竜が如く
そうこう揉めている間に、ゴブリンキングはこちらへ距離を詰め、ユメたちの脇をすり抜けてハジキを蹴り飛ばした。
本来、ハジキはただの最下級魔族。あそこまで強いゴブリンキングの蹴りに耐えられるわけがない。吹っ飛び、そのまま気を失った。
続いて、後ろを取られたスイが首筋へのゴブリンキングのチョップ一発で気絶する。
ユメは逡巡した。
やられる……!
これはやるしかない?
師匠から禁じられた、最後の手段。
決勝ならまだしも、準決勝で使うことになるなんて思いもしなかった。
というか、もともとゾーエへの北部開拓で本当にピンチになったときにだけ使うように言われた。奥の手中の奥の手だ。
ユメは宝石袋の中から、目当ての宝石を探した。
そうこうしている間にオトメがキングのパンチを食らって、気絶しかける。
「ユ……、メさん、これを……」
最後の力を振り絞って、オトメはユメに、宝石を放る。
ユメがそれを受け取ったことで、袋の中から探していた目的のものは手に入った。
オトメはきっと、これで皆の傷を癒してほしいと最後の望みを込めて渡してくれたのだろう。
だが、ユメはまるで違うことに使おうとしている。
どうする。これをやってしまうと、最悪どうなるか分からない。
キング、いや、カエサルが迫る。
そうだ、このゴブリンはこのナパジェイにおいて「ゴブリンは最弱」というレッテルを返上するべく、ここまで鍛えたのではないか。
その気概に対し、まだ取れる手段があるのに、手を抜くのか。
負けても死ぬわけではない、「試合」だという理由で全力を尽くさないのか。
そう思った瞬間、ユメは意を決して、オトメが渡してくれたS級宝石のアレキサンドライトを口の中に放り込んだ。
ごくり。
正直、かなり痛みは走ったが、宝石は無事、ユメの喉を通った。
クリス師匠が教えてくれた伝説。
竜は宝石を食うのだと。そしてその食べた宝石の価値の分だけ力を得るのだと。
ユメは今まで二回ほど竜が宝石を飲み込んでいるのを見たことがある。
一回目はヒロイがカーサォで見せてくれた炎吐きのとき。
二回目はトモエが自分の声を変えるため、風の宝石を飲み込むのを。
師のクリスは言った。
『宝石を食べて力を増すのは竜の専売特許ではない』と。
『人でも素質次第で宝石を体に取り込むことで竜の力を得ることができる』と。
『ただし、これは宝石なしで魔法を使う以上に寿命を削る危険な行為だ』と。
キングが、カエサルが、たかがゴブリンが自分の顔目がけて拳を振るってくる。
アレキサンドライトを食べ、竜の力を得た今のユメにはその動きがあまりにスローに見えた。だから、左手で簡単に受け止めることができた。
「なにっ!?」
カエサルが動揺する。それはそうだろう。非力なはずの人間の魔法使いが、ゴブリンとはいえ「王」と呼ばれるまで鍛え上げた自分の拳を受け止めたのだ。
揺らいだのは一瞬、今度は大剣を振り、確実にトドメを刺そうとしてくる。
おそらく、「殺してはならない」という試合のルールはとうに頭から消え失せているだろう。
ハジキが気絶させられてから、実況がストップを差し挟む間もないほどの時間で起きたこと。
迫りくる大剣。
次の瞬間には、この人間は肩口から切り裂かれ、その命を絶たれるはずだ。
ゴブリンの王には、その確信があった。
ガキン!
ユメの振り上げた右手の甲で、ゴブリンの王が振るった大剣は止まった。
カエサルは理解し、戦慄した。自分の相手しているものが非力な人間ではないと。
ユメの左手が、指が爪がカエサルの脇腹に突き刺さる。
「がはっ」
ゴブリンの王は喀血した。そしてそのまま大剣を握り続ける力をなくし、白目を剥いた。
右手が自由になったユメは、ワラった。
このまま利き腕である右の腕を振り下ろせば終わりだ。路傍の花を摘み取るより簡単にこの雑魚モンスターの命を狩り取れる。
『ストップ! ストオオオオオオオオオップ! 決着です! ゴブリンヒーローズVS女子力バスターズの試合、女子力バスターズの勝利で決着がつきました!!』
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
すでにほとんど意識を失っていたユメは大地を揺るがす程の大きな歓声の中で自分を取り戻した。
自分の傍にオトメが倒れている。ハジキが倒れている、スイが倒れている。
遠くにヒロイが倒れている。ヨルも倒れている。
はて。
自分はどうやって勝ったのだっけ?
世界観補足説明
アレキサンドライト:光の当て方で色が変わる非常に貴重な宝石。現実と同じく、この世界でも非常に希少価値が高く、どの属性の魔法の触媒としても最高の性能を誇る。




