神官オトメ、登場
唯一神教の神官というものは、総じて優秀な光魔法の、主に回復魔法の使い手だ。
正直、昨日の戦いで、ユメは魔法使いである自分一人が癒し手を務めるのに限界を感じた。
神官の仲間が加われば心強い。
そのためにも、まずは唯一神教の神殿の場所を覚えておくだけでも今後の仲間を探すのにプラスに働く。
「ユメがそういうならアタイはいいけどよ。門前払い食らったらとんぼ返りだぜこれ」
「言っとくけど、あたしは烙印を隠す気はねえからな」
そんな二人に、ユメは神殿の見学ついでだと言ってさっき思い描いたことを説明した。
「なるほど、あんた一人に回復任せてたら回復魔法と攻撃魔法の両立ができないって訳か。ま、アタイだって昨日みたいに死にかけたかないしな。神官の仲間探すのついでにキョトーの神殿がどんな感じか見とくのも悪くないか」
そういう言い方で、ヒロイは同意してくれた。
「なあ、暴れ出した奴はぶっ殺していいのか?」
「そ、それは依頼主の司祭に相談……だと思う」
「よし、許可が出たら、説法中に暴れた奴は皆殺しだ、アハハ」
行きたがる理由に一抹の不安を感じたが、ユメはとりあえず、貴重な戦力としてヨルも連れて行くことにした。
護衛としてこれほど頼りになる剣士もなかなかいない。
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何はともあれ、街の目抜き通りの少し向こうにある唯一神教の神殿には歩いてすぐに着いた。神殿とは名ばかりの小さな建物で、ユメは、ナパジェイでの唯一神教の肩身の狭さを思い知った気がした。
まずは司祭に挨拶しようと、ユメは受付と思しき人間の男性に、今日の説法会の護衛としてきた者だと告げた。
「ああ、こちらの部屋へどうぞ」
竜人と、忌み子を連れていることに全く何も言われなかったことにほっとしながら、ユメは受付が案内してくれた、神殿の代表がいるにしては小さな部屋に入った。
代表は五十を過ぎたくらいかという、穏やかそうな人間の司祭だった。
「おお、ようこそいらっしゃってくださいました。私が唯一神教キョトー支部の司祭を務めております、アシズリと申します。今日は説法会の護衛の件、よろしくお願いします」
アシズリと名乗った紳士は、ユメたち冒険者に対しても礼儀正しく接してきた。
安心したユメたちは二、三の質問を投げかけてみることにしようとした。が。
「もう、すぐに説法が始まりますから、護衛の方、よろしくお願いします」
司祭は特に依頼の内容を説明することすらなく、いきなり仕事を始めろと言ってきた。
大丈夫か、この仕事?
ユメは先行きに大きな不安を感じたが、とりあえず、言われるがまま、説法の公聴席に座って始まるのを待つことにした。
なんと、教壇に立ったのは人間ではなかった。
オークの亜人だったのだ。
亜人とはその名の通り、モンスターや動物の中で人間に近い特徴を持って生まれてきた者である。
かつて人間とモンスターの間に混血が起こり、その先祖返りで人間の血が色濃く出た者であると言われている。
その、白い質素なローブに身をまとったオークの亜人は、パッと見では顔は人間のように見えた。
年齢はユメと同じくらいだろうか。瞳は大きく、鼻だけがやや大きい印象のある、化粧っ気のない、同性のユメの目から見ても、まあ美少女だ。
しかし、髪の毛の代わりに金色の体毛が生えており、晒している腕にもわずかに同じく金の濃い目の産毛が生えている。
つい昨日に虎の亜人を見たばかりだが、ここまで人間っぽい亜人は珍しいのでユメは驚いた。
そもそも唯一神教とは人間至上主義の「キル!モンスター!」な宗教ではなかったろうか。
その例外に忌み子がおり、忌み子と定めた子はたとえ人間でも殺してしまえ!という主義で、間違っても亜人が信仰するような宗教ではない。
ユメがオークの亜人が教壇に立ったショックからわずかに落ち着いた頃、ようやく説法が始まった。
「みなさん、わたくしは見ての通り、オークの亜人、オトメ・アシズリと申します」
声にかすかな怯えを乗せながら、それでも、よく通る声で、教団の上の人物は説法を始めた。
どうやら、名前はオトメというらしい。先程アシズリと名乗った司祭が義理の親で、それで姓が同じなのだろう。
神殿は孤児院を兼ねていることもある。
「唯一神教の教義とは、人間のみが正しく、それ以外の種族は滅ぼしてしかるべきと教えていると、そう、誤解されている方が多いのではないでしょうか」
ふむ。なるほど、この亜人の主張とは唯一神は人間だけを守護するものではないというものか。
ナパジェイ以外ではできない説法だなとユメは思った。
「わたくしが受けた神託は違います。唯一神はありとあらゆる生きる者を尊ぶべきというものでした。自分のような半端者、生まれながらに差別を受けるよう仕向けられた者、そういった弱い者をこそ、唯一神は守りたもうのではないのでしょうか」
教壇のオトメはバッと両手を開いた。
「ここがナパジェイだからではなく、唯一神の真の意図を改めて考え、種族の壁を今一度見つめ直すことが必要なのではないでしょうか!?」
そこで、観客席からヤジが飛ぶ。
「お前の言っていることは間違っているぞ! 唯一神様は『人間だけを守る神』だ!」
「自分が亜人だからって唯一神様に守ってもらおうなんて虫が良すぎるぞ!」
言っているのは両方人間だった。
それはそうだろう。オトメの言っていることは完全に唯一神教の考え方を否定している。その二人が放ったヤジは次第に伝搬していき、さらに大きな声になっていく。
「引っ込め! お前みたいな亜人ごときが唯一神教の教徒を騙るな!」
「俺たちはこのナパジェイで唯一神教の教徒であることに誇りを持っているんだ!」
ヤジだけでなく、とうとう石を投げつけるものが出始めた。
そこで、ユメはこの仕事の内容を理解した気がした。
世界観補足
人名の由来
オトメ・アシズリ:日本語の「乙女」と四国の足摺岬から。




