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思わぬ出世の機会

 トモエは正体を指摘されても軽く目を開くだけだった。


「あら、気づいてたのね。あたしはもともとナパジェイのナノシーで暮らしてたんだけど、急に『この島に国を作る』なんて言い出した馬鹿がいてねえ」


 突如遠い目をして語りだすトモエ。


「その馬鹿面白いからしばらく見てたの。そしたらしばらくして本当に国が出来上がってきて、あたしにも『自己責任だ』とか何とか言って服従するか討伐されるか選べ、なんて言ってきたのよお」


「それが、皇帝……天上帝」


 黙って聞いていたヨルも、流石に口を挟んだ。


 ヒロイはただ、話の大きさに気圧されてしまっている。


「現に、そいつはあたしを討伐しかねないほどの軍隊を揃えて来ていた。あたしって英雄譚が大好きでねえ。人間の英雄譚もよく読むのよ。けど、その英雄譚の登場人物になってみるのも面白いかもって思って、殺されるよりは『服従』を選んだわけ」


 ヒロイたちは元々謎だらけである天上帝の正体がますます分からなくなってきた。


 ドラゴンを、口先だけで「服従」させた?


 あまりに現実からかけ離れている。


「そしたら『トータル・モータル・エルダードラゴン』なんて呼びにくい名前は面倒だ、とか言って、あたしに『トモエ』って名前をつけてくれたのよ。それで惚れ込んだわね。ああこいつ大した奴だって」


「トータル・モータル……?」


 ヒロイはそのドラゴンの名前に卒倒しかけんばかりに慄いた。


 大陸にさえ十頭といるかどうかという数万歳クラスの、寿命が尽きる直前まで生きたドラゴンではないか。そんなドラゴンがナパジェイにいたことだけでも驚きだ。


「さて、これは孤児院の分とさっきの絵本のアドバイス料まで含めた依頼料よん」


 そういってトモエはテーブルの上に宝石がどっさり入った皮袋を置いて見せた。古い木製テーブルがきしむほどの重さがある。


「こ、こんな大金初めて見たぜ」


「持って帰りゃ、皆大はしゃぎだなこりゃ」


 そこで、不意にトモエがいかにも面白いことを思いついたと言わんばかりに、言った。


「後四、いえ三、冒険者として皇帝陛下のお誉めに預かるくらいの実績を上げたら、あたしと戦う権利を上げましょう。それで勝てたら、合計五個達成の特別報酬として天上帝へのお目通りを許すわ」


「は? お目通り?」


 思いもかけない出世の機会にヒロイは目を白黒させるのだった。


 徹底して存在が秘匿されている独裁者、ナパジェイの天上帝に目通りが叶うということは、この国の冒険者の頂点に立つことに等しい。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 不本意ながら、トモエ宛てに二徹で二冊の写本を仕上げたユメとオトメは、丸一日眠ってしまった。


 この依頼まで終えないと孤児院での子供への指導ミッションからの報酬が出ないと断言されてしまったので仕方がない。


 写本は気を失う寸前にヒロイとヨルに預けて巨塔に届けてもらうことにしたが、あの二人、何か失礼を働いて報酬が不意になるようなことをしでかしていないだろうか。


 ベッドで目が覚めたユメははしたなくも寝ぐせや目やにを気にするより、そんなことが気になってしまった。


「おーい、無事に報酬もらって帰ってきたぜ」


 そんな心配をしているとヒロイの声が「魅惑の乾酪亭」の一階に聞こえた。


 身支度もそこそこに一階に降りると、なぜか顔色があまりよくないヒロイが大きな革袋をもって、中に入っている宝石を見せてきた。

 報酬としては充分だ。


 それなのになぜヒロイが、そしてヨルまでもが冴えない顔をしているのかがさっぱり理解できない。


「実はな……」


 ヨルが何か言いかけると、翼で器用にヒロイがそれを遮る。


「まずは落ち着いて状況を話したい。中途半端に説明するのはよせ」


 ヒロイとヨルはトモエがトータル・モータル・エルダードラゴンであることを知っており、なぜか天上帝から我がパーティが期待までかけられていることを知っているのだが、それをいきなり言っても寝起きのユメは混乱するだけだろう。


「オトメはまだご就寝か?」


「うん、わたしが起きたときにはまだ寝てたからそっとしておいたよ」


 ちなみにスイはユメとオトメが必死で写本を始めたあたりで、途中で退屈して孤児院に帰ってしまった。

 二人とも、それでいいと思ったし、正直、スイが将来なりたい冒険者としての何かいい経験をさせてあげられるとも感じなかった。


 ハジキは、もう一枚ピッツァを食べ終えたら帰っていった。

 イビルブックを倒すのに一役買ってくれたのは事実なので、後でお礼に宝石を少し持って行こう。


 と、そこまでユメが状況を整理したところで、髪をとかしながらヒロイの話をまともに聞く準備ができた。


「で、ヒロイちゃん。巨塔でなにかろくでもない話をされたんでしょう? その話をオトメちゃんが降りてきたら聞かせてもらってもいい?」


「ああ、お前は察しが良くて助かるよ。あのトモエ……からとんでもない話をされた」


「あたしはあのねぼすけオークを起こしてくるぜ。なるべく早く話してえ」


 そして、しばらくすると、ベッドから布団をひきはがす音が響いて、メイスを振り回し、それを剣で受け止める音が聞こえてきた。


「なにやってんだかあの子たち」


「寝起きの運動だろ」


「それにしても、ヒロイちゃん。ただ事じゃないみたいだね」


「ああ、アタイもこんな早くこんなすごい展開になるなんて思ってなかったよ」


 寝起きの運動にしてはお互い随分ズタボロになりながらヨルとオトメが一階に降りてくると、亭主が気を利かせて飲み物を出してくれた。

世界観補足


ナパジェイが建国され、天上帝の存在が秘匿されてから目通りを成しえた冒険者は今まで一人も居ません。すべてトモエが返り討ちにしているのです。

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