試合に向けて
ここで、六人がどういう服装になったか改めて描写しておこう。
ユメとスイは二人とも、クリスが仕立ててくれた真っ黒なローブを着こみ、ユメは補助魔法強化用の宝石があしらわれたティアラを、スイは母が冒険者時代に使っていたという魔力強化用のサークレットを譲ってもらっていた。
ちなみにユメの帽子は万が一自分がゾーエから帰らなかったときにガサキの両親に形見として送ってもらうよう亭主に手配してある。
ヒロイも腰から宝石袋は下げているが、必要最低限生活用の宝石と、いざというとき、炎を吐くためのものだろう。そういえば、腰の見慣れた刀の他に金属でできた頑丈そうな盾を構えている。鉄や銅などの安物ではない。鎧も皮鎧から軍の大柄な兵士が着ているような頑丈な甲冑に変わっている。伊達に軍で修業してきていないという訳か。
ヨルの恰好は修行を開始したときとそこまで変わっていない。相変わらずシャツに切れ目を入れて晒している“忌み子”の烙印と、腰に刺した二刀流の剣だ。この剣も軍がいいものをあてがってくれたのだろうか。活躍が楽しみである。
オトメは、白いローブ姿から大きく服装が変わっていた。唯一神教の司祭が着るあちこちに金色の刺繡がされた法衣になっている。それに前に持っていたメイスはどこにも持っていない。服の下にでも隠しているのだろうか。それとも、もう回復に専念するということで装備すること自体を止めたのかもしれない。
ハジキだけは以前の水兵服から一切変わっておらず、代わりに背中に背負っている籠に入っている銃が黒や赤銅色や白などに色分けされている。
ユメには詳しく分からなかったが、射程距離でも違うのだろうか?
さらに腰のベルトに手榴弾と思しき物体がいくつかぶら下がっている。おそらく軍仕様だろう。
ざっと見回して、ユメは服装や装備以上に皆の顔つきや身のこなしが二か月前とは違うことを見て取っていた。
自分では分からないが、ユメも他の仲間から見てそう見えたのだろうか?
「ま、そういうことだから、明日の正午までに、巨塔一階のコロシアム控え室に集まっておくのよ? あ、亭主さんお会計」
「あいよ。お姉さん酒強いね」
「あら、お上手、『お姉さん』だなんて。もう結構大きい子供がいるのよ」
亭主とクリスがそんなやり取りをしている。どうやら目の前にいるのがスイの母親であること、そしてナパジェイの魔法顧問であることは亭主はまるで知らないらしい。
「そういえば、スイはこの宿で暮らしてるんですってね。居心地はよさそうな宿だけど、色々良くしてあげてくださいな」
「えっ? まさか、スイのお母さんとな?」
ほら、やっぱり、知らないとややこしいことになる。
これ以上ややこしくなる前にユメたちは各々の部屋に戻ろうとした。
オトメは、「あ、明日の打ち合わせや準備などは?」と心配げにしていたが戦いなど始まってみないと分からない。
ハジキが「……予選、観てくる」とウエスタンドアから出ていく。
スイは母の呑み残しのワイン瓶をラッパ飲みしようとして亭主に怒られている。
このように、「女子力バスターズ」をまとめ上げるなど不可能なことなのだ。
指名の依頼が来た時などはユメが率先して話をまとめるが、それもリーダーぶってのことではなく、単に性格的に向いているだけなのである。
よって、明日、もし、「チームの代表は誰か?」なんて訊かれたらユメは自分が引き受けるつもりでいる。
しかし、それはあくまで場をスムーズにするためなのだ。
なんにせよ、トーナメントなど行われるなら、今日中に宝石袋の中に入っているジャラ銭同然の宝石を最低でもC級以上には錬成しておきたい。
ユメの錬成のテクニックだけはクリス師匠も軽く驚いていた。
こればっかりはうちの母の方が勝っている気がして誇らしく思う。
どうやら錬成とはかなり個人の素質に依存するところが大きいらしく、ユメはたまたま母こと、レミィ・ステイツの錬成の才能を受け継いだわけだ。
成人前に「父も一緒に宝石の錬成をすれば家計が助かるのに」とか考えていたユメだったが、父はやらなかったのではなく、できなかったのであろう。
とはいえ、剣術道場を開いて弟子を取っていたので家にお金を入れていないわけではなかったのだが。
ユメに剣の素質がまるでないと分かったときの残念な顔が思い出される。
世界観補足説明
ヨルの二刀流:左右の手に軽い脇差刀を持って戦う我流の剣術だったが、ナパジェイにも日本と同じく流派として二刀流の剣術があり、正式な型がある。宮本武蔵や柳生などが用いたものが有名。ヨルが軍から習ったのはこの流派。




