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欲望の感染者  作者: 影山 コウ
知らない世界
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第九話 壁

 

「ふう、お疲れ様。ハガネ、ユミ」


 集合場所である廃工場までハガネを連れたままテレポートし、そこには軍服に身を包んだ女が待っていた。ユミだ。

 ユミはきっちり役割を果たしたし、任務はまぁ及第点って所かな。


「ありがとよ、マドカ。しかし、あれが焔か……近くにいた男も中々だったが、やはり桁違いだな」

「言い訳か? 見苦しいぞ、鋼」


 疲れた様子でため息をつくハガネに、ユミは鋭い目付きで睨む。しかしハガネってば、あんなに啖呵を切っていたのに案外冷静ね。


「へーへー、悪かったよユミ。お前は役割を果たしたからな、何も言い返せねぇよ」

「……ふん。ともあれ、ご苦労だった。焔を前にして、無事で帰れる人間はそういまい。忌々しい女だ、いずれ私が殺す」

「どーだかな。ユミの能力は暗殺に長けているけどよ、焔が素直に攻撃を受けるとは思えねぇ」

「何だと?」


 ハガネの言葉に、ユミは眉を潜める。


「お前が弱いってんじゃねぇ。だが、焔があまりにも規格外すぎるんだ」

「強いのは知っている。が、過大評価がすぎるぞ」

「……じゃあ聞くが、今回の戦いで焔が全力で戦ったと思うのか?」

「なに……?」


 ハガネは乱雑に置いてあるソファーに腰掛け、ため息をついた。


「焔はよ、俺を相手にしても全力を出してなかった。何度も何度も感染者(ディザイア)と戦ってきた俺だから分かるが、全力を出している人間の顔ってのは分かりやすいもんだ。……だからこそ言い切れる。焔は、恐らく半分も力を出していないってな」

「半分以下……だと? 馬鹿を言うな、なら何故お前が負ける!」


 感情的になって、ユミが大声で怒鳴る。何だかんだ信用してるのね。


「とにかく、俺だけじゃ焔には勝てない。最悪この三人でも難しい。それだけの相手だってことは、リーダーから聞いてただろうが」

「しかし……納得がいかない」

「なら一人で焔を殺しに行ってみろよ。殺されはしないだろうが、捕まって情報を吐かされてお前の役目は終わりだ」

「ッ……!」

「━━ハイハイ、二人とも落ち着いて。今は作戦が大方成功した事を喜びましょ?」


 放っておくと喧嘩にでもなりそうなので、仲裁に入る。


「焔が規格外な存在なのは分かってる。だからこそアレを作ってるんでしょ?」

「……ふぅ、そうだったな」

「そうだな。それに、よ」


 ハガネはにやりと笑い、言った。


「━━焔以外は、話が別だしな?」


 *


「今回は大変でしたね」


 諸々の後始末が終わり、傭兵の身柄を警察に受け渡した後、遠阪は疲れたように溜め息をついた。


「体は大丈夫か? 遠阪」

「やられたのは一体だけですし、平気です。消されたコピーは一日待たないと再生しませんけど……こっちの支部は比較的穏やかですんで大丈夫でしょ」

「そうか、良かった」


 とりあえず遠阪が無事で良かった。今回の仕事は、本来ならば私の役目だったからな。大怪我をさせてしまっては、蒼貞にも申し訳がたたない。


「それより、焔さんこそ大丈夫です? さっきからずーっと顔が暗いですよ」

「……! すまない、何でもないんだ」


 心配そうにこちらを覗き込む遠阪に、苦笑いを浮かべて首を横に振る。

 顔に出ていたか、気を付けなければ。


「そうですか? ま、それじゃ僕はこれで。今回の件は蒼貞さんにも伝えておきますね」

「ああ、頼んだ。お疲れ様、遠阪」

「はい、お疲れ様ですー」


 遠阪は眠そうに欠伸をしながら、帰っていった。


「……どう動くつもりだ、組織め」


 誰もいない街で一人言を呟く。感染者(ディザイア)が現れてから一年後、我々を含む各支部へと送られた宣戦布告の手紙。それが組織の名前を知るきっかけとなった出来事だった。

 書かれていた文は、ほんの僅かな言葉だけ。


「『我々は感染者解放団体(リベレイション)。神に逆らう愚か者共を、力を持って殲滅する』」


 事情を知らない人間は、実に馬鹿らしい文だと一笑に伏す。だが、私と四人は違う。

 この文に書かれた意味を、不吉なものだと理解出来たからだ。


「させはしない。絶対に。その為に、私達は……」


 *


「そっち行ったぞ、アキラ!」

「任せて」


 猛スピードで走り回る感染者(ディザイア)を、左右に別れて追い込んでいく。人目が無い場所で助かった。これなら、多少暴れても被害は出ない筈だ。


「くっ、クソッ! 逃げ切ってやる!」

「無駄だよ。逃がさないから」


 走力を強化する能力の男に、アキラは変身して並走していく。


「このっ!」


 真っ直ぐ走っては追い付かれると踏んだのか、男は一瞬だけ足を止めて方向を変えようとする。

 ━━今だ!


「『勇気の手(ブレイブハンド)』!!」

「うぐっ!? なっ、なんだこの手は!?」


 咄嗟に手を前に翳し、巨大な白い手が男を捕らえる。男は必死になってもがくが……無駄だ。

 俺の能力は、感染者(ディザイア)であろうとそう簡単にはほどけない。


「やっ!」

「ぐ……ぅ……!」


 そしてアキラが男を殴り、気絶させた。俺が捕まえてアキラが倒す。この一連の動作も随分慣れたものだ。


「お疲れ、アキラ」

「レイラもお疲れ。仕事も大分、板に付いてきたね」

「そ、そうか?」


 アキラに正面から褒められ、照れ臭い。

 能力に名前を付けてから、何となく気持ちが変わった気がする。感染者(ディザイア)としての自覚が芽生えたというか。


「……よし、連絡はしといた。直に警察が来るよ。それにしても、足の速さを生かして窃盗だなんてね。……いや、違うか。元から窃盗犯だったのが感染者(ディザイア)に目覚めて足が速くなったのか」

「そうみたいだな。いつかの爆弾魔と言い、ろくでもない奴だ」


 二人して、倒れている男を見て溜め息をついた。

 爆弾魔と戦ってからはや一ヶ月。半袖で過ごすのも少し寒くなってきた。

 あれから焔さんはパトロールに参加しなくなり、いつも忙しそうに何処かへと出掛けている。

 話を聞いても誤魔化すように茶化すだけで、何も教えてはくれなかった。俺達に話せない理由があるんだろうけど、とても寂しそうにしている一色さんを見るのは辛かった。

 いつか、話してくれると良いんだけどな。


「レイラ? どうかした?」

「ん、いや……何でもない」

「そう?」


 アキラが不思議そうにこちらを見ていたので、思わず苦笑いを溢す。

 とりあえず待たなければならないので、古いビルの壁に背を預ける。


「…………ん?」


 すると、目視できる程の近くに、見慣れない制服を着た高校生がこちらを見ている事に気が付いた。いつからあそこにいたんだ?


「アキラ、あの高校生って知り合いか?」

「いや、違うね。僕らの高校の制服とは違うし」

「そうか。……まさかとは思うが、今の見られてないよな?」

「……ヤバい、かも?」


 もし見られていたらまた噂が拡がってしまう。焔さん達が情報を規制するだろうけど、限度があるだろう。

 動画とか撮られていたらまずい。どうする……?


「あ、あの! 一つよろしいですか!?」

「っ!」


 高校生はこちらに向かって走りながら、大声で呼び掛けてきた。

 えらく整った顔立ちで、鮮やかな金髪をしていた。


「え、えーと……なんだ?」

「さっき、大きい手を出したり狼に変身していたのって貴方達ですよね?」

「……あちゃー」


 はっきりとそう言われ、アキラは頭を押さえて苦笑する。完全に見られてたな。


「その、あれは……えっと」

「あの能力について教えて下さい! 幼馴染みが、同じ様な能力を持っているかも知れないんです!」

「……なんだって?」


 青年から発せられた意外な言葉に、アキラと俺は顔を見合う。


「……レイラ、この人を連れて事務所に行って。後始末は僕がやっとくから」

「いいのか?」

「どうやら深刻な話みたいだし、僕達の仕事かもしれない。悪戯にしちゃ様子が変だもん」

「分かった。後でな」


 アキラはにこりと笑って合図し、到着したパトカーの元へ走っていった。


 こんな事は初めてだ。でも、確かにこの青年が嘘とか冗談を言っているようには見えない。


「……話は事務所でしよう。君が納得のいく答えが出せるかは分からないが━━」

「構いません! 何でも良いので、教えて下さい! お願いします!」

「分かった。じゃあ、行こう」


 真剣な眼差しをした青年を信じ、青年を連れて事務所へと足を運んだ。


 *


「あ、お帰りなさい! ……おや? アキラちゃんは一緒じゃないんですね」


 事務所へと戻ると、一色さんが笑顔で迎えてくれた。

 だがアキラがいないことに気が付き、不思議そうに首を傾げる。


「えーと、それは後で説明します。それより……」

「━━何か、入り用みたいだね。レイラ」


 一色さんに説明しようとした時、奥から焔さんが歩いてきた。何処と無く疲れているように見えた。


「焔さん、今日はいらっしゃったんですね」

「うん。少し時間が出来てね。忙しいとはいえ、しばらく留守にしてすまなかった」

「いえ、大丈夫です。それで用事というのは━━」


 先程の話を二人に教え、焔さんと一色さんは顔を合わせる。


「どう、思います? 焔さん」

「んー……まだ何とも言えないかな。その青年とやらは何処にいるんだい?」

「あ、外で待たせています。勝手な事をしてすみません」


 焔さんは首を横に振り、微笑む。


「いやいや、レイラの判断はそう悪いものじゃない。私でもその青年を連れてきたと思うよ。それじゃ、呼んでくれ。私も興味が湧いた」

「はい、分かりました!」


 事務所の外へと出て、下で待っている青年に上から手を振って見せた。青年は頷き、やや急いで階段を上ってくる。


「よ、良かったんですか?」

「ああ。中へ入ってくれ」


 青年は頷き、中へと入る。


「やぁ、君が件の」

「は、はい!」

「フフ、まぁ落ち着いてくれ。こっちのソファーに座ると良い」


 いつもの調子で微笑む焔さんを見て、俺も一色さんも少し安心した。ここ最近の焔さんは、少し怖かったからな。


「今コーヒーを淹れよう。砂糖やミルクは要るかな?」

「いえ、そのままで……ありがとうございます」

「あっ、焔さん。そのくらいアタシが」

「いいよ、このくらい」


 一色の申し出を断り、焔さんは慣れた手付きでコーヒーの準備をしていく。

 焔さんなりの気遣い……なのかな。


 暫くしてコーヒーが出来上がり、焔さんは青年の前へとコーヒーが注がれたマグカップを置く。


「さて。まず自己紹介をしようかな」


 焔さんはここにいるメンバーとアキラ、そして感染者について簡単に説明をした。俺達の能力を見られてしまったし、隠すつもりは無いのだろう。

 青年は頷き、咳をしてから自分の自己紹介をし始めた。


「僕は(きし) (まこと)って言います。歳は十八歳で、神泉(しんせん)高校の三年生です」

「神泉……丁度、レイラ達が戦っていた所の近くにある私立の高校だね。近いとはいえ、通学路では無い筈だけど」

「その、人気の無い場所にレイラさんみたいな能力を使う人が現れるって噂で聞いたので……あの辺りを彷徨いていたんです」


 と、岸は説明する。なるほど、だからあんなに人気の無いところにいたのか。で、俺達を目撃したと。

 それにしても、同学年だったのか。


「ふむ。……それで? 幼馴染みが能力者かもとは? そう思った理由があるだろう?」

「あ、はい。えっと、幼馴染みは守谷(もりたに) (しずか)って名前の同級生です。僕が直接見た訳じゃないんですけど、友達伝いからとある噂を耳にしまして」

「噂?」


 更に焔さんが追及すると、岸は不安そうな表情をしながら言った。


「静に近付くと、壁を感じるらしいです」

「壁……えーと、それは態度とかの話ではなく?」

「いえ、物理的な壁です。特に男が近付くと、何かに遮られているかのような感じがする、と。その話を聞いて、件の超能力者の話を思い出しまして」

「誠君もそう感じたのかな?」

「僕は特に、何も感じませんでした。静と仲の良い人達は皆、何も感じなかったらしいです。でも、火の無いところに煙は立たないですよね」

「それはそうだね。……もう一つ聞いても良いかな?」

「何でしょう?」

「静さんが最近、足が速くなったとか力が強くなったとかっていう話を耳にしたことはないかい?」


 と、焔さんは尋ねる。感染者ならば、身体能力が飛躍的に上昇する。それを聞きたいんだろう。

 だが岸は、首を横に振った。


「いえ、体育の授業で走る静を見たことがありますが……昔とあまり変わってなかった様に見えました。手加減をしている様にも見えませんでしたね」

「んー……参ったね、これは」


 岸から聞いた話だけでは何も断言出来ず、焔は途方に暮れた様子で苦笑いを浮かべた。

 岸は申し訳なさそうに俯き、ため息をつく。


「ご、ごめんなさい。やっぱり、ただの噂でしか無いんでしょうか」

「少なくとも、今の段階では結論は出せないね。でも、気になる案件だ。さて、どうするか」

「え……。協力してくれるんですか?」


 焔さんは頷く。


「ああ。君の表情から見て、静さんの事を心配しているんだろう? 本当に困っている人間を見過ごすほど、私達は冷たくないさ」

「あ、ありがとうございます! その噂のせいなのか、最近の静はいつも辛そうな顔をしていて……見ていられなかったんです」


 岸は心の底から感謝しているみたいで、何度も頭を下げていた。

 すると黙って話を聞いていた一色さんが、口を開いた。


「静さんが感染者かどうかも気になりますが、どのみち……岸さんを放っておく事も出来ませんしね」

「え、一色さん。それって……」


 一色さんの目が光っており、能力を発動している事が分かった。


「ええ。岸さんは感染しています。神泉はマンモス校ですからね、感染しやすい環境でもあるんでしょう」

「ぼ、僕も能力者ってことですか?」

「正確には、能力者になりかけって所です。身体能力が上がった覚えがありませんか?」

「いや、普段と変わりませんけど……」

「え……?」


 返ってきた意外な答えに、一色さんはかなり驚いていた。はっきりと感染している事が分かったのに、身体能力に影響が無いなんて。初めて聞いたぞ?


「……益々、放っておけないな。特殊な事例かもしれない。少々私に時間をくれ、後でレイラとアキラに仕事を与えるよ」

「わかりました、焔さん」

「よろしくお願いします、焔さん! レイラさん!」

「同い歳だし、レイラで良いよ」


 俺の言葉に岸は笑い、頷いた。


「じゃあ━━よろしく、レイラ! 僕の事も、誠って呼んでくれ」

「ああ、分かった。よろしく、誠」


 差し出された手に応え、握手を交わした。

 極めて特殊な事例……気を引き締めないといけないな。


 *


 嫌だ、嫌だ。

 何故今になって、あの時の事を思い出す。


「はぁ……」


 誰もいない校舎内のベンチに座り、ため息をつく。

 一人は落ち着く。友達と過ごすのも落ち着くけれど、心の奥に棘が刺さったかのような気持ち悪さが湧いてきてしまう。

 こんな事、今まで無かったのに。変な噂も立てられて、尚更気分が悪い。


「……誠……」


 既に帰宅したであろう幼馴染みの名前を思わず呟く。

 落ち込んだ時、励ましてくれたのは誠だけだった。いつも私に勇気をくれる、大切な友人だ。


「助けて……私の、騎士(ナイト)……」
















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