第八話 真夜中の攻防
「ここか」
走ること十分。商店街の裏路地にある店の前へとたどり着いた。小さな灯りしか無く、とても暗い。感染者でなければ、歩くのも困難だろう。
「人の気配は無さそうですかね」
「ああ。こんな時間に出掛けているのか……?」
感付かれたか? いや、それは無いと思いたい。
「遠阪君。分身は何か見付けたか?」
「ちょっとお待ちを。……いや、今のところ誰も見てませんね」
「ふむ……」
目を瞑り、能力を発動させる遠阪。だが、誰もいないらしい。この場で待つか……?
すると
「━━おや、お客さんですか?」
背後から声を掛けられ、振り向くとそこには佐鳥が立っていた。その後ろには、柄の悪い男が二人。
「すみませんね、もう今日は終わりです。また後日━━」
「いえ。話を伺いに来ただけです。私は焔、こちらは遠阪と申します」
「どもー」
そう話し掛けると、佐鳥は目付きが鋭くなった。後ろの男達も身構える。
「話……とは?」
「先日、この二人に占いをしましたね?」
持ってきた巨人の男と爆弾の男の写真を見せる。佐鳥はそれをまじまじと見詰め、頷いた。
「ええ。それが何か?」
「この二人は捕まりました。何か知っているのなら、話を聞きたいと思いまして」
「ふむ、警察でしょうか? そうは見えませんが……」
「いえいえ、警察では無いですよ。私達は感染者対策支部のメンバーでして」
自分達の事を伝えると、佐鳥の表情が変わった。焦っているのか、大粒の汗が頬を伝う。
「ちっ、まさかとは思ったが……もう来たのか」
「━━話が早くて助かる。長々と面倒な手順を踏まなくて済みそうだね」
態度を豹変させ、佐鳥は懐からナイフを取り出した。後ろの二人も各々が得物を構え、今にも飛び掛かってきそうな雰囲気だ。
「物騒だな。話をしに来たと言うのは嘘では無いが?」
「こっちはお前らに話はねぇ。━━ぶっ殺せ」
合図と共に、後ろの二人が襲い掛かる。片方は鉄製のバット、もう片方はナックルダスターを持っていた。
「おっと」
バットを右手で受け止め、力を込める。
私の手から発せられた炎がバットをドロドロに溶かしていく。
「っ! 炎を出せんのか」
「まぁね」
男はバットを捨て、両手を構える。今の膂力……感染者だな。三人を相手するのは少し難しいか。
「遠阪君。そっちの男は任せる。それと、こちらでも注意しておくが佐鳥から目を離すなよ」
「はーい、了解しました……っと!」
遠阪は男の拳を避けながら、返事をした。そして不敵に笑い、能力を発動させる。
「七人は別件で手が離せないからさ、僕と残り三人の僕で相手をさせて貰うよ!」
「あ? 何言ってやがる!」
男は激昂した様子で遠阪の顔面を殴ろうとする。が……遠阪の背後から手が伸びてきて、拳を受け止めた。
「な……!?」
「━━何って、そのままの意味だぜ? 君は僕達が相手をするって事」
遠阪の背後から同じ顔をした人間が三人も現れ、男を囲うようにその場に立っていた。
あれが遠阪の能力、『十把一絡げ』。
能力は単純で、遠阪を十人増やすという能力。
一人一人に遠阪と同じ身体能力を持ち、本体が考えた通りに自動で動くコピーだ。
最大、十一人もの感染者を一人で相手をする状況を強制的に作り出せる末恐ろしい力。本体が目を瞑れば、遠くにいるコピーの視界すら見ることが出来るという諜報にも戦闘にも生かせる優れもの。
やはり、連れてきて正解だったな。
「捕まえた」
「ぐ! 離っ……! ゲブッ!!?」
コピーの一人が男を羽交い締めし、残りのコピーが同時に男の顔へと跳び蹴りを喰らわせた。
倒れ込む男の顔面に合わせ、本体が懐へと潜り込む。
「おやすみ!」
「ゴァ……!!」
そのまま拳を振り上げ、顎にアッパーを喰らわせた。男はそのままふっ飛び、気を失う。
「こっちは終わりましたよー! ほらほら、焔さんもさっさと片付けましょうよ」
「全く、頼もしい限りだ」
能力で強化した腕力で殴り掛かってくるのを捌きながら、右手の人差し指に炎を込める。
「『朱の指』」
「ぐあ!」
その指を男へと向け、レーザーの様に指から炎を放つ。男の右肩を貫き、痛みからか大きく仰け反った。
そのまま一歩間合いを詰め、左手全体を炎で覆う。そして、左手の掌を男の腹部へと当てる。
━━爆ぜろ。
「『紅蓮掌』」
「ギャッ!?」
掌に纏った炎が爆発し、一瞬で男は数十メートル吹き飛んだ。手加減はしたから死にはしないだろう。
「さて、後は……」
「くっ! あの役立たず共!」
佐鳥は意外にも逃げなかった様で、こちらを見ながらナイフを構えていた。
「大人しくするのをオススメするよ。火傷したくはないだろう?」
「けっ、舐めんな! 俺だって感染者なんだぜ!」
佐鳥はそのままナイフをこちらへと突き立て、咄嗟に左へと避ける。しかし、そのまま体を旋回させて私の頬をナイフで裂いた。
「っ!? ……予想はしていたが、本当にそうなのか」
「あぁ、お前が予想していた通り、俺には人の考えが読めるのさ! テメェが避ける方向なんざ筒抜けだ、オラァ!」
連続でナイフを振り回しなんとか避けようとするもののナイフを避けきれず、腕や腹に掠る。読まれているのは厄介だな。
「避けられないだろ、お前の心を読めば簡単なんだよ!」
「ふむ、厄介だ。では━━」
「二人ならどうだい?」
佐鳥の背後に遠阪が現れ、背中を蹴り飛ばす。
「ぐっ! ふ、二人がかりは卑怯━━むぐっ!?」
「おっと」
蹴り飛ばされた衝撃で、佐鳥が私の胸へと顔を埋めた。寄ってきたのなら丁度いい。
「抱き締めてやろう。『炎の抱擁』」
「あぢぃ! ……な、なんだよこれっ!?」
佐鳥を抱き絞め、体を炎で作った縄で縛り上げた。
佐鳥は体を動かすが、その度に炎の縄が体に食い込んで苦痛の声をあげる。痛みに耐えられずにその場に倒れた。
「あー、良いなぁ。焔さんに抱き締められるとかさー」
「君もやってあげようか?」
「え、えーと……止めておきます。燃やされそうだ」
と、遠阪は笑った。
大した相手でなくて助かった。思ったよりも、スムーズに事が進みそうだ。
「さて、佐鳥さん」
「ひっ!?」
しゃがみ込んで佐鳥を見詰めると、怯えた様子でこちらを見てきた。
「聞きたいことは山程あるんだ。場所を移して話そうか」
「ここから離れるんなら早くしてくれェ! こ、殺される前に!」
「……殺される? どういう事だ」
尋常ではない様子で怯える佐鳥にさらに問い詰める。
「俺は組織のしたっぱだ! 心を読む力で、占いをしに来た客を感染者として目覚めさせるって仕事をやってたんだ! お、俺が分かるのはこれくれぇだよ! だ、だから早く……ここから移動させてくれ!」
「……どうやら嘘は言って無さそうだな。分かった。離れよ━━」
佐鳥を抱えてその場から離れようとした瞬間。何処からともなく何かが飛んできた。
「ぐげっ……!」
「なっ!?」
飛んできた何かは、佐鳥の頭部に突き刺さった。佐鳥は何も言わなくなり……間違いなく即死だ。
佐鳥の頭に突き刺さった物は矢だった。
「えーと、これは……」
困惑した表情で遠阪が近付いてくる。私はそっと遺体をその場に置き、ため息をついてしまう。
「やられた。組織に殺されたんだろう。にしても……こんな所で矢だと?」
周りは建物で埋め尽くされており、矢など飛んでくる隙間も無い。それに関わらず、矢は正確に佐鳥に刺さった。
建物をすり抜けた……のか?
「彼は組織……って言ってましたね。末端の組員みたいでしたけど、せっかく情報を引き出せそうな奴だったのになぁ」
「すまない、油断していた。私の落ち度だ」
「ああいえ、責めている訳では。……とりあえずどうしますか? この矢を放った奴を探しに、コピーを動かします?」
遠阪の問いに、長考をする。
先程の矢を放った奴は、恐らく私達に害は無い筈。あくまで情報の漏洩を防ぐために佐鳥を殺した可能性が高い。佐鳥が連れていた側近が処理されていないのを見るに、あの二人はただ単に金で雇われただけで組織の情報は何も知らなかったのだろう。
遠阪のコピーで追わせてもいいが……この暗闇で追い付くのか微妙な所だな。
「いや、今日は退散しよう。佐鳥を殺した人間はとっくに逃げているだろうからな。そこで倒れている二人にも後日、話を聞いてみるが……組織の情報が聞けるかは望み薄だろうね」
「でしょうね。しっかしまぁ、組織ねぇ。何が目的なんでしょ? 佐鳥に感染者を増加させてたみたいですけど、まさかそれだけが目的じゃ無いでしょ」
「だろうな。佐鳥がそれほど大切な存在なら、情報の漏洩を防ぐためとはいえ殺しはしないだろう」
ですね、と遠阪は頷く。
━━さて、そこの二人を捕らえるとしよう。
「━━おいおい、こんなしたっぱに焔サマが動いたってのか? 感染者対策支部ってのは手薄なんだな」
不意に声が聞こえ、遠阪と同時に振り向いた。
そこには、黒いつなぎ服を着た大柄な男が立っていた。私の身の丈はありそうな斧を抱えている。
「貴様……何者だ? 何故私の名を知っている?」
「何故だァ? ハッ、当たり前だろ。お前の名前は俺らの中じゃ有名だぜ。残りの四人もな」
「っ!?」
こちらを見下したような口調で男は喋る。
それよりも、私達の素性を知っているとは。
「組織……か?」
「おおよ。リーダーが煩くてよぉ、この傭兵達も殺しとけって言われたもんで……なっ!」
「ぎゃ!?」
男は巨大な斧を振り下ろし、側にいた傭兵の一人の首を切断した。
「……遠阪君。こっちの男を安全な所へ。どうやら、この傭兵からも何か聞けるかもしれない」
「了解、コピーに運ばせます」
遠阪はすぐにコピーの一体を動かし、遠阪が倒した傭兵を遠くへと運ぶ。その様子を見て、男は笑う。
「はっは! なんだ? 自分等を殺そうとした連中を守ろうってか? 優しいこった」
「フフ、褒め言葉と受け取ろう。さて、どうする?」
右手に炎を纏わせ、攻撃の準備に入る。どう出るかな?
「戦闘の仕事は頼まれてねぇが……傭兵を殺さないといけないんでな。ちょいとそこを退いてもらうぜ!」
男は巨駆に見合わない速さでこちらへと走り、斧を振りかぶる。
「させねぇって!」
だがその瞬間に遠阪のコピー二体が私と男の間に入り、大きく跳躍して男の顔面を蹴り飛ばす。しかし、男は怯まない。
「おいおい、顔に鉄でも仕込んでんのか!?」
「てめぇがヒョロいだけだろ?」
そのまま男はコピーの一体を掴み、地面へと叩き付けた。
「グフッ!」
「面白い能力だが……俺には関係ねぇな」
コピーは無惨に粉砕され、本体の遠阪が血を吐き出した。
「遠阪!」
「げほっ、あー……効くね。十分の一とは言え、中々痛いな」
遠阪は血を拭い、息をつく。
コピーを一体殺されると、ダメージが十分の一ずつ本体へと返る仕組み……だったか。あまり無茶をさせられないな。
「悪い、焔さん。今回の戦闘、僕はあんまり役に立てそうにないですわ」
「構わない。私が戦うよ」
遠阪は悔しそうに目を伏せる。
━━奴の能力はなんだ? 硬い体、体に見合わない素早さ、そしてパワー。体そのものを強化する能力なのは間違いないだろうが……何か、仕掛けがある気がする。
「おーおー、焔サマ直々に戦ってくれるってか? そりゃありがたいね」
「どういたしまして。私からも礼を言わせてもらうよ」
「あ?」
両腕に炎を纏わせ、前に翳す。
「向こうから情報源がやってきてくれたからね」
「━━けっ、舐めんなァ!!」
怒りに身を任せ、男は斧を振り下ろした。それを最小限の動きで避け、男の腹目掛け
「『赤砲波』」
「っっ……!」
密度の濃い炎を放ち、男の体に当たると共に爆発を起こす。男は衝撃で僅かに押されるが……ほんの少しのダメージしか受けていない様だ。硬いな。
「この俺が押されるとはな。やりやがる」
「おや、まだ全力では無いが……このくらいの火力で戦ってあげたほうが良いかな?」
「いちいちムカつく女だぜ……! ぶっ殺す!」
男は叫びながら、またしても斧を振り下ろした。単調な攻撃だが、避けてから反撃しても大したダメージを与えられない。どうしたものか。
「ふっ!」
しかし避けなければ致命傷は免れない。斧を左に交わし、左手から朱の指を放つが━━やはりダメージは殆ど無い。ほんの少し肩を焦がしただけだ。
「しょぼい攻撃だぜ、さっきの威勢はどうした?」
「そう焦るなよ。ここからさ」
男は嘲笑し、今度は斧を横薙ぎに振り回す。軽く跳んで攻撃を避け、脚に炎を滾らせる。
「『紅の脚』」
炎を纏った上段蹴りを男の顔面に打ち込む。少しだけ痛そうな顔をしていたが、またしてもダメージは無し。
これ以上の威力がある技となると……ここでは使いにくいな。相手の能力の仕組みさえ分かれば良いが。
「━━焔さん! 二人の攻防を見て分かったことがあります」
遠阪のコピーがこちらへ走ってきて、そう話した。
「ほう? 聞かせてくれ」
「ええ。あの男、何かをする度に体の大きさが変わるんです」
「大きさ……か」
目の前にいると気が付かなかったな。遠くにいた遠阪だからこそ気付けたのか。
「はい。ほんの一瞬なんですけど、攻撃、移動、防御……それぞれの行動を起こす際、僅かに体の大きさが変わるんです」
「ありがとう遠阪。これで奴の能力の仕組みが大体分かった」
「え、もうですか!?」
「ああ。仮説だがね」
ほー……と呟きながら遠阪は驚いていた。
ずっと不思議だった。攻撃力、防御力、素早さを両立しているこの男が。
だが、遠阪のおかげで見当が付いた。
「何をごちゃごちゃ喋ってやがる!」
瞬間、男は怒りながら斧を私達に向けて振り下ろした。遠阪は左、私は右に跳んでそれを避ける。振り下ろされた斧は凄まじい衝撃を起こし、地面に隕石でも落ちたかの様なクレーターが出来上がった。
「遠阪君! 手伝ってくれるか?」
遠阪は驚く。
「か、構いませんけど……さっき言った通り、僕じゃあいつに勝てませんよ?」
「いいや、奴の仕組みさえ理解すれば君でも私でも勝てる! ……だが、今回は私が奴に攻撃する。遠阪君には囮を頼みたい」
「……分かりました、作戦は?」
男の動向を気にしながら、遠阪に近付いて耳打ちをする。
作戦を聞いた遠阪は、笑みを浮かべた。
「なるほど、そういう事かぁ。なら……行きますよ!」
「頼んだ!」
遠阪は直ぐに行動を起こし、コピー二体と本体で男の周りを囲った。その様子を見てから、攻撃の準備を始める。
私の使える技の中で最速なのは朱の指。だが今のままだと攻撃は通らない。遠阪が隙を作った瞬間に、素早く奴の四肢を貫いてやる。
「お前には用はねぇよ、雑魚が!」
「そう言わないでくれよ? 仲良くしようぜ!」
遠阪は軽口を叩きながら、男の周りをぐるぐると走り、意識を割く。男は舌打ちをし、斧を担いだ。
「しゃらくせぇ、纏めてぶっ殺す!」
「━━!」
男は真上へと飛び上がり、斧を振り上げた。━━チャンスだ、奴が着地した瞬間を狙えば━━!
「『断裂斧』!!」
「くっ!」
着地と共に斧を振り下ろし、先程以上の威力が地面に走り━━直接当たっていないにも関わらず遠阪が吹き飛ばされた。
━━今だ!
「『朱の指』!」
「ぐ!?」
素早く男の右腕に炎を放ち、今度は容易く貫いた。そのまま連続して三発放ち、左腕、両足を貫く。
男は耐えきれず、斧を手離して膝を付いた。……勝ったな。あの怪我では斧は使えないだろう。
「ふー……ご苦労だった、遠阪君」
「焔さんも、お疲れ様でした。……読み通りでしたね」
「ああ」
遠阪も無事だった様で、笑顔を浮かべていた。
読みが外れていたら二人共危なかったかもしれない。我ながら、危険な橋を渡ったものだ。
「焔ァ、てめぇ……何で俺の能力が分かった……!」
「遠阪のおかげでな。君の能力は恐らく『筋力操作』……だろう?」
「っ!?」
男は驚いていた。どうやら、当たりのようだ。
「な、なんで……」
「君は力、速さ、硬さ全てを両立している能力だと思っていた。だが、その実は違う。攻撃や移動の際、筋力をそれに合わせて操作していたのだろう? 筋力を強化すれば、力を込めた時に通常よりも筋肉が隆起する。力こぶを作るみたいにね」
体の大きさが変わる……つまり、力を込めた箇所だけ筋肉が大きくなっている? と始めに仮説をたてた。そして、男が跳んだ瞬間に確信へと変わった。
ほんの一瞬だが、跳ぶ瞬間だけ足の筋肉が異常な程発達していたからだ。
攻撃の瞬間は肩や腕、防御では攻撃を受ける箇所を、走ったり跳ぶ瞬間は足の筋力を操作していたのだろう。
にしても、能力とはいえ強化しただけの筋力で私や遠阪の攻撃を防ぐとは。余程身体を鍛えているのだろう。正に、鋼の肉体か。
「ちっ、当たりだよ。俺の能力、『力こそ全て』は筋力の操作及び強化だ。まさか、こんな短時間で見抜くとは。流石にやりやがるぜ……負けたよ」
「その割には、随分と余裕だな?」
私の質問に、男は笑う。
「そりゃそうだろ。ウチのボスは賢いんでな? ちゃんと逃げの算段を考えているのさ」
「━━ま、そういうことよね」
次の瞬間、瞬きの間の一瞬で女が現れた。
男の肩を支え、不敵に笑う。
「貴様……何処から現れた?」
「さぁて、何処からでしょうねぇ? しっかしま、ハガネを倒すとはね。噂通りの実力ってとこかしら」
「油断してただけだ、次は殺す」
「はいはい、期待してるわよ」
ハガネと呼ばれた男は、煩わしそうに女を睨んだ。それを見て呆れた様子で女は笑う。
「じゃね、傭兵を殺せなかったのは残念だけど……焔さんの能力を見れただけでも良しとするわ。また会いましょう?」
「待━━!」
そして、女とハガネは瞬時にその場から消え去った。不意に伸ばした手は、何も掴むことなく空振った。
……逃げられた、か。
「瞬間移動……でしょうかね。やられましたね」
「だろうな。……また、振り出しか。せっかく、奴等の尻尾を掴んだと思ったのに」
思わず歯を食い縛る。
奴等がここまで大胆に動いたのは初めてだ。それなのに、何も情報を掴めなかった。不甲斐なさに自分が嫌になる。
「いえ、まだそうと決まった訳じゃ無いでしょう?」
と、遠阪は笑いながら傭兵の方向を指差した。
「奴等が傭兵まで殺そうとしたのは、万が一に備えての行動だと思います。なら、その万が一に賭けましょうよ。それに、あの大男の名前だって分かったんです。支部のデータベースを使って探ってみましょう」
「そう、だな。悪かったよ、諦めてしまって」
私がそう謝ると、遠阪は微笑を浮かべて首を横に振った。
「いいえ。貴女がどれだけ頑張ってきたかは知ってますから。それにしても……結構熱くなりやすいんですねぇ焔さんは」
「……フフ、あまり仲間にこんな所を見せたくは無いんだけどね。リーダーとして振る舞うのは、やはり難しいよ」
いつもの様に軽口を叩く遠阪を見て、やけに安心した。
奴等に殺されそうになった傭兵、ハガネと言う名の男。その二つの情報から何処まで探れるか。
まだ分からない事だらけだが……やってみるしかない。
この世界を守るために、私は……時が来るまで足掻いてやる。絶望の未来が訪れないように。