第九十三話 王
水を操る力。
俺の担当であるヴィラという女から聞いた説明だ。
生物にとって欠かせない存在、星の殆どを埋め尽くす母なる海。そのどちらも水。
とはいえ水は水。水で戦うなんてイメージはとても考えられない。ぱしゃぱしゃと手で飛ばしたところで服が濡れて不快になるくらいだ。
……まぁ、その、なんだ。
俺の想像力不足だっただけの話だったみたいだが。
※
「クソ、あちこち燃やすんじゃねぇよ!」
眼前で焔と忍足が戦っている。全身を炎で纏った焔は、忍足からの攻撃を無効化していた。
炎は水の正反対とも言える存在だな。生命である限り、炎を触れば深刻なダメージを負う。
いくら忍足が体捌きで上回っていようとも、触れられないなら話は別。
加えて、周りへの火災被害。
長時間戦えば戦うほど忍足達だけが不利になるが、焔側にはなんのデメリットもない強行手段。
出会って間もないが、焔という女がこんな手段を取るのはらしくないと思っていた。
理知的な印象と、表情には出にくいが感情的な部分も併せ持つ人間臭い性格。
目的があるにしろ、余計な被害を出さないように最新の注意を払っているのは他所から見ても良く分かった。
だから、今の焔が荒々しい戦いをしているのは……理由があるんだ。
「……理解が遅れて、すまねェな」
右手に力を込める。無から生成されていく、大量の水塊。
水に攻撃性は無い? アホ言え。
人間にとって……水ほど怖いものは無い!
「━━焔ァ!」
叫ぶ。
それだけで、焔は理解し大きくその場から跳躍した。
「何を……!?」
忍足達が困惑する中、俺は溜めに溜めた水を……解き放つ。
全てを、押し流す!!
「『水龍』!!」
右手を前にかざし、龍を象った水の塊が忍足達へと襲い掛かる。
焔が放った炎も飲み込み、消火をしながら敵全員を水で飲み込んだ。
30センチ……たった30センチだけ水に浸かるだけで人間はまともに動けなくなるとか。
水を自由に扱えるのなら、どんな兵器よりも強力だろう。
「ぐっ……! デタラメだな……!」
「生憎、俺達は化物だからな」
「はっ。ただの……人間に見えるけどな……」
「……ありがとよ、忍足」
水に捕らえられながら、忍足は諦めたように苦笑いを溢す。
……こんな能力を身に宿しちまったのに、人間扱いしてくれたのは忍足が初めてだった。
「作戦通り、ですね。後処理はお任せを!」
忍足達を捕らえたのを確認し、後ろから榊さんが歩いてくる。
「『樹牢』!」
そのまま床に手を当て、大量の木の根を出現させて通路を塞いだ。
これで、増援はもうこない。
「……ありがとう、二人とも」
焔は息を整えながら、笑う。
「おう。……さて、目的地にやっと到着ってか?」
目の前の扉を見る。一際豪華な彩飾だ。
この先に総理がいるんだな。しかし……
「なぁ、焔。総理ってまだ残ってると思うか?」
俺達が戦っている間に避難している可能性はかなり高い。
わざわざここに残って待ち構えてるとは思えない。
「……常識的に考えれば、とっくにいないだろうな」
「じゃあ━━」
「あの総理が常識的であれば、の話だがな」
焔は意味深な言葉を発しながら、扉を開く。
すると、中央の一際派手な机の奥に
「━━私に会いたがっている超能力者、とは……君らの事か?」
背広服に身を包んだ、背の高い凛々しい顔立ちの男が立っていた。
━━━━【國枝 大和】。
僅か三十五歳という異例の若さで国のトップに選ばれた総理大臣。
全ての能力が飛び抜けており、どの分野に行ってもトップを取れたとまで言われる傑物だ。
圧倒的なカリスマ性と、有益な結果を残した政策の数々。
この人の後任になる人間は気の毒だ、とまで言われている。
「……まずは席に着くと良い。大丈夫、邪魔はさせないように計らうよ」
「あ、はい……」
どこか、威圧感がある優しい声色。完全に気圧され、こちらの全員が指定された椅子に言われるがまま座った。
総理も近くの椅子に座り、こちらの顔を見る。
「超能力者、と聞いてはいたが……普通の人間にしか見えないな。だが、たった五人でここまで来れる時点で本物なのだろう。そんな君達が、私に何を望む?」
冷える空気。
総理は冷静に、焔を見詰めた。
「……強引なやり方だったのは、謝ります。謝って済むことでは無いでしょうが」
「そんなこと、今はどうでもいい。本題に入ると良い。前置きも気遣いも不要だ」
「分かりました。それでは、本題に入りましょう」
焔は、語った。
自分達に課せられた使命と、今後の世界のことを。




