竜人ヒロイ登場
やっと二人目が登場です。
ユメ以外誰も居なかった魅惑の乾酪亭内に声が響いた。
「んだよ、先客か。いつものー!」
入ってきた人物は、店長がカウンターの奥にいるとわかったとたん、もう一度大きな声で「いつものー」と言った。
それで店主には伝わったようで「あいよー」と声が聞こえ、お通しを持ってぬっと厨房から姿を現した。
「悪い、今料理中なんだわ。そこのお客さんのができるまで待ってな」
「じゃあ、水!」
「はいよ」
この二人は気心の知れた間柄らしく、入ってきた人物が言ったらすぐ、店主は冷えた水を持ってやってきた。
そして、その人物は、ずずいっとユメの隣に座る。
無視するのも何なので話しかけた。
「あの……、もしかしたらと思うんだけど、あなた冒険者?」
「ん? アタイか? 一人で依頼受けてちまちま日銭を稼いでるやつも冒険者って言うなら、そうだな。一応苦無級。あんたはなんだ? 護衛の依頼者か?」
「い、いえっ! わたしは冒険者志望者ですっ!!」
ユメははっきりと相手に言ってやった。
それにしても、どうしても気圧される。
なぜ気圧されてしまうのかと言うと、隣に座った相手が人間ではなかったからである。
彼女は竜人だったのだ。
竜人、とは二本足で立つドラゴンのような、ヒューマノイドである。
ヒューマノイドではあるが、生物上の分類上はモンスターであり、死ぬと一応額から宝石が出てくる。
多くは人間の言葉を話し、コミュニケーションが取れるので、大陸ならともかく、少なくともナパジェイにおいては討伐対象とはならない。
総じてドラゴンと同じく気位の高い種族であり、こんな風に人間相手に軽々しく話しかけてくるイメージはなかった。
なお、特徴は、頭から生えた二本の角と、背中の大きな翼。尻の上あたりから生えた尻尾、そして全身を覆う鱗。
背丈は一般的には人間より大柄で、この竜人もやはりユメを見下ろす程度には背が高かった。
と、そこまでユメが竜人について思い出したところで、目の前の竜人に違和感があった。
皮膚の多くが鱗で覆われておらず、角がないのだ。背中の大きな翼と尻尾がなければ、ぱっと見は人間と変わらない。
顔つきは、人間の感覚で言っても美人の部類に入るだろうが、髪の毛がないのと、首から顎の辺りまでは鱗で覆われているので、人間の男性がこの竜人を恋愛対象にしそうかと言われると疑問が湧く。
そういえば、極稀に角を持たずに生まれてくる竜人がいるらしい。また、生まれたときには生えていても折られてしまうことがあるらしく、どちらの場合も、そうした竜人は同族から「角なし」と迫害を受けることになる。
また、先天的に「角なし」の場合は外見がより人間に近くなり、成人しても皮膚の鱗で覆われている面積が小さくなると聞いたことがある。
つまり、この竜人はおそらく生まれつき角がなく、鱗も少なく、いわば「亜竜人」とでも呼ぶべき存在なのだろう。ナパジェイ生まれか大陸生まれかは知らないが。竜人ではあっても、同じ竜人たちの輪にいられないからこうして人間社会で一人きりで冒険者をしているのだろうか。
ユメは少し、この竜人に興味が湧いた。
「ねえ、いつも一人で仕事してるの?」
「ああ、一人でできそうなのしか、受けないからな」
そこで、ユメはこの竜人が皮鎧の紐から刀を下げているのに気がついた。なるほど、魔法を使いたくて宝石を求めているわけではなく、日銭を稼ぐために冒険者をしている、生粋の剣士なのだろう。
「ねえ、わたしユメ。ユメ・ステイツ。よかったら一緒にパーティ組まない?」
「はあ? あんたと? あんた何ができんだよ?」
「魔法使い。六属性全部使えるわ。魔法を使わせたらちょっとしたもんよ」
「ほー、魔法使いか。アタイの名前はヒロイだ。戦士のヒロイ・エレゲス。見ての通りの“角なし”竜人さ」
「おー、何だヒロイ。いつの間にか友達作りやがって。はい、カルボナーラお待ちね」
ユメとヒロイが自己紹介している間に、あつあつのカルボナーラパスタが載った皿を持って店主が笑顔で厨房から出てきた。
どうやら顔なじみのヒロイが誰かと仲良くなったのが嬉しいらしい。
「さて、それじゃあ、どの依頼を受けるか、だが。あ、とっつぁん、さっきのなしで」
「なに? いつものチーズトーストは頼んでくれないのか?」
「違う違う。チーズトーストは早く焼いてくれ。『一人でできそうな依頼』の方だよ」
ヒロイはもうユメと一緒に仕事をする機満々のようだった。
「それなら、そこの壁に張ってある依頼書を勝手に見てくれ。今誰も受けてない依頼はその四つだけだよ」
ユメは改めてもう一度壁に張られた依頼書を見てみた。
『ゴブリン退治』
『トロルの群れ討伐』
『スラムの辻斬り捕縛』
『迷子の猫捜索』……
この四つしか依頼がないらしい。
やはり多少煙たがられても我慢してメインストリートの冒険者の宿にすべきだったか。
あるいは苦無級のヒロイと一緒の今なら冒険者扱いしてもらえて、仕事も紹介してもらえるかもしれない。
それにしてもこの店の亭主の作るチーズ料理は絶品だ。カルボナーラの、香ばしい香りを放つチーズが熱いパスタにまぶされ溶けて、粗引き胡椒の強い風味を引き立てている。
特に厚切りベーコンに溶けたチーズを絡めて食べたときの味わいなど、筆舌に尽くしがたい美味しさだ。
これが食べられただけでもこの店に来てよかったと思える。
「トロルの群れ討伐だな。決まりだ」
ヒロイが、壁の依頼書を一目見て、そう言った。