第七十七話 紅の所有者
「うん、力に慣れてきましたね」
ヨシュアから力の説明を聞き、一通り試した後にヨシュアは満足そうに笑った。
「みたいだね。……しかし、まだ聞いていない物もあるな」
「ん? ……あぁ、五獣かい?」
そう、と頷く。
五つの獣。それを模した炎を操る、私の能力最強の力。
その最後の一つをまだ教えてもらっていない。
「……名前は、『麒麟』。最強の力ではありますが、正直あまり使って欲しくはありませんねぇ」
「何故だ? 私の役割を果たすためには、この力の全てを使うべきだろう」
至極当然な質問をし、ヨシュアは諦めたようにため息を付いた。
「はぁ、分かりました。では━━」
※
「━━懐かしい、な」
当時のヨシュアとの会話を思いだし、止血はしたがまだ血が流れる左腕を見詰めた。
さて、奇しくも条件は揃った。
今こそ……使うべきなのだろうな。
「……」
状況を把握する。
まず、新型キメラ。あれは強い、私の力の全てを駆使したとしても手こずるだろう。……そして、あまり時間を掛けすぎると他の事に手が回らなくなる。出来るならば速攻で倒したい。
次に、双子。
二人とも進化した可能性がある。前までの彼女達ならそこまでの相手ではなかったが、今はわからない。正直今はキメラの相手で手一杯だし、あまり動かれると困るな。
そして、他の戦力。
私一人倒すのにどれほどのリソースを割いているのかはまだ不明だが、黒子以外の援護を望めない状況でこれ以上キメラや兵士が増えるのはきついな。
以上の三点から、やはり麒麟の力を行使するべきだと確信する。
必要なだけの血も流れている。左腕分くらいなら、今のコンディションでも抑えられるだろう。
「━━ふぅ」
「ほ、焔さん。大丈夫なんですか?」
「キツイね。だけど……問題ないよ」
心配する楓を宥め、大きく息を吐く。
失った左腕に力を込め、傷口からポタポタと血が流れ落ちる。血は地面に円形の染みを作り、じわじわと拡がる。
「……なんの真似だ?」
行動を理解出来ず、双子の姉は困惑する。
「━━紅の所有者が命ずる」
血染みは生き物のようにうねりだし、陣を作っていく。
「『紅蓮麒麟』よ、我が右腕に宿れ」
言葉を終え、強烈な熱風が辺りに放たれる。
それと同時に地面の血陣は炎となり、左腕へと注がれる。
「っ!」
耐え難い熱を感じながら、全力で能力を行使する。
━━あの双子、まさか思わないだろうな。この力は……抑えることに全力を注いでいるだなんて。
失った左腕の部分には、黄金色に輝く籠手が出現する。
本当の腕は切り落とされたというのに、この籠手はまるで自分の腕のように自在に動かせた。これならば支障はない。
問題があるとすれば……やはり、制御出来るかどうかの一点だ。
「……アイン。私の言葉が通じているかは分からないが、一応聞くよ。この場を退く気は無いかな?」
「却下。あなたの命令は受け付けません」
「そうか、予想通りだね。……じゃ、申し訳ないけど……」
腕から溢れる炎を全力で抑えながら、構えた。
「━━死ぬほど熱いよ?」
※
「何が……起きている?」
下で起きている出来事に、脳の理解が追い付かない。焔が化物な事くらい承知の上だった。
アインが負ける事だって予想の範囲内だ。しかし……あれはなんだ?
「あ、アハハ……ねぇ風花ちゃん。━━コンクリートって溶けるもんなの?」
焔の半径……何メートルかはここからじゃ分かりにくいが、きっちり円形の範囲だけコンクリートが溶けてグツグツと煮えたぎっていた。
分かっている、コンクリートは溶ける。確か1200℃以上……だったか?
問題はあの円形の範囲だ。焔からあれだけ離れているのに溶けるコンクリートと……それ以外の物は一切発火などを起こさない異様な光景。
焔は恐らく、意図的に温度をコントロールしている。被害が拡がらないように……だろうか?
「……弓美さんの言ってた通りだな」
弓美さんから聞いたことがある。焔と残りの四人は、感染者すら超越した能力を持つと。
それこそ、感染者にとっては炎を操る能力などありふれている。だが焔のアレはまるで別物だ。
その気になればこの街すら焼却出来そうな強さを持ちながらも正確に熱をコントロール出来る程に熟達しており、明らかに感染者の枠を越えている。
「フッ!」
焔はアインから放たれる不可避の攻撃を、黄金の腕で弾く。……いや、弾いてるんじゃない。軽く撫でただけだ。撫でただけでアインの腕鞭は一瞬で燃え尽き消し飛んだ。
あの腕は……一体どれほどの温度だ?
アインの再生力すら追い付かないだと?
「エラー」
アインは予想以上のダメージを受け、行動を停止する。
クソッ、どうする? 加勢するべきなのか? というか……加勢したとこで勝てるのか?
「アハハ……なんだろうね、あの化物……」
「全くだ……気味が悪い」
二人して、言葉を失う。
私達は能力を進化させたし、アインも相当な強さだ。誰が来ても負けない自信があったのに……今やもう、すぐにでもここを離れたい……!
「……計算完了。行動を開始します」
が、アインは恐怖など知らない。再び動き出し、背中から腕を二本生やし、刃物の形に変形させる。
「……文字通り奥の手、か。無駄だがね」
嵐のように四方八方から振り下ろされる鞭や刃物を、焔は一発も漏らす事なく腕で焼き尽くしていく。
……異常すぎる。アインの攻撃は決して緩くない。それ以上に焔が規格外だ。
あの腕を発動してから、全ての能力が上昇しているのか?
「エラー。エラー。このまま再計算を━━」
「もう、諦めろ」
焔は両手でアインの全ての腕を掴み、引きちぎった。すぐさまアインは再生を始めるが……その一瞬の隙に焔はアインの頭を掴んだ。
「おやすみ、アイン。少し熱すぎるが……火葬だ」
そのまま、焔はまばゆいほどの炎を放ち……アインの全身が燃え尽きた。
「く……! 撤退だ、音羽」
「り、了解! 逃げろー!」
歯痒い気持ちを噛み殺しながら、その場を離れる。
焔はそんな私達を紅い紅い瞳で━━
━━いつまでも、見詰めていた。




