オトメという少女
ユメはオトメが石を投げつけられ始めたあたりで立ち上がった。
「ヒロイちゃん、ヨルちゃん! あの教壇の子を守るよ!」
「こういう仕事か、納得いったぜ」
教壇に向けて飛び出そうとする三人。
しかし、オトメを守る必要は、全くなかった。
オトメはなんと、石を投げつけられながら背中に持っていたメイスを右手に構えたのだった。
「どうして……、どうしてわかってくれないのですかああああああああああ!」
そう言って教壇から飛び降りると、最初にヤジを飛ばした人間相手に飛びかかりメイスを振りかぶった。
「グハッ!」
そして、次は自分に石を投げつけた人間相手に走っていくとメイスを振りかざし、力いっぱい振り下ろした――。
その様子を、ユメたちは唖然と見ているしかなかった……。
ついさっきまではオトメの説法だけが響いていた公聴室内に、今度はオトメの怒号が轟いている。
「なぜ! なぜ! なぜ分かってくださらないのですかッ!」
すでに意識を失っている、石を投げていた人間の青年の頭蓋骨をオトメは何度も殴打している。
「あんまりですあんまりですあんまりです!」
ドガッ! ガスッ! ボカッ!
殴っていた相手が何も言わなくなると今度はその隣にいた女性を殴り始める。
ユメは即座に言う。
「しっ、仕事の内容再度理解! ヒロイちゃん!」
「おうよ!」
オトメは今度はヤジを飛ばした中年男性に狙いを定め、メイスを振るう。
それで中年男性は吹き飛び、壁に叩きつけられる。
次の標的にメイスで攻撃しようとしたとき、オトメの動きがようやく止まった。
いや、正確にはヒロイが後ろから羽交い絞めにして、無理矢理止めたのだ。
しかし、竜人のヒロイの力をもってしても亜人とはいえ怪力の持ち主であるオークのオトメの動きは完全には止まらなかった。
羽交い絞めにされても前に進もうとしている。
亜人は前述したようにモンスターの中で人間に近い特徴を持って生まれてきた者であるが、それでも元の種族の特徴を色濃く残す。
強力無比な腕力を持って人間に対抗するオークはやはり亜人であっても充分すぎるほどの力を持っているようだ。
「いい加減にしやがれ!」
「だって! だって! この方々は神の崇高な教えを理解しようとせず、暴力に訴え……」
「今まさに暴力に訴えてるのはテメエの方だろうが!」
ヨルが鞘に入ったままの短刀でオトメの頭をパカン!とどつく。
ユメは仕方なく、やりたくなかったが、オトメが負傷させたケガ人――奇跡的に死人は出ていない、伊達にナパジェイの住人ではないということか――を治療しようと懐から光と水の石を取り出す。
その様子を見て、ハッ、とオトメが我に返り、叫んだ。
「ああっ、またやってしまいました! そこの帽子の方、どうか治療はわたくしにお任せくださいませんか」
そして、これまた信じられない力でヒロイの両手の拘束を解くと、ローブのポケットから光の宝石を取り出し、
「唯一神よ、彼の者の傷を癒したまえ」
ユメが見惚れるくらいの詠唱の速さで回復魔法を行使し、最初にメイスで殴った男性の頭部を癒していく。
死んでいてもおかしくないほどの重傷が、みるみるうちに治療されていく。
「すご……」
ユメは悔しいながら、回復魔法では決してこの娘に適わないことを見て取っていた。
「申し訳ございません……、わたくしの所為で」
が、それ以上にぽろぽろと涙をこぼしながら、光の治癒魔法を行使しているオトメの方が気にかかった。
心にスイッチのようなものがあるらしく、生来はおとなしく、優しい娘なのだろう。
「痛かったでしょう……、キュア・ライト!」
おそらく痛みなど感じる前に気絶したであろう、石を投げた青年の顔にオトメは光の回復魔法をかけていった。
そうこうしていくうちに、オトメがメイスでやっつけた人間たちは全て癒され、説法の公聴会はうやむやのうちに解散となる。
やがて、アシズリ司祭がやってきて、オトメに対し、呆れたように、しかし咎めるでもなく、言った。
「オトメよ、今回は死人は出なかったようだな。この冒険者の方々に後できちんとお礼を言うのだぞ」
「はい……」
「って、つまり普段は死人が出るまで暴れるんかいこの娘」
当のオトメを羽交い絞めにして、一番疲れたであろうヒロイが、呆れるようにそう言う。
「よく何回も説法させようとしたな、司祭実はアホなのか?」
「そのためにわたしたちが呼ばれたんだと思うよ。止めさせるために」
ヨルの苦言にユメが答える。
その後、アシズリ司祭の好意で奥の部屋で5人揃って落ち着いてお茶を飲む席が用意された。
世界観補足説明
メイス:打撃用の先端部分と柄からなる有名な武器。現実では中世ヨーロッパで流血を良しとしない聖職者が戦場で用いた。




