友人に失恋話を語る男
――きっとクズ野郎なんだと思う。
「昨日、彼女に振られた……」
俺はもう何回こいつに言ったかわからないセリフを吐いた。
整った顔をした友人が、俺の顔をじっと見つめる。
「またか。今回は何ヶ月持った?」
「またって言うのやめろよ! 付き合ってちょうど半年だよ!」
「半年か。結構持ったな」
「だから、人を何度も振られてる憐れな奴みたいに言うなって! ……まあ、俺もよく持ったなって思わなくもないんだけど」
俺はわざとらしくため息をつく。
チラリと友人を見れば、奴は笑っていた。
本当に、綺麗な顔をして笑うよな。
他にどんな話をしても、こいつがこんなふうに笑うことはない。
笑いはするんだけど、上辺だけというか。
とにかく、こいつが心の底から笑っているように見えるのは、昔から俺が振られた話をした時だけだ。
「俺の一体何がいけないんだろ……?」
「バカだからじゃないか?」
「あー、なるほど……じゃねえよ! 普通に悪口じゃないかそれ!」
「はははっ」
「くそ、自分がイケメンでモテるからっていい気になりやがって!」
最初の頃は、本当にそう思っていた。
こいつがイケメンでモテていたのはよく知っているし、俺が振られる度に笑っていたし。
でも、こいつがこんなふうに笑うのは、俺が振られた話をする時だけだ。
他の誰かが振られた話をしても、こんなふうに笑ったりしない。
俺の時だけなんだ、こんな綺麗な笑顔を見せてくれるのは。
「あーあ、どっかに良い女の子がいないかなぁ」
スマホで他の友人に女の子を紹介してもらおうと連絡を取る。
……正直に言えば、女の子と付き合いたいと思っているわけではないのだけど。
俺は振られるために、女の子と付き合いたいのだ。
「お前また女の子泣かせる気か?」
「俺は泣かせてるつもりねーよ。てか、泣かされてんのは俺の方だって」
でも、振ってくる女の子達は皆泣いていた。
理由は、昔から薄々わかっていた。
確信したのは、ついこの間振ってきた女の子の一言だったけど。
『××には気をつけた方がいいよ』
まるで捨て台詞のようにそう言って、彼女は俺の前から去っていった。
××とは友人の名字で、俺の知り合いに他にその名字の人物はいない。
彼女は恐らく、こいつに何かされたんだろう。
彼女だけでなく、今まで付き合ってきた子達もそうだったのかもしれない。
泣いていたのは、本当は別れたくないけど、別れざるを得なかったからだろう。
「……本当に、バカだなぁ」
スマホから視線を上げると、まるで絵に描いたような美しい笑顔がそこにあった。
思わず感嘆のため息が出そうになって、それをぐっと飲み込む。
「バカってなんだよ」
「別に。ただ、無駄な努力してるなって思っただけさ」
お前が別れるように女の子を脅すからか?
お前が俺をバカと言うのは、俺がそれに気づいていないと思っているからか?
何も気づかず振られたことに嘆いている俺を見て、お前は笑っているのか?
いずれにしろ、とんでもないクズ野郎だ。
普通だったら問い詰めて全部吐かせて、絶交するところだろう。
だけど、俺はそれでも、こいつから離れられない。
心では「酷い奴だ」と思っていても、こいつに別れ話をしてしまうのだ。
こいつの、笑顔が見たいから。
「無駄とか言うな! 今に見てろよ、絶対可愛い彼女と長続きしてやる!」
「そうか。楽しみにしてる」
長続きしたいと思っているわけじゃないが、長く付き合った方が別れる時に悲しみが増す。
そうして辛い顔をしていた方が、こいつはもっと笑顔になるんだ。
別に、好きでもない女の子と付き合ってきたわけじゃない。
今まで付き合ってきた女の子のことは本気で好きだった。
ちゃんと彼氏らしいこともしたし、大切にしていた。
だからこそ、振られたら悲しいと思えるんだ。
でも、それ以上に、嬉しくもあった。
こいつの美しい笑顔を、独り占めできる理由ができるから。
「今度は半年以上付き合ってやるぜ!」
「……目標が低いな。まあ、頑張ってくれ」
今回振ってきた女の子は本当に良い子だった。
長いこと脅されていただろうに、俺のことをずっと慕っていてくれた。
心の底から俺を愛してくれていたから、別れ際に忠告までしてくれたんだろう。
それを思うと、本当に可哀想なことをした。
俺はこいつがしていることを知っていた。
その上で、彼女と付き合った。
彼女がこいつに脅されるのを知っていて、振られる前提で、俺のことを本気で愛してくれた子と付き合っていたんだ。
……ああ、本当に。
なんて、クズ野郎なんだ。
「楽しみにしてるよ。お前に彼女ができるの」
そう言って、クズな友人は笑う。
心底楽しそうに、妖艶な笑みを浮かべる。
本当に同じ人間なのかと思うほど、こいつの心の底からの笑みは美しい。
それを見れるのは俺だけだということに、異常なほど興奮してしまう。
その笑顔を見たいがために、俺はこいつがしていることを黙認している。
女の子が脅されているのを知っている上で、知らないフリして彼氏らしく振る舞っている。
女の子が別れ話を切り出すまで、ずっと。
……こいつがクズなら、俺はもっとクズ野郎だな。
でも、こればかりは止められそうにない。
あーあ、早く彼女作らないとな。
長く付き合った方が良いけど、また半年以上もこいつの笑顔が見れないのは辛い。
「おう! 楽しみにしててくれ!」
すぐにまた彼女を作るから。
だから、振られたら、その時は最高の笑顔を見せてくれよ?