロイが腰の鞘から刀を抜くのを見て、ヨルが獰猛に舌なめずりする。そして、彼女の方も両手に錆びたショートソードを構えた。


 それが合図になったかのように二人同時に大地を蹴る音が夕暮れのスラムに響いた。


 ヒロイとヨルはほとんど同時に相手との間合いを詰めた。


 しかし、体格に差があった。ヨルの方がはるかに身軽で、ヒロイの懐に入りやすかったのだ。


 ヨルが右手で持つショートソードの斬撃がヒロイの皮鎧に覆われた脇腹に食い込む。


 さらに左手の逆手に持った刺突での一撃が皮膚を破り肩口を貫いた。


 一旦距離をとる二人。


「ひ、ヒーリング・ウォーター!」


 後ろで控えていたユメは思わずヒロイの肩の傷に回復魔法を放った。


「た、助かったぜ。ありがとうよユメ」


 意外なほど素直に礼を言ってくるヒロイ。それほどに、目の前にしている相手が強敵だということだろうか。


 再びダッシュで距離を詰める二人。

 今回もヨルの方が速い――!


 完全にスピードではヨルの方に分があるらしい。


 おそらく地力や体力においてはヒロイが上だろうが、それもあの速度に翻弄されれば意味を成さない。


「そらそらそらそら!」


 ヨルの連撃がまたしてもヒロイの体を捕らえる。


 各々がなんと重い一撃だろう。


 ヒロイの急所部分は分厚い皮鎧に守られているが、ヨルの斬!突!突!また斬の攻撃はその皮鎧ごと切り裂き、恐るべきことに最後の一撃は、ヒロイの背中に入った。


 ヒロイも攻撃に耐えながら必殺の一撃を繰り出すが、当てられたのはほんの髪の一房。


 致命傷にはまるで至らない。


 ヒロイはたまらず、剣戟の最中にもかかわらずユメに助けを求めてきた。


「ユメ! ありったけの補助魔法をくれ! そうしないとこいつになぶり殺しにされるだけだ」


「ああ、最初からなぶるつもりだぜ」


 ヨルはまた舌なめずりしつつ、ヒロイから距離を取った。

 

 一撃で命を取れる場所を狙い済まして攻撃すれば勝負は即決まるというのに、余裕を見せているのだ。


 ユメは儲けだの採算だのそういうのを度外視でやらないとヒロイが殺される――それが分かった時点で、やや高額な宝石を袋から取り出した。


 右の指の間にそれぞれ、黄、緑、白、青の宝石をはさみ持ち掌をヒロイに掲げる。これが故郷の母が教えてくれた、仲間に補助魔法をかけるときに最適なポーズなのだ。

世界観補足


人名の由来

ヨル:まんま、日本語の「夜」から。姓は後程。

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