第六話 狼
「お待たせしました、ミルクセーキ二つです」
「ありがと」
店員が大きめのグラスに入ったミルクセーキを二つ運んできて、俺とアキラの前に置いた。
店員は頭を下げ、戻っていく。
……どういう状況なんだ、これは。
「うん、やっぱりここのミルクセーキは美味しいな」
「……えーとだな、アキラ。一つ聞いても?」
「どうかした?」
ミルクセーキに舌鼓を打つアキラに、意を決して質問を投げ掛ける。
「俺達の仕事はパトロール。そして、感染者を見付ける仕事なんだよな? それがどうして、喫茶店でミルクセーキ飲みながら寛ぐって結果になってるんだ?」
俺の質問にアキラは呆気に取られた顔になり、ストローから手を話して姿勢を正した。
「そうだね、その質問に答えるにはまず、レイラにも質問しないといけないかな」
「そう、なのか?」
「うん。……レイラはさ、僕達の仕事ってどういう物なのか分かる?」
よく分からないアキラの質問に、思ったまま答えた。
「街中を歩き回って、感染者を見付けること。そして、もし暴れている感染者を見付けたら取り押さえる事……だよな? パトロールってそういう事じゃないのか?」
「確かに、街中を可能な限り歩き回るのも正解だよ。感染者に対する扱いもね。でもさ、一つ思い出してほしいのがあるんだ」
意味深な言葉を放つアキラ。思い出す。……何をだろうか。
「それは、感染者も人間だってことだよ。僕達は人間だ、どんな能力を持っていてもそこは変わらない」
「で、ただの人間である感染者達全員が外を彷徨いてるのかって話になるね。違うでしょ?」
「……そういう事か」
つまりアキラは、外を歩き回るだけではパトロールにならないと言いたいのか。確かに、感染者を人間とは異なる存在として俺は考えていた節がある。巨人のイメージが強くこびりついているからか、どの感染者も街中で突如暴れだす様な想像ばかりしていた。
感染者もただの人間の一人と考えれば、ただ街を歩くだけでは発見出来ない可能性もあると言うことか。
「分かったみたいだね。当然この喫茶店にも感染者がいる可能性がある。全ての店を見て回るのは難しいから、こうやって適当な喫茶店とかにちょくちょく入ってみるのが僕のやり方だよ。なんせキリがないから、支部の皆は各々のやり方で街中を探っているんだ」
「キリがないのは、まぁそうだろうな。小さな街とは言え人口は多い。たった数人でそれを全て見るなんて不可能だもんな」
「そうだね。あくまで僕達は悪い感染者による被害を減らすだけ。僕達の業界は常に人手不足だしね……出来るだけ頑張るしかないのが現状だよ」
と、アキラはため息をついた。……なるほど、大変そうだ。
「あ。あと、喫茶店に入るのには理由がもう一つあるよ。喫茶店を憩いの場として使う人が多いから、結構本心が漏れやすい場所なんだ。レイラ、耳を澄ましてみて」
「耳を……?」
アキラに言われた通り、耳を澄ます。すると、様々な声が聞こえてきた。
仕事の愚痴、学校の話、恋愛やら勉学についての話……様々だ。
聞いていてあまり気持ちの良い内容ばかりではない。
「聞こえた? 僕達は耳も良いからね。聞いてもらって分かっただろうけど、不満を抱えた人は多い。そういう人達が感染していた場合、突発的に能力に目覚めてしまう」
「つまりは、この中で特に不満を抱えている人を探して狙いを付ける……ってことか?」
「そう。徒労に終わることも多いけど、念のためにね。僕は能力の関係で追跡は得意だから、この方法が一番しっくりくるんだ。あまり、気分の良い物ではないけどさ……」
と、アキラは少し暗い表情を浮かべた。……やっていることはストーカー行為だからな。しかも無罪かもしれない人間となると余計に罪悪感を感じてしまう。
それはそうと、アキラに謝らなければ。
「ごめんな、疑ってしまって。てっきりサボりかと」
「ううん、僕も説明不足だったし。と言うか、喉渇いてたのは事実だしね」
「お、おいおい……」
「あはは」
呆れた奴だ。そう思って俺もミルクセーキに口を付けようとすると
「……! レイラ、聞こえた?」
「え? すまん、聞こえなかった。……まさか、怪しい奴がいたのか?」
「うん。部分的にだけど、爆破させてやるって言葉が」
「爆破……!? 感染者かどうかはともかく、ヤバくないか?」
ヤバいね、とアキラは頷く。
俺も再び耳を澄ませると、はっきりと聞こえた。俺達から離れた、窓際の席に座っている男だ。
「……爆破してやる、どいつもこいつも見せ付けやがって……! クソ共が……」
聞こえてきた呪詛の様な言葉は、確かな殺意を孕んでいた。……不平不満を嘆く言葉にしては、あまりにも恨みが込められている。……何となく、何に怒っているのか察しがついた。
「あの男だな? 俺も聞こえた。もし、奴が感染していたら……」
「うん。経験上、ああいう手合いが一番危ない。ただの警察沙汰で済めばまだマシだけど……」
「とりあえず、店を出たら追跡してみるか?」
「うん。一応、カエデにも連絡しておく。場合によっては警察も呼ばないといけないから」
「頼む。その間、男を見ておくよ」
即座にスマホを取り出し、アキラは一色に電話をする。
電話をしている間、男を見張るが……挙動が不自然だ。たった一人で座っているのに、ずっと独り言を呟いている。周りの席に座っていた客からもひそひそと噂されている程だ。
「……連絡しておいた、僕達であの人を見張ろう。店を出たら追跡開始だね。万が一、感染者なら接触しようか。もし襲い掛かってきたら素早く制圧。出来れば人目の付かないところでの戦闘が好ましいかな」
「お、おう」
やはり凄いな。手馴れている。
何にせよ、何も起こらなければ良いんだが。
*
「店を出るみたいだね」
会計を済ませ、店を出ていく男を見ながらアキラが話し掛けてきた。俺は頷き
「そうだな。行くか?」
と訪ねると、アキラは頷いた。すぐに領収書を手に取り、会計を終わらせて同じように店を出た。
まだ見える距離に男は歩いており、同じくらいの速さで後ろを歩く。
「匂いは覚えた。もし見逃しても分かるから、もう少し離れても良いかも。何かしようとしたらすぐに止められるくらいの距離をキープしようか」
「ああ。分かった」
鼻を動かしながらアキラはそう話す。歩幅を少し狭め、男との距離を調整していく。
匂い。それがアキラの能力か?
「レイラの能力はさ、どのくらいの距離まで有効か分かる?」
「ああ。大体十メートルくらいだ。今の近さなら、すぐにあの男へ攻撃が出来る」
「了解。ならこの近さを維持しよう」
俺は頷き、アキラと共に歩く。能力については大体分かっている。文字通り寝る間を惜しんで試したからな……。
男は今のところ不自然な動きを見せていない。向かう先は━━商店街か?
置いてある看板を見るに、その方向へ向かっている様に見える。
「この方向はやっぱり商店街かな。新しい店が出来たとかで、学生のカップル達がよく集まっている場所だね」
「カップル……か」
「どうかした? 羨ましい?」
「ちげーよ! ただ、な。あの男の台詞からして、カップルを妬んでいるように聞こえたからな……」
男の言葉を思い出す。
見せ付けやがって。爆破してやる。━━そして、あの喫茶店内にもカップルらしき人が何人か座っていた。
SNSで見かけた、リア充は爆発しろって言葉が頭を過る。
「無いとは言い切れないね。むしろ、欲望の大半はそういう負の感情から来る事が多いし」
「だな」
不自然さが無いように、会話をしながら歩く。
男はやはり商店街へと向かっていたようで、アーチ状の看板を通りすぎて中へと入っていく。
……歩くこと数分、一際新しい喫茶店に行列が出来ているのが見えた。
どうやら、都会で有名なチェーン店らしい。
「ちっ……どいつもこいつも……!」
男は怪訝そうに行列を見つめ、右手を行列の方へと向けた。
「何かする気か!? アキっ……」
「ねぇ君。右手を前に出してどうするつもりなの?」
アキラに助言を請おうとするが、アキラはいつの間にか男の肩を叩いて話し掛けていた。
大胆すぎやしないか!? 驚きながらもアキラの側へと走る。
「な、何だよお前。なんでもねーよ」
「そう? ところで、一つ聞いても良いかな? ここ最近、奇妙な力を使う人間を見たことないかな?」
「……!」
アキラの問いに、男はあからさまに反応する。もしや、当たりか?
「……何だよ、お前もか?」
「何だ、君がそうなのか。その能力は危険なんだ、悪用するのは止めてほしいんだよね」
「悪用? 変なこと言うじゃねぇか。俺の能力は……悪用以外の使い道はねーよ!!」
突然男は右手を握り締める。その瞬間、俺とアキラの間に強い熱が籠る。
「なっ!?」
「ぶっ飛べ! 『妬みの爆弾』!!」
瞬間。熱が弾け飛び、轟音と共に爆発が巻き起こる。
凄まじい衝撃を受け、俺は何も出来ずに吹き飛ばされた。
「キャアアアア!!」
突然の出来事に近くにいた人達が叫び、周りの人間が俺達を除いて全員逃げていく。
「ぐ……痛ぇ……!」
数メートル吹き飛ばされ、全身に鋭い痛みが走る。俺が感染者じゃなければ死んでいてもおかしくない威力だ。
「レイラ、大丈夫?」
「あ、ああ……。というかアキラ、お前はどうなんだ?」
「避けたから大丈夫。でもレイラまで助ける余裕は無かった。ごめん」
「避けた!? い、いや……大丈夫だ」
あの一瞬で避けたのか? ……確かにアキラの体は、傷どころか汚れてすらもいない。
自分は思い切り爆発を受けてしまったが骨は折れていない様なので、痛みに耐えながらゆっくりと立ち上がる。男は嘲笑を浮かべたままその場に立っていた。
「クソ、一般人もいるってのにこれか……」
「被害が出なかったのは幸いだね。さて、どうしようか」
「この距離ならアイツを捕まえられる。捕らえてから気絶させれば良いんじゃないか?」
「そうだね、試してみようか」
アキラの了承を得て、右手を前に翳す。
━━捕まえてやる!
「ハッ!」
「ぐ!? なんだ……この……!」
拳を握り締め、それと同時に男の前に白い手が出現して男を捕まえた。
必死にもがくが、離れない。後は気絶させちまえば……!
「甘いんだよ、手さえ動けば━━! 『妬みの爆弾』!」
だが男はまたしても能力を発動させ、俺とアキラの間に熱が迸る。
「くっ!」
その場から素早く離れようとするが、痛みからか上手く足が動かない。もう一度まともに喰らったらヤバいってのに……!
「吹き飛べ!!」
やられる、と思った瞬間━━なにか強い力に引っ張られ、大きくその場から離れた。爆破による風圧で土埃が舞う。
何が起きたのか確認しようと辺りを見ると……そこには、見覚えのない人影が立っていた。
「今度は間に合った。怪我は?」
「その声……アキラか!?」
俺を持ち上げていた人影からアキラの声が聞こえた。
やがて土埃が晴れ、その姿を現した。
「な……!」
━━犬のような顔付きに、俺よりも高い身長。分厚い爪を携えた大きな両手と、逆関節の脚部。そして、鮮やかな白の体毛が全身を包んでいる。
人狼の様な見た目をした存在から、アキラの声が聞こえたのだ。つまり、答えは一つ。
「それが、アキラの能力か?」
「正解。びっくりした?」
アキラは無邪気に笑い、少し強張っていた体から緊張が解けていく。
そっと俺を下ろし、爪を構える。
「僕の能力、『狼 女』。その力を見せてあげるよ!」