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欲望の感染者  作者: 影山 コウ
第三章 キメラ編
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第八十一話 命を賭して

「━━本当にやるんですか? マドカさん」


 訓練所にて、近くにいた真殿が心配そうに話し掛けてくる。


「私が適任でしょ。成功すれば、支部の連中と真っ向からやりあえるだけの戦力を得られるんだからやらない手は無いわよ」

「キメラがあります、無理してまでやる必要あるんでしょうかね?」

「そのキメラの材料……感染者を集めるのに苦労してるんでしょ? 感染者をキメラの材料にしているとバレた以上、今までより警戒されてる。頼みのキメラも対策されてきて、黒子にすら制圧されてるとか聞いたわよ?

 」

「……ええ、アイン達ならば並の相手にも負けないでしょうが、やはり多勢に無勢。対策を取るスピードは早い」


 タオルで汗を拭い、ナイフを懐にしまう。

 進化能力にはもう慣れた。色々やれることが増えそうね。


「だったら、捕まってる能力持ちの犯罪者を取り込んだ方が楽じゃない。強い奴はそのまま兵隊に、弱いならキメラに。傘下の傭兵と合わせればかなり戦力は増える。これなら組織とも戦えるでしょう?」

「……ハァ、そういう話をしてんじゃないでしょ。成功しなきゃ死にますよ? いや、成功したとしても死ぬかもしれない。誰かが作田の護衛……黒川を足止めか倒さなきゃならねェんですから」


 真殿は溜め息をつき、こちらを睨む。


「珍しいわねぇ真殿。心配してくれてるの?」

「マドカさんとの付き合いは鋼さんの次くらいには長い。そりゃ心配もしますよ」

「……だとしても、やるわよ私は」


 そう、やるしかない。

 私は、もう一度アイツと━━


 ※


「━━『物体転送(アポート)』!」


 右の手の平を構え、アジトに置いてあるスモークグレネードを手元に呼び寄せる。進化した私の能力だ。私が印を付けたものを何時でも何処からでも手元に呼び寄せる事が可能だ。


 ピンを抜き、黒川の足元へと転がす。


「これは……!」


 やがてガスが吹き出し、私は更にガスマスクを呼び寄せ装着し、笑う。


「ええ、猛毒よ。流石のアンタも、気体は殺せないでしょ!!」


 ナイフを構え、様子を見る。

 黒川は初めて後ろへと下がり、ガスを吸わないように警戒していた。

 ここは密室、気体の逃げ場は殆ど無い。これなら行ける!


「考えたな。だが」


 しかし、天井から何かが開くような音がし、複数の換気扇が現れた。


「な!?」

「忘れていないか? ここには作田がいる。故にあらゆるセキリュティがあることを」


 換気扇は起動し、毒ガスをみるみる吸い込んでいった。クソ、迂闊だったか。


「それにしても……毒ガスか。なら、こちらも見せてやる」


 黒川は手に持った剣を手放し、それは空中で粉々に砕け散った。そして、粉になった剣は空中に漂い始める。それと同時に換気扇が停止した。


「まさか……!」

「あぁ、そのまさかだよ。この世で最も危険なガスとでも思って良い……『漂う死(デス・スモーク)』」


 黒く妖しく漂う粉は、能力で作った死のガスだろう。ガスマスクなど意味を成さない、触れたところが容赦なく死に至るだろうし……それどころか


「……はっ!」

「無駄だな」


 ナイフを投げるが、ガスに触れたところからみるみる消滅していった。やはり、こうなるか。飛び道具はもはや意味を成さなくなってしまった。


「…………」

「今度こそ、おしまいだな。投降しろ、今なら命までは取らない」


 ああ、逃げちゃいたい。勝ち目がないことなんて分かりきってたのに。

 だとしても、私は鋼を助けるのを諦めきれないんだ。だって……私の事を身を呈して助けてくれた唯一の男なんだから。


 ここからは……死を覚悟しなきゃね。


「ツヴァイ!」


 ツヴァイに呼び掛け、近くに来てもらう。勝負は一瞬。要は、黒川をこの場から離すことが出来れば勝ちなんだ。そうすれば作田の部屋に入ることなど造作もない。


 なら、やることは決まった。


「分身しろ!」

「かしこまりました」

「……!」


 ツヴァイは五体に分身し、黒川を囲う様に場所を取った。あの黒い霧は厄介だけど、ツヴァイの再生能力ならすぐには殺られないはず。

 私はツヴァイの陰に隠れながら、再びナイフを手元に呼び寄せ、同時に閃光手榴弾(フラッシュバン)を腰のポーチに入れた。


「掛かれ!」


 ツヴァイに命令を下し、五体のツヴァイが同時にムチの様な両腕を振り回す。コンクリの壁をいとも簡単に抉る威力……人間の身体など一撃で粉砕するだろうね。

 まぁ、これで勝てるとは思ってないけど。


「死兵となったか? 良いだろう、受けて立つ!」


 黒川は笑い、自身の影からいくつもの剣を作り出すさらに背中から影で出来た腕が四本現れ、本物の腕と影の腕がそれぞれ黒剣を握った。

 阿修羅像を思わせるそのシルエットに、冷や汗が流れる。


「……キメラよりよっぽど怪物よね、全く」


 さながら六刀流の剣士といったところだ。

 四方から放たれる腕鞭を、寸分の狂いもなく殺していく。

 だがツヴァイも負けてはいない。殺された腕を自切し、瞬時に再生する。

 良いね、このままツヴァイに集中して貰おう。

 ほんの少しで良いから私を意識から外せ……!


「ハハ、良いぞ! 私を楽しませろ!!」


 大声で笑いながら、黒川は六腕を縦横無尽に奮う。……凄まじいね全く。黒い腕は腕の形をしているものの黒川の影だ。伸縮自在な上、地面や黒川の身体に這うようにして動く。カウンターを貰わないように私が近付くには……アレしかないか。やりたくはないけど。

 腰のフラッシュバンに手を触れながら、ツヴァイの後ろで様子を窺う。


「待機しろ、ツヴァイ!」


 一体のツヴァイだけ自分の側で待機させ、フラッシュバンを黒川の近くへとテレポートさせた。


「ちっ」


 黒川は咄嗟に目元を能力でふさぎ、激しい閃光から目を守ろうと動いた。それを確認した後、私は準備を始めた。

 そして、閃光が辺りへと放たれる。


「ッ!」


 私はギリギリでその光から逃れ、そのままツヴァイと共に黒川へと接近していく。


「閃光で目眩まし、そして接近か。 小賢しいな」


 黒川は閃光に対応したがために、一瞬反応が遅れ受けに回った。

 だがそれも長くは続かない。ついに黒川は、ツヴァイの一体を黒剣で一刀両断した。


「まずは一体。さて、次は━━」

「━━次は、無いわよ!!」


 でも。私はこの時を待っていた。

 斬られたツヴァイの()()()()飛び出し、ついに黒川の身体に手が触れた。

 ツヴァイの身体は自由に弄れる。私が入るだけのスペースを作り、そこに潜んでいた。


「なっ!?」

「『空間旅行(テレポーテーション)』!!」


 黒川に対してのみ能力を発動し、黒川はその場から消えた。指定したテレポート先は遥か上空だ。これで黒川を殺せるとは少しも思っちゃいないが、少なくとも数分間は時間を稼げるでしょ。


「やった……! これ、で……がフッ!?」


 しかし喜びも束の間。突如口から血が吹き出た。

 クソ、あの煙を吸ったか……!


「ハァ……ハァ……! まだ、だ……」


 身体が重い。だが、もう少しだ。

 口と鼻から流れる血を気にもせず、作田のいる扉に手を触れた。


「ハァ……『空間旅行(テレポーテーション)』……」


 扉がその場から消え、背後に現れ地面に落ちた。

 ……これだけしかテレポート出来ない、か。思ったよりダメージを受けているね。


 ━━多分、もう。


「━━」


 中に入ると、ほの暗い空間に作田と見られる女が立っていた。こちらを見ながら、何処か憐れむような表情を浮かべている。

 何なのよ、その顔は。ムカつくわね。


「……殺しに来たわよ、作田」

「だろうネ」


 ナイフを構え、一歩。また一歩と近付いていく。

 作田に戦闘能力は無い。今の私でも問題なく殺せる。


 目の前まで接近し、ナイフを勢い良く作田の首に突き立てる。


 筈だった。


「…………そう。そうなの」


 動かない。頭では作田を殺そうと身体を動かしているつもりなのに、ピクリとも動かない。

 でも、頭は冷えている。何故なら……分かっていたからだ。


「空間能力……か」

「……うん。当然でショ、死にたくないしね。この部屋は攻撃と能力発動を禁止してるヨ」


 作田の表情の理由が分かった。

 私は文字通り命を賭けた。そして黒川の能力をくらい、恐らくもう長くない。

 それだけのリスクを犯したのに、結果はこれだ。

 始めから、無駄だったみたいだ。

 そりゃ、憐れにも思うよね。


「そうかぁ……」


 手に力が入らなくなり、ナイフが手から落ちてカラカラと音を立てる。


「上手く行ったと……思ったんだけど、ね……」


 意識がグラリと揺らぎ、うつ伏せに倒れる。

 ごめん、鋼。もう一度会うのは無理そうだ。



 でも。


「━━ツヴァイ、頼んだ」

「……?」


 ━━作戦は、成功させる。






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