赤と青のオッドアイ
今回、思わず文体がハジキ主役になりそうでした。
ハジキは、今まで一度だって発動したことがなかった、魔族が得意とする闇の魔法を、使えた。
銃を手放した手に隠し持っていたF級の闇の宝石が消え失せたのがその証拠。
黒い霧がウラカサの目の前に現れ、視力を奪った。
その一瞬で、充分だった。
ハジキは水兵服のポケットから、両手に拳銃を取り出し、込められた十二発全弾を真っ黒に染められた父の顔目がけて撃った。
パンパンパンパンパンパン……!!
爵位持ちの魔族の皮膚は本来鋼のように硬く、剣はおろか、マスケットの銃弾でさえ通るとは思えない。
だが、この至近距離で、両目、ないし口の中にでも撃ち込めれば話は別だ。
「…………っ!」
あまりに分の悪い賭けだったため、成功した今も言葉が出て来ない。
現に、スイの重力制御からさえも逃れたウラカサは後ろ向きに倒れ――なかった。
顔面に傷は負ったようだが、踏みとどまり、ふらつきながらもこちらに怨嗟の表情を向ける。
「ユメっ! もう一度あの六色の魔法を!」
ハジキにもこんなに大きな声が出せるのかと思うほどの大声で、彼女は叫んだ。
「えっ!? あれは連発できるような魔法じゃ……」
「スイが手伝うよ! 宝石が足りないなら、スイの目から使って!」
すかさずユメの側に寄って言うアンデッドハーフの少女。
「スイちゃん、ごめん! 散々やめろって言っておいて!」
(火、水、風、土、光、闇……A級だと炎と水の宝石が足りない……、ならスイちゃんの目から)
「もっかい、ミックス・ブラストッ!」
本来、ユメの手持ちの宝石では、一発撃つのが限界の魔法だったのだ。
そこで、今度は母が虎の子にと渡してくれたA級宝石と、宝石の代わりになるというスイの瞳から力を借り受けて撃ち込んでやった。
いくらアンデッドハーフの少女の特殊な瞳とはいえ、A級宝石クラスの力を引き出してしまったらどうなるのだろうか。しかし、今は、やるしかない!
奇妙な感覚がする。
袋の中の宝石は四個分しか減っていない。しかし、赤と青のオッドアイになったスイの瞳から確かに生命力を吸い取っている感覚がある。
(くっ……わたしは、こんな自分より四つも年下の女の子の命を借りて……)
自己嫌悪がユメの胸を満たす。
だが、それに見合うだけの効果は得られた。
「ぐっ、ぐおおおおおおおおおおおおおおお!!」
A級魔法六発分の六色の光の矢が銃弾を顔に受けてよろめいているウラカサに叩き込まれ、まだ近くにいたハジキが吹き飛ぶほどの爆発が起こる。
そして、ウラカサは、後ろ向きに、ようやく倒れた。
「……やった?」
「やったんですか? ユメさん」
大魔法を連発して、ユメはへたり込む。
「相手に訊いてよ。宝石が出てれば死んでるわ」
「出てないぜ、どころかまだ動いてやがる」
ヨルが言う。
見ると、ウラカサの体の表面は自分が放った混合魔法でヒビだらけになり、まさしく虫が死に際にもがくように手足をバタバタと動かしている。
外道には相応しい死に様だ。
もっとも、ユメが直接こいつに恨みがあるわけでもないが。
「ハ……ジキ」
ウラカサの口が動いたので、何を言うかと思えば。
「ハジ……キ、闇の……魔法を使えたのだな」
と、さきほど混合魔法の勢いで吹き飛ばしてしまったハジキが今どこにいるのかを探す。
ハジキは、まるで導かれたように自分が足元に落としたマスケット銃が散らばったあたりにいた。
「嬉しいぞ、才能がないと信じ込んでいたお前が、時を経てゲホガホッ!」
ハジキが拳銃から撃った弾丸が口の中にも届いていたらしく、ウラカサは言いながら喀血する。
「ガフッ! みとめ、よう……、お前を……」
どうやらこの期に及んで命乞いをするつもりらしい。
ハジキの返答は。
「このちゲグハッ!」
言葉もなく、マスケットの先端を口の中に刺し込むことだった。
「…………」
「ぁ……、ひゃめ、めて」
硬い鉄の棒を実父の口に突っ込んだまま、ハジキが何を考えていたのかは分からない。
ただ、その切れ長の、魔族であることを示す赤い瞳がすう……っと細められた。
ガァン!
喉に刺し入れた銃の先端が轟音と共に火を噴く。
誰一人、その様子に何も言わなかった。
しばしのち、ヒロイの言葉が長い沈黙を破った。
「出たぜ。こんな大粒の、それに禍々しい光を放ってる宝石今まで見たことないぜ」
ブラックダイヤだ。
ユメも生涯で数回しか見たことのない、S級の闇の宝石だ。
ユメは、スイをお姫様抱っこの形で抱えていたことに今更ながら思い出した。この子の瞳二つを宝石代わりにして二度目の混合魔法を使ったのではないか。
「オトメちゃん、スイちゃんを診てあげてくれない? 気を失ってるわ」
「ああっ、やっぱりスイさんにまだ冒険者は早かったのでは……?」
「ううん、わたしがこの子に無茶をさせただけ。命に別状はないみたいだけど、回復してあげて」
「は、はい……」
その返事を聞くのを最後にユメは意識を手放しかけた。
世界観補足
拳銃は実は火縄銃の時代から存在していました。やがてライフリングの有無の差で命中率に差ができてきたのです。要するにハジキはどっちも使えるのです。




