初めての共同戦線
カーサォまでの道を歩きながら、ユメは簡単にヒロイに対して自己紹介を行った。
港町ガサキ出身で、冒険者になるために今日、帝都に着いたばかりだということ。
自分の両親が忌み子の冒険者で、両親みたいな冒険者を目指して帝都を目指して旅立ったこと。
両親が育った、忌み子しか居ない集落では、なんとなく自分は甘やかされてしまう気がしたということ。
とにかく、父と母のように自分の力で、仲間と力を合わせ、このナパジェイで冒険者として生き抜いてみたいこと――。
話しているうちに、ユメは自分でも熱くなってしまっていることに気がついた。
聞き終えたヒロイは、感想を漏らさなかったが、代わりに自分も身の上を語ってくれる。
自分がナパジェイで生まれた、産まれたときに角が生えていなかった“角なし”竜人であること。
そのせいでか、赤ん坊の頃に捨てられ、なんと「人間」の老夫婦に拾われ育てられたこと。
その老夫婦は拾い子であることから自分に「ヒロイ」と名をつけ、十六歳で成人するまで愛情をかけて育ててくれたこと。
成人してからは流石に世話になりきれず、家を飛び出し、いつか恩を返すために家から持ち出した刀一本を頼りに冒険者として生きているとのことだ。
刀は育ての父から習ったらしく、腕にはそこそこ自信があるという。
苦無級には冒険者になりたての頃、何度かゴブリン退治をこなしたら魅惑の乾酪亭の亭主が認定してくれたそうだ。
という、心温まるんだか、そうでもないのか反応に困るヒロイの身の上をユメが聞き終えた頃にはとっくに住宅街を抜け、貧民街も抜け、そろそろカーサォのスラムに差し掛かるときだった。
実はユメの方は、ヒロイが役に立たなかったら適当に肉盾にして最終的にはどさくさに紛れて魔法をぶち込んでこいつからも宝石を取ってやるとか。
ヒロイの方は、ユメが役に立たなかったら宝石だけ奪って適当に解体して食人種族、つまりオーガとかそういうモンスター用の肉加工業者にでも売り払ってやろうとか。
お互い考えてたのであるが、話しているうちに打ち解けてそういう気分ではなくなっていた。
何の気ない会話ではあったが、割とこのおかげで二人の間には仲間意識とかそれっぽいものが目覚めかけてきていた。
もちろん、「おいでませ、ここからカーサォです!」なんて看板が掲げられているわけではない。
しかし、なんとなく二人は雰囲気だけで自分たちが危険地帯に入ったことを察した。
殺気が、敵意が、満ち満ちているのだ。
それは獲物を狩り取ろうとする野生動物特有のマーキングのようなものだったのかもしれない。
何はともあれ、ユメとヒロイは、カーサォに踏み込んだと思しきあたりで、モンスターの群れに囲まれてしまっていた。
ヒロイは腰の刀をすでに抜き、臨戦態勢に入っている。
だが、ユメはヒロイほど好戦的ではなかった。
まずは敵の戦力の見極めが重要である。
ざっと見まわすと、数は十程。種類は、ゴブリンに、ホブゴブリン、ワードッグらしき二本足の犬型のモンスターもいた。このワードッグが数匹のヘルハウンドを連れている。
ヘルハウンドとは犬型のモンスターの下級種で、ある程度知能を付けた人型魔物が飼いならして下僕としている魔物だ。
ヘルハウンド以外は皆それぞれが簡素ながら武装している。人を好んで食うタイプのモンスターは見受けられなかったので、取り囲んだ目的は食事ではなく、強盗だろう。
ユメはできるだけ虎の子の宝石を消費せずとも勝てることを祈りつつ、宝石袋を懐から取り出した。
対話が通じそうにない以上、速攻で勝負を決めてしまうのがいい。
ヒロイも同じ結論に至ったようで、ユメが宝石を構え、魔法を唱えようとした瞬間には、目の前のホブゴブリン一体が唐竹割になっていた。
それを合図に周りのゴブリンたちもヒロイに武器を向けるが、丸太のように太い彼女のしっぽが一撃すると、
「ぎ、ぎぎぎ、ぎぅ・・・」
と、そこらじゅうの壁に叩きつけられて絶命していたのだった。
「フレア・ボム!」
ユメは自分の相手を勝手にワードッグ達と決めて、炎の魔法を放った。本当は残り全部巻き込みたかったが、ユメの火球はワードッグ二体を火だるまにしたのみにとどまった。
仲間がやられて動揺している隙を見逃すわけもなく、ユメは次の魔法を放つ!
「ウィンド・カッター!」
風でできた刃でヘルハウンドどもの喉元を一撃!
これは必殺の攻撃となった。火だるまになった主に動揺したヘルハウンド達は全員、頸動脈を切られて喉笛から血を派手に迸らせる。
その間にヒロイは粗方のゴブリンとホブゴブリンを片づけておいてくれたようで、ユメたちを取り囲んでいた連中はもう数匹もいない。
ヒロイの奮戦は予想、いや期待以上のもので、あっという間に粗悪品ながらゴブリンとホブゴブリンの額から宝石が浮かび上がってきた。
ユメがそれらを遠慮なく回収しようとすると、
「おい、ユメ。アタイが倒した分はアタイに分けろよ」
「あいあい、でもまずはわたしが持った方が効率的でしょ。それともヒロイちゃんも魔法使えるの?」
「魔法は使えないが、似たようなことはできる。ちょっとさっきのゴブリンが出した赤い宝石一個寄越しな」
「えー、赤? 炎はわたしも欲しいんだけど」
もったいないと思いつつも、ユメはゴブリンが落とした中赤い宝石をヒロイに放ってやった。
それをどうするのかと思いきや、なんとヒロイは、口でその宝石をごくん、と飲み込んだ。
そして、わずかに残っていた敵――ワードッグ二匹だ――に向けて炎を吐いた。
ワードッグ達は炎に包まれて断末魔の声さえ上げずに焼け死んでいく。
「ヒュー! さっすが! 火が吹けるなんてやるね」
「ま、この程度はね。仮にも竜人だしね」
それで、様子を遠巻きに見守っていた連中も蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
周りの連中が掃けたところで、ヒロイが口を開く。
「さて、いきなり取り囲まれたんで、聞き込みもろくにしないままとりあえず戦っちまったわけだが」
「さっきの連中、口がきけるほど頭よさそうじゃなかったわよ。このスラムって人間は居ないのかしら?」
「その辻斬りってのは人間なんだろ。なら一人はいるじゃねえか」
そういう問題か、とユメはヒロイの安直さに頭を抱えたが、頭を抱えていても辻斬りが見つかるわけでもなし、しばらく歩いてみることにした。
世界観補足
人名の由来
ヒロイ・エレゲス:「拾い」子であるという意味と、「ヒロイン」になるには最後の一つが足りないというダブルミーニング。姓のエレゲスはイギリスの古い言い方、英吉利のもじり。