秘技・精霊召喚
しかし、アストリットの手の内はウッドフォークだけではなかった。
「そろそろ、少し氷が溶けてきた」
不敵にアストリットは言う。
そう、太陽の光の熱でユメが凍らせた氷がわずかづつではあるが水に戻りつつあるのだ。
「我が呼び声に応えよ! 水に親しき精霊、ウンディーネ!」
アストリットが叫ぶと、人の膝ほどの身長である水でできた少女――としか形容の仕様のないものが氷から生えた。
「ウンディーネ……」
ユメはつぶやく。
六種ある属性をそれぞれを司る、六大精霊の一つだ。
『おーっと、アストリット選手! なんと精霊召喚まで使いこなしてしまいました! 解説のトモエさん、これは驚きですね!?』
『炎のイフリート、水のウンディーネ、風のシルフ、土のノーム、光のウィスプ、闇のシェイドと六種の精霊を召喚して使役して戦う者はいるけど、たったあれだけの水から精霊を召喚するなんて、信じられないわ』
『解説のトモエさんもさすがに驚きを隠せないようです!! さて、精霊召喚は呼び出した精霊が召喚者の願いをいくつか叶えるものですが、果たして形勢はアストリット選手に傾くのでしょうかあああああ!?』
ウンディーネは、まずふわりとアストリットの顔の辺りまで浮かぶと、自分の体をじろじろと見やっているように見えた。
「あなたに呼ばれるのは久しぶりだけど、随分少ない、それも質の低い水で召喚してくれたものね」
「ごめんなさい。足りない分は観客席の連中の汗から補ったから」
「こんな劣悪な水じゃ、してあげられることは一つよ。さあ、命じなさいな」
アストリットは、「やっぱりか」と苦笑すると、
「じゃあ、この会場の氷を水に変えて」
「させないわ! フリージング!」
ユメはとっさにA級青の宝石を取り出し、溶けかけている会場の氷をもう一度凍らせにかかる。
「人間風情が、精霊の力に抗うなんてね」
ウンディーネは「ふっ」と失笑すると、アストリットに命じられた通り、会場の氷を一瞬で水に戻してしまった。
ざぶん、と会場が水浸しになる。
それと同時、ウンディーネも消え失せた。
ユメたちの、そしてアストリットの靴が水に濡れ、そして、その水も石畳の隙間の土に吸い込まれて水位が下がっていく。
アストリットは、らしくもなく、ニッと歯を見せて笑うと、マントから袋を取り出し、大量の種をあたりにばらまいた。
すると、とんでもない数のウッドフォークが石畳から生えた。土が水を吸い、より植物が育ちやすい環境になってしまったのだろう。
「おい、ユメ。形勢逆転しちまったぞ」
この試合の間、何もできていなかったヒロイがユメに不安げに話しかける。
ユメは、返事ができなかった。まさか森秘魔法だけでなく、精霊召喚までやってのけるとは。
ユメは、ここで数十メートル先にいる大量のウッドフォークを見やった。
この状況を避けたかったから、色々策を弄したのだが、結局相手の方が上手だった。
「みんな、聞いて。もう、総力戦。全力で、向かってくるウッドフォークを全部なぎ倒して、アストリットまで届けばこっちの勝ちよ」
ユメがそう言うと、皆一様にユメの顔を見やり、諦めとも、信頼とも、さわやかともとれる表情を浮かべた。
ユメは、本当にいい仲間に巡り合えた、と心の底から思う。
「行くよ、『女子力バスターズ』の全力全開! 全員、最後の一人になるまで後先考えずに攻撃!」
「おう」
「ああ、付き合うぜ」
「久しぶりにメイスを振るえますわ」
「……ええ」
「うん! いっくよ、みんなあ!」
「「「リーンフォース! アースプロテクト! チーターフット! オートリカバリィ! フィールドバリアー」」」
ユメとスイとオトメが全員にありったけの補助魔法をかける。宝石袋の宝石がごっそりとなくなるのが確認せずともわかった。
だが構うものか。
もうぶつかり合うしかないのだ。あの大量のウッドフォークに。アストリットに。
世界観説明
精霊召喚:トモエが言っていたように六属性に対応した精霊を呼び出す召喚術。宝石ではなく、各属性に対応したものそのものを媒介に召喚する。極めて高度な術で、魔法とは体系が少し異なる。




