第九十二話 化物らしく
「ぐっ!?」
激痛。
折られた腕は力無くぶら下がり、ズキンズキンと脳まで痛みが響く。
「お、ちゃんと痛いんだな」
忍足はいつの間にか大きく後退していた。焔の腕を折っておきながら一切の油断がない。
「良かった、痛覚まで無かったらどうしようかと思ったところだ。……俺はこういう仕事してるからよ、人体の壊し方はよーく知ってるんだ。そんで、綺麗なねーちゃん。アンタ戦闘はド素人だな? ここに来るまでは身体能力でどうにかなってたんだろうが……俺相手はそうもいかねぇよ」
忍足は焔を睨んだ。
「……そのようだな」
予想だにしなかった強敵。
どう動くべきなのか分からず、ただ焔は脂汗を流す。
「と、とりあえず下がるぞ!」
蒼貞の言葉に従い、曲がり角に身を隠す。
当然ながら、精鋭の警備達は退いてはくれない。
「な、治すね……!」
「あぁ、ありがとう生明」
生明は焔の折れた腕に触れ、瞬時に治療を施した。
これで戦況は再び五分に……とはいかなかった。
「……」
全員がどことなく感じていた、万能感。このまま何事もなく総理のとこへと行けると思っていた。
だが、違った。
人間でありながら、自分達に対抗できる存在がいたことに動揺を隠せずにいた。
「あんなに強い奴がいるなんてな……近距離じゃどうしようもないなら、遠くから攻撃するか?」
「それが無難でしょうが……忘れちゃいないですよね蒼貞さん? 私達は殺しちゃダメなんですよ?」
「うっ……」
榊に指摘され、言葉を詰まらせる蒼貞。
そう、ただ勝つのではなくヨシュアの指示通り殺さずに勝たなくてはならない。
実際、肉体的スペックはもちろんのこと能力も含めれば戦力は圧倒的に焔達のが上だ。その気になれば建物ごと破壊することも容易いだろう。
だが、出来ない。
「どうした、諦めたかよ!」
曲がり角の奥から忍足の声。
このまま何もせずに待つわけにはいかない。焔は深呼吸をし、全員を見た。
「みんな、聞いてくれ。あの忍足という男は確かに強い。もし身体能力が全くの互角で、こちらに能力が無かったのなら……恐らく勝ち目はなかった」
「同感ですね、焔さん。そもそも彼は武を修めた達人でしょう。武術の心得がない私達では……」
「その通りだ榊さん。だから私達はやはり能力に頼るしかない。そこでだ」
焔は手に炎を宿し、壁沿いに忍足を睨む。
「私は、今出せる全力で能力を使用する」
「!? おい、待てよ焔」
焔の言葉に蒼貞が反応する。
「殺しちゃダメなんだろ? お前の炎を辺りに放っちまったら……!」
「分かっているさ。辺りは火の海に包まれるだろうな。だから、信用させてもらう。……蒼貞さん。貴方を」
「は……? ちょ、おい!!」
焔は蒼貞の制止を振り切り、全力で駆け出す。
目標は、忍足。他の警備は一旦置いておくつもりだ。
「馬鹿正直に突っ込んでくるとは。自棄か?」
「さぁな。今度は化物らしく行かせてもらうだけだ! 『緋の鎧』!!」
焔は全身を発火させ、超スピードで忍足の眼前まで接近する。
この時の焔は奥義にあたる技……五獣を操り身に宿す【紅蓮】シリーズをまだ教えて貰っていない。他のゼロ達も奥義は覚えていなかった。
故に、この時の焔が出せる全力の能力がこの鎧だった。
「っ!」
炎を纏った状態での、拳。忍足ならば簡単に捌ける代物ではあるが
高熱の身体がそうはさせない。忍足は瞬時に判断し避けるだけに留めた。
「全身を炎で覆う……単純ではあるが体術の対策か?」
「私が今出来るのはこのくらいだからな! ハァ!」
焔は両手を強く握り、両腕を交差させた。
そのまま、勢い良く腕を開く。
それと同時に大粒の火の粉が辺りへと放たれた。
「ちっ、なりふり構わなくなったのか!?」
焦る忍足。それもそのはず。
焔が放った火の粉はたちまち絨毯やカーテンに燃え移り瞬く間に炎が拡がったからだ。
忍足の部下達が消火器を使うものの、焔の炎は特殊でありそう簡単には消えない。
「余所見か、忍足さん!」
「くっ!」
辺りに気を取られる忍足に、焔は前蹴りを放つ。
それでも忍足はギリギリで蹴りを避けた。
「炎がどんどん拡がって……! このままだと建物がやべぇな、どういうつもりだよ焔は!」
炎が辺りに拡がるのを見て、焦る蒼貞。
消えにくい炎と、焔が纏う鎧。焔が動く度に炎を拡げ、忍足の部下達はもはやこちらの事よりも消化活動に力を注いでいた。
このまま後ろを通り抜けて総理の元へ行くことは可能であろうが……それだとヨシュアの出した条件を達成できない。
ゼロは、真っ正面から立ち向かってくる敵を殺さずに無力化させなければならないからだ。
「……いや、まさか。蒼貞さん、分かりました」
「榊さん……? 何が分かったんだよ?」
「焔さんが貴方を頼った理由が、です」
榊は焔の考えに気が付き、蒼貞へとその内容を教えた。
焔は悠長に説明する時間が無かったのだろう、と榊は説明する。
「……そういう意味かよ、クソッ。それなら俺が適任だわな」
「ええ。その後のケアは私がやりましょう」
「あぁ、頼んだ!」
蒼貞と榊が、曲がり角から前線へと飛び出した。




