第七話 夜
「『狼 女』……。前の巨人みたく、変身する能力か」
レイラは驚いた表情を浮かべ、こちらの体を見ていた。
「ジロジロ見ないで、えっち」
「あ、いや……すまん。そんなつもりは」
「冗談だよ。レイラは真面目だね」
む、と呟きながらレイラは怪訝そうに口を尖らせていた。
真面目な人はからかい甲斐があるなぁ。……さて、と。
「多分だけど、あの人の能力について分かったことがある。僕が接近している間、レイラは能力の範囲内ギリギリで待機してもらえる?」
「分かったこと?」
「うん。僕の予想が間違っていなければ、かなり楽に制圧できる筈」
「分かった、従うよ」
レイラは頷く。これで、準備は整った。
「じゃ、行くよ!」
「ああ!」
足に力を込め、一気に地面を蹴る。通常の状態の全速力よりも遥かに速い。肌すら切れそうな鋭い風を浴びながら、男の前まで接近する。
「狼!?」
僕の姿に驚いて、無防備だ。なら遠慮なく━━!
「『狼爪』!」
右爪を前へと横凪ぎに振り、男の腹部に直撃させる。
そのまま払い、男を吹き飛ばす。商店街の壁に直撃し、血を吐き出していた。
「凄い力……! こ、殺してないか?」
遠くでレイラが心配そうにこちらと男を交互に見ている。殺しに来た相手の心配をするんだ。優しいなぁ。
「大丈夫さ。この程度で感染者は殺せない。━━でしょ?」
「ぐ……! このアマァ!」
男は激昂し、こちらに向けて手を翳す。でも、何も起こらない。
「な……!? なっ、なんで……」
「もしかして、自分自身で気付いてなかった? その能力の仕組みを」
一歩で男に近付いて、首を掴んで持ち上げる。
「ぐあ……!」
「君の能力はね、男と女の間にしか設置出来ないんだよ。恋人を妬む気持ちが産み出した能力ってことは、もしかしたらと思って。予想でしか無かったけど、どうやら正解の様だね」
苦しそうにもがく男を見たあと、レイラの方向を見る。
「レイラ! 気絶させてからそっちに投げるから、上手く捕らえてね!」
「わ、分かった!」
レイラが頷いたのを確認して、右手に力を込める。
「おやすみ」
「━━━━!」
そのまま男の顎を正確に殴り、力なく気を失なった。
そしてレイラの方向へ向け、優しく投げる。
「ふ!」
レイラは即座に能力を発動させて、男を捕まえた。顎を完璧に打ち抜いた。しばらく起きないだろう。
「さて、電話電話」
能力を解除して元の姿に戻り、携帯を取り出す。
任務、完了……かな?
*
「これが、焔さん達がしている仕事……か」
到着した警察に連れていかれる男を見ながら、思わず呟く。あっという間にアキラが解決してしまって、何が何やら分からない。
「お疲れ様。レイラの能力は捕まえるのに向いてるね。良い力だ」
「あ、ああ……ありがとう」
人懐こい笑みを浮かべながら、アキラが戻ってきた。
「どうかした?」
「いや、改めて大変な仕事なんだなと痛感しただけだよ」
「……なるほどね」
アキラは納得したように頷く。
爆発をもろに受けて、心の底から恐怖した。常人なら死んでいてもおかしくない威力。そして、それを躊躇なくこちらに使ってきた男。
更に言えば、それだけの攻撃を受けても平気なこの身体……その全てに恐れを抱いた。
「大変だよ。でも、やるしかない。僕達にしか出来ないんだから」
「それは、そうだな」
「うん。僕達が精一杯サポートするからさ、頑張ろ?」
「……ああ、ありがとう」
アキラに励まされて自分が情けなくなり、溜め息をつく。
しっかりしろ。自分で決めた道だ、やるからには全力でやりきらないと。
「しかし、あれだな。さっきの爆弾男……何か妙じゃないか?」
「妙?」
アキラは首を傾げる。確証は無いので話をしにくいが、アキラの意見を聞いてみよう。
「さっきの奴、明らかに初めから自分に能力があることを知っていたよな?」
「そうだね。僕達が止めなきゃ、一般人にやってたかもだ」
「だよな。そこでちょっと思ったのが、何で自分の能力について知らなかったのかって所だ」
「確かにね」
アキラもそこは疑問に思っていた様だ。そのまま話を続ける。
「能力があることを知る瞬間ってのは、間違いなく自分で能力を使った後だ。だからあの爆弾を実際に食らった人間がいた筈。……でも、ここ最近でそういう話を聞いたか?」
「……聞いてないな。ニュースでも、カエデの情報でも聞いてない。そういうことか」
アキラも異変に気づいたようで、顎に指を当てて考え始めた。
「元一般人である筈のあの男が情報を規制出来る訳がない。ましてや一色さんにも話が入らないなんて有り得ない。……だから、一つ仮説を立てたんだ」
「聞かせてもらって良い?」
「勿論。━━能力について誰かから教えてもらったんじゃないか、という想像だよ」
「……!」
俺の考えに、アキラは目を丸くして驚いていた。俺も到底信じがたいが……そうとしか思えない。
一番最初に能力を使った瞬間、奴の能力なら間違いなく死ぬか重症を負う。しかも爆発となると必ず騒ぎが起こる。
仮に何らかの方法で情報を規制していたとしても、今度は能力について把握していないのが引っ掛かる。欲望から産まれた力を、躊躇なく人を爆破させられる様な人間が……一度も試したことが無いなんて有り得るのか?
「あくまで想像だけどな。でも、感染者は何でもあり……だろ? なら、他人の能力を開花させる。あるいはそれに近いことを行える能力持ちがいたとしても不思議じゃない」
「……戻ろう。もしかしたら、思った以上に事態は深刻かもしれない」
━━何か、知ってはいけないことを知ったような気がする。
不安を感じながら、俺とアキラは早足で事務所へと向かった。
*
「………………なるほど」
事務所に戻り、すぐに焔達へと報告をした。
感染者との戦闘。そして先程の違和感の話を。
「ご苦労だった。ここ最近の感染者の活発化……それの原因が探れるかもしれない。初陣でこれとは、レイラは凄いな」
「い、いえ。……戦闘では、足手まといでしたから」
焔から褒められるが、嬉しさよりも悔しさが残る。
結局、アキラがいなければ勝てなかったかもしれない。奴の能力に気付いたのもアキラだったからな。
「初めは皆そうだよ。僕のほうこそ、謝らなきゃ。もし僕だけだったなら、あの男の異変に気付けなかったんだ。お手柄だよ」
「……そうかな」
「そうさ。ありがとう、レイラ」
アキラから真正面に感謝をされて、なんだか照れ臭い。
「とにかく、二人には少し休んで貰おう。レイラが気付いた異変については、私の方で調べてみる。改めてご苦労だったな」
「はい!」
「うん。……僕はちょっと寝るね……あの能力を使うと疲れちゃって」
アキラは眠そうに欠伸をしながら、奥の部屋へと歩いていく。
「休憩室でもあるのか?」
「いや、僕の部屋に行くのさ。僕はここに住んでるからね」
「そうだったのか。焔さん、一色さんと一緒に?」
「んにゃ、カエデと僕だけだね泊まるのは。リョーコは別のとこに行くらしいよ」
アキラはそう答えて、奥に消えていった。あの歳でか、両親はどうしているんだろう。
「楓」
「はい?」
ふと焔の方向を見ると、焔は何やら一色に小声で話をしていた。俺の耳でも聞き取れない。
「……丁度昼時だな。楓、レイラを連れて昼飯にでも行ってくるといい。私の奢りだ」
「わ、やった。じゃ、レイラ君!行きましょ?」
「あ、はい! ご馳走になります」
半ば強引に一色に連れられ、事務所を出た。
━━ドアが閉まる瞬間。焔はいつにもなく真剣な表情で……誰かに電話を掛けていた。
*
「さて、と」
時間は深夜。アキラはもう寝静まった頃だ。
そろそろ、動くとしよう。
「行くんですね、焔さん」
ふと背後から声がして振り向くと、寝間着姿の楓が立っていた。
「ああ。レイラを送ってくれてありがとう、楓」
「いえ。……にしても、何故隠すんですか?」
楓は心配そうな顔でそう訪ねた。
「レイラはまだ学生だろう? 寝不足になってしまうからさ」
「冗談はよして下さい」
少し怒っているのか、楓の表情は真剣だ。
「……危険だからだ。前の巨人、そして今回の爆弾男。その二人に共通の接点があった。例の組織に繋がっている可能性がある」
「感染者解放団体……ですか。でも、いずれレイラ君やアキラちゃんに無関係の話では無くなります。隠す必要は……」
「いいや隠す。アキラはともかく、レイラはあの殺人鬼を追っている。もしこの話を知られたら、彼は独断で動きかねない」
「……」
泣きそうな表情の楓を見て、心が痛む。それでも、私は行く。
「安心しなさい、応援は呼んである。必ず、無事に帰るよ」
「……絶対ですよ、焔さん」
震える声で話す楓を見てから、すぐに外へと出た。
階段を降り、ふぅ、と溜め息をつく。……いる、な。
「━━わざわざ隠れなくても良いだろう? 遠阪君」
「おや、バレました?」
物陰から、白のカッターシャツと黒のトラウザーズを着た黒髪の男が出てきた。約束の時間通り。流石だ。
「どもども、焔さん。ご無沙汰してます」
「ああ。すまないね、また呼び出して」
「いえいえ、蒼貞さんから許可も得ましたから。僕の能力が必要なら、いつでも手伝いますよ」
と、遠阪はお辞儀をする。相変わらず、飄々とした男だ。
遠阪 影人。別支部のメンバーの一人。歳は二十二であり、この仕事はそれなりに長くやっている。
加えて彼の能力は非常に強力。だからこそ、今回の仕事を特別に手伝って貰うことにした。
「しかし、良かったんですか? 一色ちゃん、ついていきたかったみたいに聞こえましたけど」
「盗み聞きは感心しないな?」
「あはは、すいません。で、実際どうして一色ちゃんを連れていかなかったんですか?」
遠阪は不思議そうにこちらを見ながら腕を組む。
「楓の能力は貴重だ。今回の仕事に連れていくリスクが高い。それだけだよ」
「えーそれじゃあ僕は死んでも良いみたいな言い方じゃないですかー?」
「フフ、君が死ぬような相手なら私も危ないだろう。実力を買っているだけさ」
「そうですか? それならまぁ嬉しいですけど」
ニヤニヤと遠阪は笑う。よく喋る男だな、全く。
「まぁ、本音を言うと……私が全力で戦う姿を同じ支部のメンバーに見せたくないと言うのもあるかな」
「……なるほど、確かに」
「さ、雑談はこの辺で。仕事を始めよう」
キリの良い所で話を終え、携帯の画面を開く。それを後ろから遠阪が覗き込んだ。携帯に映し出されている冴えない男。彼が今回のターゲット。
「標的は?」
「占い師、佐鳥 智也。最近この辺りで現れた感染者の何人かがこの占い師に占ってもらっている。心を読まれているように良く当たる店だそうだ」
「心を読まれている、か……。彼自身も感染者かもしれませんね」
「そうだな。場所は爆弾男がいた商店街の裏路地。今の時間帯はもう店仕舞いをしているだろうが……むしろ都合が良い。もし彼が組織のメンバーなら戦闘になる可能性もあるからな」
「……あの、一つ良いですか?」
すると遠阪が不意に手を上げた。何かおかしいところがあっただろうか。
「なんだい?」
「いや、今回の仕事って僕は必要ですか? もっと人手がいる仕事かと思ってました」
「必要さ。さっきも言った通り、標的が組織に属している可能性がある。そうなると傭兵を雇っているかもしれない。また、佐鳥が逃げた際に捕まえるのにも必要だ。夜という状況で感染者に本気で逃げられたら追うのが困難だからな」
「ああ、なるほど。なら店の周りに何体か僕を配置して、逃げた際の準備もしておきますね」
「うん。頼む」
納得したようだ。……さて、行くとしよう。
「そろそろ向かうぞ。ストックは?」
「バッチリ満タンです。十体はいけますよ」
「分かった。では……行くぞ!」
━━夜の街を、走る。静けさと共に、何処と無く嫌な気配がする。
杞憂であれば良いが。