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欲望の感染者  作者: 影山 コウ
第三章 キメラ編
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第七十一話 油断

 夜の街を一人で走る。正直心細いが、今更そんなことで弱音を吐いてはいられない。


 ━━焔さんから提案された作戦は所謂、囮作戦だった。

 傭兵の思惑から考察するに、一人でも多く支部のメンバーを倒したいだろう。

 好都合なのは傭兵同士で連携する可能性はまず無いのと、昼には現れないこと。そしてなにより、傭兵本人は弱い所だ。キメラさえどうにか出来れば事足りる。

 後は、一人で行動する俺たちのところにキメラが来れば……


「! 来たか」


 裏路地に入った途端、巨体が影からぬっと現れた。

 踵を返し、人の少ない広場へと誘導する。


「こちら一番! キメラ発見!」


 インカムで他のメンバーに通達し、能力を発動して構えた。

 一番近いのはアキラか、ならこちらまで来るのにそう時間は掛からないよな。


「グゥオアアァァ!!」

防御(ブロック)! 二重(ダブル)!」


 凄まじい速さで襲い掛かるキメラを、重ねた能力の手で防ぐ。

 この前と同じようにはいかねぇぞ!


 攻撃を防いだのを確認してから全速力で走る。

 攻撃を防げたからと油断はしない。俺達がしなきゃならないのは勝つことじゃない。

 完璧に勝つことだ。


「━━レイラ! お待たせ!」

「速!? た、助かる!」


 瞬間、巨大な狼に変身しているアキラが側に到着した。連絡してから数分も経ってないぞ? なんつう速さだ。


「あいつだね。乗って! 一瞬で片付けるよ!」

「ああ!」


 アキラの背に乗り、瞬く間にキメラとの距離を詰める。

 キメラを視界に捉えた瞬間、能力を発動させる。

 今度は進化能力だ。


「『掴み取る手(ホープ・ハンド)』!」

「ギィ!!」


 出現した青白い手はキメラの身体をしっかりと掴み、動きを封じる。

 これで能力は使えない。その後はアキラの出番だ。


「次は僕だね! 『銀狼の大爪(シルヴァークロウ)』!」


 アキラは人間程の大きさがある巨大な前足から鋭い爪を剥き出しにし、キメラへと振り下ろした。

 容易くキメラは引き裂かれ、バタリとその場に倒れた。


「っし! あとは……」

「ぐぁ!」


 間髪いれずに周りを見渡すと、建物の影から取り押さえられた傭兵が姿を現した。

 傭兵を捕らえたのは、黒子の面々だ。


「お見事でした、支部の皆さん」

「こちらこそありがとうございます」

「……凄いね、能力を持たないのに傭兵を捕まえられるなんて」


 いくら傭兵が弱いとはいえ、常人の何倍もの膂力を誇る感染者を捕まえるとはな。

 黒子の人達はただの人間なのに。


「一人じゃ無理ですけど、感染者も人間と同じ()()ですから。コツさえ掴めば問題ありませんよ」

「な、なるほど」


 ……なんだか少し怖いが、頼もしいな。


「━━ふう……上手くいったな」

「だねぇ。リョーコは黒子のリーダーから今の作戦を聞いたらしいけど、的確だったね」


 いち早く俺とアキラは仕事を終え、支部へと歩く。年齢的に皆よりも早く帰らなければならないからだ。

 もどかしい、がこればかりは仕方無い。


「だな。……これでキメラの件が終息に向かえば良いが……」

「他の支部も、この作戦でぐっと犠牲者が減ったらしいけどね」

「らしいな。でもまだ油断は出来ない。結局、組織が何をしたいのかまだ分からないしな」

「僕らにダメージを与えるのが目的でしょ? 金まで懸けてるみたいだし」

「本当にそれだけなのか……?」


 んー、とアキラは唸る。


「考えすぎだよ。それだけって言うけどさ、こっちからすれば早急に対処しなければならない案件じゃないか。悔しいけど、組織の思い通りに事を運ばれてるし」

「まぁ……そうか」


 確かにそうだな。またしても俺らは後手に回ってしまった。一刻も早く組織を潰さないと被害は拡大する一方だろう。

 ……しかし、喉の奥に何かが引っ掛かる様だ。

 何故、組織はキメラを使って民間人を狙わない?

 前の襲撃ではそうしたのに、だ。


 考えすぎなら良いが……まだ、何かが起きる気がしてならなかった。


 *


「やぁ、調子はどうだい?」


 レイラ達がキメラとの戦闘をしていた頃、真殿は組織のメンバーが使っている訓練所にいた。

 気さくに手を振る真殿の先には、双子が能力の特訓をしていた。


「真殿さん。お久しぶりです」

「でーす!」


 真殿へと丁寧にお辞儀をしたのは島崎(しまさき) 風花(ふうか)、元気に手を振り返したのは音羽(おとは)だ。

 以前、焔と戦った能力者である。


「元気になったねぇ音羽ちゃん。特に後遺症も無くてなによりだ」

「真殿さんのおかげですよ。本当にありがとうございました。……もし、音羽があのまま死んでいたら……」

「もしもの話なんてしなくていいさ。音羽もキミも助かった、それで充分だろう?」

「……はい、そうですね」


 その後、三人は近くの椅子に座った。


「キメラの調子はどうですか? 真殿さん」


 飲み物を飲みながら風花はそう訊ね、真殿は唸る。


「もう対応してきたよ。流石に早いや」

「もうですか!? く、アイツら……」

「まぁまぁ、予想の範囲内さ。本番はこの先だ」

「本番、ですか?」


 本番という言葉に疑問を感じた風花は更に質問をした。


「━━なぁ風花ちゃん、人間が未知なるものと対峙した時……何が怖いと思う?」


 意味深な質問を投げ掛け、風花は少し考える。


「……得体が知れない事そのもの、ですかね。攻撃してくるかもしれませんし」

「はは、確かにそれもそうだ。見た目がどうあれ、こちらに危害を加えてくるのは怖いよね。でも、ボクの答えは違うな」


 真殿はタバコを吸いながら、にたりと笑う。


()()()()()、さ。未知なる存在に慣れてしまうこと。未知も、慣れてしまえば普通になる。それこそが本当の驚異へと変わる」

「なんでですかー? 慣れたら怖くないじゃん?」


 と、無邪気に音羽は返事をした。

 真殿は頷く。


「そうだね、怖くない。怖くないという事は」

「━━警戒が緩む、そういう事ですか?」

「流石風花ちゃん、賢いね。その通りだよ」

「それじゃあ、傭兵にキメラを使わせてるのは」


 真殿はにっと笑いながらスマホを操作し、羅列された情報を満足そうに眺めていく。


「仕事でもスポーツでもそうじゃん? 慣れは、怖いものだよ。少し考えれば分かることに気づけなくなってしまうのさ」


 くく、と笑い真殿は立ち上がる。


「君たちを含め、進化に至った組織のメンバーと……()()()()()()、戦力は増えれば増えるほど良い。油断してるアイツらには、少々刺激が強いかもねぇ?」







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