ハジキの冒険
ハジキを主人公にした番外編、ちょっとした後日譚です
岩陰からほんの少しだけ身を出して、ハジキは標的を見据える。
構えた火縄銃の冷たい鉄の感触が己の火照りも冷ましてくれるようで心地よかった。
標的はスライム。
スライムとは、ゼリー状の身体を持った丸い生き物で、動物や虫、植物の実、大きいものになると人間や同じモンスターでさえも体内に取り込んで溶かして捕食するモンスターである。
幸い動きは鈍いので魔法が使える者であれば取り込まれる前に炎などの熱か水が凍る程度の冷気をぶつけてやれば沈黙する。その隙にスライムの体内にある脳と心臓を兼ねた唯一の臓器「核」を潰してやれば死ぬのだ。
しかしハジキは魔族でありながら魔法が使えないため、銃で戦う場合はその核を狙い撃たなければならない。
標的のスライムの数は二。
一匹を撃ってこちらにもう一匹が警戒したとしても即座に銃を持ち替え発砲すれば労なく倒しきれるだろう。
そもそも何故女子力バスターズのメンバーであるハジキが一人きりでスライムなどを倒そうとしているのか。
その経緯を説明するには話を数日前に遡る必要がある。
☆
「ウチは六人PTがいいのっ!」
魅惑の乾酪亭の一階にチャーチャの声が響き渡る。
人とは現金なもので、女子力バスターズが戻ってきたらまたこの酒場は冒険者で賑わい始めた。
しかも、また成人もしていない美少女新米冒険者を連れての復帰である。話題にならないわけがなかった。
そして今まさにワガママを通そうとしている民族衣装風の服装をした美少女――チャーチャの素性は女子力バスターズ、つまりユメたち六人とアストリットしか知らなかった。
この差別なき国、ナパジェイを束ねる天上帝の従姉姪にして後継者。余命いくばくもない天上帝が崩御すればその後を継ぐ予定になっている少女である。
そのチャーチャが冒険者の流儀に乗っ取って六人PTを組みたいと言って聞かないのだった。
「冒険者のPTって六人が基本なんでしょ? 女子力バスターズも六人で戦ってたんでしょ? なら六人じゃなきゃヤダ!」
「じゃあ、私は抜けるわ」
アストリットがそう言って魅惑の乾酪亭のウエスタンドアから出ていこうとする。彼女は元々女子力バスターズではない。面倒ごとに巻き込まれたくないというのが正直なところだろう。
トーナメントで見せた実力があれば他の冒険者の宿に行っても、仮にソロでも充分冒険者としてやっていける。
だがユメはその背中に追いすがるように声をかけた。
「待って、アストリット! 新米の仲間を守るのにあなたほどの適任はいないのよ。できれば見捨てないで!」
「でも私、端から関係ない」
アストリットはにべもなかった。そのまま大通りかどこかの宿に行ってしまうだろう。
ユメはそれ以上何も言えず、アストリットを見送った。
すると、アストリット目当てだった客が何人か宿から出ていく。なんと勝手なのだろう。
「じゃあ、四対三でレイドを組んで、数が多い方にチャーチャ様に入ってもらって……」
「様は要らないってば! 後レイドってなあに?」
このように元々六人で安定していて、北伐にアストリットが来てくれてちょうどよかった女子力バスターズにあと一人ちょっと魔法が使えるだけで冒険者の流儀も知らない女の子が入っても、はっきり言って、
――邪魔。
なのである。
それでリーダーのユメはほとほと困り果てていたのだった。
そこで、揉め事の中心からなるべく離れていたハジキは壁に貼られた依頼書に、
「人食いスライム退治 標的数2 場所:カスミ湖周辺 太刀級向け PT推奨」
という依頼を見つけた。
「……ユメ、この依頼、私一人でやってくる。これで六人。チャーチャ……には他の依頼をこなさせて慣れさせてあげて」
「えっ、それ、危険が少なそうだからわたしたちがやろうとしていた依頼……」
「マスター、それでいいよね?」
ハジキは勝手に人食いスライム討伐の依頼書を剥がし、魅惑の乾酪亭の主人の元に持って行く。
冒険者というものは案ずるより産むが易しな職業なのだ。ユメたちが多少難易度の高い依頼を回されて、チャーチャという足手まといがいても、ヒロイ、ヨル、オトメ、スイという大太刀級の冒険者が五人もいる。何とかなるだろう。
「……じゃあ、そういうことで」
後ろでヒロイやヨルが何か文句を言っていたが、ハジキは意に介さず魅惑の乾酪亭から出て行った。
☆
さて、馬車でバラギ平原近くのカスミ湖周辺まで来たハジキは近くのバクツー街で聞き込みを行い、人食いスライムが出没するというあたりまで来ていた。
カスミ湖と言っても実は五つの大きめの湖が近くにあり、結果的にビワレイクに次ぐナパジェイで第二の大きさを持つ湖となっている。
よって、カスミ湖周辺と書かれても具体的にどの湖の辺りなのか探すのに苦労するのだ。
そこで、このあたりで一番大きな街であるバクツーで被害状況を聞いて回ることにしたのだ。
口下手なハジキだったが、かなり大きな噂になっているらしく、話しかけた町人は皆快く状況を説明してくれた。
なんでも二匹の大型のスライムが時折街道の真ん中にでんっ、と居座り、通ろうとする町民を取り込んで捕食してしまうのだとか。馬車で通ろうとすると馬ごと食べられてしまい、積み荷に生鮮食品があったらそれも体内に取り込まれて養分にされてしまうという。
たしかに迷惑極まりない話だ。
たとえ自己責任の国、ナパジェイとはいえ、そんな理由で死んではたまらない。そこで被害が大きくなる前に討伐依頼が出たらしい。
そして、ハジキは標的のスライムを見つけた。
街道ではなく、そこから少し離れた道の片隅で二匹寄り添ってぶよぶよと蠢いている。
町人を襲っている最中に狙い撃とうとすると核の位置が分かりにくく、町人を撃ってしまう可能性があったので渡りに船だった。
☆
ここで話は冒頭に戻る。
幸い近くに大きめの岩があったので、ハジキはその岩陰に潜み、スライムに狙いを付けた。
たった二匹、スライムの核を撃ち落とせば依頼は完了だ。簡単な仕事だ。
しかし、そこで異変が起こった。二匹のスライムが融合し始めたのだ。そしてその二つの核が体内でぐるんぐるんと回り始める。
これではうまく狙いが定まらない。
(――共食い!?)
ハジキの脳内にそんな単語が浮かび上がる。
しかし、ハジキのそんな予想は外れた。しばらくすると、核の動きは止まり、融合したスライムの脇に、ぽこん、と拳大の小さなスライムが生まれたのだった。
生殖。
そう、奴らは生殖行為を行っていたのだ。雌雄があるのかは知らないが、まさに今二匹のスライムは子供を産んだ。
そして心なしか元より小さくなった二匹のスライムは生殖を終えると離れ、産まれてきた新しい命に体の一部を分け与えた。
(……スライムってああやって子供作るんだ……)
ハジキはやっと理解した。
町民や馬車を襲っていたのも、生殖時期が近かったからだろう。そして生まれてきた子供に養分を分けてあげている。
しかし、冒険者ハジキは依頼を受けた者として二匹のスライムを生かしておくわけにはいかなかった。
生殖を終え、疲れたのか。また二匹に分裂したスライムの核は体内で大人しくしている。
しかし、その核を撃ち落とせば産まれてきたばかりのあの拳大の赤ちゃんスライムの親を奪うことになる。
親の愛を受けたことがない彼女の心には、そのことにわずかの躊躇いがあった。
――しかし。
ハジキは冒険者としての仕事を思い出した。少なくともあの二匹のスライムは自分たちの子供を産むために他の命を奪ったのだ。
(……これは依頼)
握りっぱなしで温かくなったグリップを再び握りしめ、狙いをつけ、どっちが父親かもわからないスライムの核を狙い撃つ!
バキューン!
ハジキが放った弾丸は正確にスライムの核を撃ち抜いた。
「……もう一匹」
ハジキは躊躇わず、もう一匹の親スライムの核に狙いを定めた。
そのとき、親が子供を庇おうとしているように見えたのは目の錯覚だったのだろうか。
とにかく、ハジキが放った弾丸は母親?スライムの核を見事に撃ち抜いた。
これで町民を脅かしていた脅威は排除できただろう。
「……さて」
残る問題はあの子スライムである。親が急に動かなくなったことに悲しみを見せる様子はない。
自らの手で自らの親を殺したハジキには目の前で親を殺されたこの子供に同情の観は湧いてこなかった。
ただ、なぜかあの子スライムを殺す気は起らなかった。
まだ体内に核もできていない赤ん坊のスライムだ。どうやって殺したらいいかもわからない。
ここでハジキは自分でも信じられない行動に出た。
岩陰から体を出し、子スライムの方に歩いて行ったのである。
そして、数分もせず赤ちゃんスライムと二匹のスライムの死体の元まで辿り着いた。
「……たった今お前の親を殺した女です」
二匹のスライムが核の傍に出したC級の宝石を回収し、一応挨拶してみたが、子スライムは何も答えない。口が無いのだから当然だ。
ハジキはふと思い立って、腰のベルトから取り出した弾丸を子スライムにねじ込んでみた。これで死んでくれたらいいのだが。
ユメやスイなら炎の魔法でも使って焼き殺すのだろうが、弾丸以外に武器のないハジキにはどうすることもできなかった。
弾丸は溶けるかと思ったが、子スライムの中でしばらく漂った後、なんとぐにゃりとねじ曲がった。
それはまるで笑顔を作っているようで、殆ど表情を動かさないハジキでも面食らってしまう。
しばらくすると、弾丸はまた曲がり、口がへの字を描くように機嫌が悪そうになった。
ハジキにはこのスライムの言いたいことがまるで分からなかったが、とりあえず保存食をスライムの前に数個置いてやる。
すると、スライムはまた体内の弾丸をぐにゃりと笑顔のように歪ませると干しブドウの保存食をうれしそうに体の中に取り込んで捕食し始めた。
その場を立ち去ろうとすると、スライムが着いてくる。
「……はあ……、どうしろって言うのよ?」
とりあえず依頼は終えた。しかしこの子スライムまで殺し切らないと任務は不達成な気がする。
街まで連れて行って魔法が使える冒険者にでも焼いてもらおうか。
とにかく、核がない以上ハジキにはこのスライムを殺せない。いやむしろ自分が刺し込んでしまった弾丸が核の代わりをしている感さえある。
北伐時に知り合った狂人科学者ツーコン・ポーにでも聞けば状況が分かるだろうか。
仕方ないのでハジキは自分が殺した二匹分のスライムの核を持って、街まで戻ることにした。これで討伐の証拠にはなるだろう。
結局、子スライムは皮袋に入れた状態で、誰にも言えないままキョトーへ連れ帰ってしまった。
たまに保存食を食べさせてあげると嬉しそうに食べる。
☆
さて場面は変わって魅惑の乾酪亭。
「減酸処理をして、小動物や虫しか食わなくなったミニスライムならペットになるって聞いたこともあるけどな。ハジキ、そのスライム、飼いたいのか?」
スライム退治の報酬を受け取り、亭主に事情を説明するとそんな答えが返ってきた。
ユメたち女子力バスターズはチャーチャを連れてまだ冒険中らしく、宿にはいない。初っ端から結構ハードな依頼を受けたようだ。
「……減酸処理はどこですれば?」
「手近なところだと軍の化学班だな。手数料はかかるが。言っておくがうちには置かないぞ。お客さんの食欲が失せるだろうからな」
「……じゃあ、ウェッソンのジャンク屋に」
「あいつもお前がいなくなって寂しがってるが、そんなもの押し付ける気か?」
☆
ハジキは、弾丸入り子スライムを軍で減酸処理をしてもらうと、古巣であるウェッソンの店に向かった。
ちなみに子スライムの中の弾丸はやっぱり核の代わりになっており、「非常に珍しい現象だからうちで研究対象にしたい」と軍の化学班に言われたが、実験動物扱いはなんとなく可哀想な気がしたので、断った。
そう、ハジキにはもうこの子スライムに親心みたいなものが湧いていたのである。
不思議な感覚だった。実の親からは一遍の愛情も受けたことがないのに。そんなものは知らないのに。
この子の親を殺してしまった罪悪感だろうか。
とにかく、ハジキは一週間ぶりくらいにウェッソンのジャンク屋に向かった。
「ハジキ! 北伐から帰ってきてまたすぐ顔を出すなんてな! そんなに俺の顔が恋しかったのか?」
ウェッソンは驚きながらも笑ってハジキを迎えてくれる。
そして、袋に入れっぱなしだった減酸済みの子スライムの説明をして「預かってくれ」と頼むと、不思議とウェッソンは微笑んだ。
「俺も道端で座り込んでたお前を見たとき、同じ気持ちになったもんだよ」
そのとき、ハジキはウェッソンの気持ちを理解した。
親がいなくて佇んでいた自分を拾ってくれた気持ち。
「……ウェッソン、ありがとう……」
思わずハジキの口からは感謝が漏れていた。
「おっ、お前から『ありがとう』なんて言葉が出るのは初めてだな。そうだ、今日くらいは宿に帰らずにこの店に泊まっていったらどうだ? お前の部屋はそのままにしてある。掃除くらいは自分でしろよ」
「……うん、……さん」
「ん? 今なんて言った?」
「……わかったよ、……お、お父さん」
番外編 「ハジキの冒険」 完
カスミ湖:霞ヶ浦から
バクツー街:つくば市から




