初依頼、ど・れ・に・し・よ・う・かな?
ユメがカルボナーラの味に感激しながらフォークを動かしていると、ヒロイが張り紙を見て即座にそう言う。
「アタイらは今パーティを組んでるんだ。楽勝だろ」
「ま、待って待って! 脇差級以上向けとも書いてるじゃない!」
ユメは自分を夢見心地に誘ってくれるパスタから一旦口を離し、止める。
トロル……。
ユメはガサキの町で母の元で勉強していた頃の知識を動員させる。
たしか強力な再生能力と腕力を持った大型のモンスターだ。正直駆け出しの魔法使いの自分と、竜人とはいえちょっと刀が使えそうなだけの二人で行って群れに勝てるとは思えない。
「場所は……バラギ平原か。へへっ、腕が鳴るぜ」
もうすでに行けるつもりで勝手に盛り上がっているヒロイ。
「待ってってば。わたしたちまだ一度も一緒に戦ったことないのよ? やっぱりこの初心者向けのゴブリン退治あたりで……」
「はあ? てめえはゴブリンも一人で倒せないのかよ?」
「たっ、倒せるよ! 倒せるけど、初めてはまず慣らしで安全な依頼の方がいいというか……」
「けっ、臆病なやつだな。なら、この『辻斬り捕縛』にしようぜ。面白そうじゃねえか」
ヒロイがそういったとたん、店主の眉がピクリと上がる。
「うーん、捕縛かあ。正直敵をちゃんと殺さないと宝石が出てこないから、できれば討伐依頼がいいんだけどなあ」
ユメはその辻斬り捕縛依頼についても乗り気ではなかった。
そこへ、店主が口を挟む。
「あー、その『辻斬り捕縛』な、受けたパーティ今まで一人も帰ってきてないんだ。だから結構長い間張ってあって……できれば解決して欲しいけど、難易度が読みきれないというか、そろそろ剥がそうかと思ってたというか。ほら、何級向けとも書いてないだろ?」
「よし、これにする」
店主が口を開いている間に、ヒロイがべりっと『辻斬り捕縛』の依頼書を壁からめくってカウンターに叩き付けた。
「おい、ユメ、この仕事の報酬の宝石、お前さんにはありがたいだろ? 山分けだと三つづつだな」
「まあ、ありがたい、けど……」
「さて、依頼主は、と、治安維持局支部長。出現場所は、カーサォ!?」
改めてじっくり依頼書を読んで、ヒロイが驚いた声を上げた。
カーサォ。ユメには馴染みのない地名だ。そんなにまずい場所なのだろうか。
「カーサォってのは、キョトーのスラム街だよ。嬢ちゃん、おのぼりさんかい?」
店主が、トレイにチーズトーストを乗せて持ってきながら、教えてくれた。
スラム街での辻斬り捕縛。
どうやらこの依頼も、一筋縄ではいかなそうだ。
カーサォという単語が耳慣れないユメ。
「カーサォってのは、はみ出し者の楽園、ナパジェイの中でさえはみ出した連中が行き着く掃き溜めみたいなところさ」
ヒロイも付け加えてくる。
「治安は最悪。踏み込んだ先で大勢のごろつきは勿論、モンスターに取り囲まれても文句は言えない。それでも行くかい、ヒロイに、えーと、ユメと言ったか」
さらに脅しをかけてくる亭主。
手持ちの宝石にはキョトーで冒険者をやることになったときのためにとっておいた余裕が幾分かはある。両親が渡してくれた虎の子もある。
今までけちけち移動生活を続けてきたのはとにもかくにも帝都キョトーに着いてから本格的に冒険者をはじめようと思っていたからだ。
節約さえしなければ多少手強い敵が出てきても大丈夫なはず。
「うん、わたしも行くよ。そのカーサォとやらに」
とりあえず、ユメたちは亭主が出してくれた美味しいチーズ料理をものの数分で食べ終え、代金を払うと店を出て治安維持局支部とやらに向かった。
次はスープも残さず食べたかったな……あのカルボナーラ。そのためにも生きてあの宿にまた帰らなきゃ、とユメは決意を新たにした。
中央通りにある治安維持局の支部に入ると、中は殺伐とした空気だった。
とにもかくにもユメとヒロイは支部長室に通され、自分たちが辻斬り捕縛の依頼を受けた冒険者であることを説明した。
治安維持局支部長は人間ではなかった。
二本足で歩く虎、と書くとわかりやすいだろう、少なくとも亜人だ。
種族としては「ウェアウルフ」ならぬ「ウェアタイガー」とでも言えばいいのだろうか?
仮にも帝都の治安維持局の支部長を務めている人物なので、本気で喧嘩を売ったら彼女ら二人など瞬殺されてしまう程度には強いのだろう。
そのウェアタイガーの局長の説明は至極短く、そして簡潔だった。
「場所はカーサォ地区。相手は人間。数は一人。被害者は多数過ぎて説明不可。殺さないで捕縛してここへ連れてきてほしい。報酬は、少し上がって宝石C級六個、六色だ」
「やりぃ!」
ユメは目上と話しているにもかかわらず、思わず歓声を上げてしまった。しかし、それで支部長は機嫌を悪くするでも表情を変えるでもなかった。
「よっし、行こうぜユメ。後はカーサォに行って相手が勝手に襲い掛かってくるのを待つしかないぜ。なんせ相手は『辻斬り』だしな」
ヒロイがそういう言い方で依頼の受諾を表現する。
ウェアタイガーの支部長は微笑むでもなく、ただ、黙って頷いた。
それを了承と受け取り、ユメとヒロイは治安維持局を出てカーサォ地区までへの道を歩き出した。
世界観補足
バラギ平原:茨城、もしくは大阪の茨木から。東京、京都からのように帝都からは少し離れている。
カーサォ地区:大阪の逆さ読みから。