第五十九話 煮え切らない決着
「……まいったな、これ」
真殿の護衛に付いていた能力者を何人か倒し、追い掛けること十分と少し。
ついに、真殿の匂いの元へと辿り着いた。でも、そこにいたのは真殿ではなく……真殿だった死体だけが転がっていた。
「薬品の匂い……まさか毒を飲んだ?」
血の匂いや真殿の体臭に混ざり、鼻を刺す様な刺激臭が微かに匂う。恐らくは毒だ。逃げられないと判断して自殺した?
「くそ、こんな事になるなんてね」
変身を解き、警察とアオサダさんの支部へと連絡を入れる。すぐに向かうとの事だった。
部下を無視して追うべきだったかな。……いや、あいつらを野放しにして一般人に被害が出る可能性もあったか。今考えても仕方無いかな。
「……あっちは終わったかな」
警察が到着したら戻ろう。真殿は捕らえられなかったけど、あの中目とかいう女だけでも捕らえる事が出来たら良いんだけどな。
*
「う……」
「お、気が付いたか」
中目はゆっくりと眼を開ける。身体には抵抗できない様に蒼貞さんの水の縄が縛り付けてある。進化した能力で殴り付けた後、中目は元の体型に戻り気を失った。
無理なドーピングが祟り身体がボロボロだったので、軽い応急処置は済ませてある。
まだ、死なれては困るからだ。
「……そうか、負けたか」
「物分かりが良いな。お前さんの負けだぜ。真殿も自殺しやがったしな」
蒼貞さんは指で中目の額を小突く。
先程、アキラから連絡があり
真殿が自殺したとの報告があった。有益な情報を持っていただろうが、今となっては遅い。
せめて、中目から聞き出せれば良いんだが。
「自殺……そうか」
「あまり驚かねぇな? お前さん、あいつに遣えてたんだろ?」
「あぁ。だが、驚きはしない。真殿様なら追い詰められればそうするだろう」
「フン、時代錯誤な考えだ。生きてればどうとでもなるだろうにな」
心底呆れた表情で蒼貞さんはため息を付く。
確かに、命を軽く考えすぎだ。
「で、私から情報を聞きたいと? 無駄だ」
「どうかな? 悪いが手段を選ぶつもりはねぇ。必要ならその目だって抉ってやるよ」
「抉ると良い。元より無用の長物だ」
「……? お前、まさか」
疑問を抱き、蒼貞さんはそっと中目の目を触る。だが中目は瞬き一つしない。無用の長物……そういう事か。
「盲目、か。じゃあお前の能力は」
「私と同じになってもらう。それだけの能力さ。慣れれば困らないぞ?」
「……そうかよ。無駄話はここまでだな。中目、お前を連行する。知ってることは洗いざらい喋って貰う。目が駄目なら他の方法を使うまでだ」
盲目と知った瞬間、蒼貞さんは少しだけ苦い表情を浮かべた。だがすぐに戻る。
拷問すら辞さない考え方は正直好きではない。好きではないが、こいつらはそれ以上の事をしでかしている。
支部からすれば、手段を選ぶほどの余裕が無いんだろうな。
俺みたいな若輩者がおいそれと口出し出来る物では無いか。
「出水蒼貞」
「あ?」
中目は唐突に、蒼貞さんを呼んだ。光の無いその目は、何かを諦めている風に見える。
「お前は先程、生きていればどうとでもなる……そう宣ったな?」
「あぁ。それがどうした?」
「甘い言葉だな」
「は?」
中目はゆっくりと立ち上がり、歯をギリリと噛み締める。
「私達に後など無い。貴様らとは覚悟が違……ガフッ……!」
「っ! てめえ!」
突然中目は血を吐き出し、その場に倒れた。
こいつも毒を飲みやがったのか!?
「奥歯か何かに毒を仕込んでたのか? くそっ、オレの水で体内を洗えば……!」
「無駄……だ。もう、全身に……回っている。速効性の……猛毒だからな……」
「く……!」
中目の言葉通り、もう助からない。夥しい量の血液が中目の目、鼻、口から流れ出していた。
「……何なんだよお前らは。どうしてそこまで」
「さぁな……どうしてだろう……私は……」
「さぁって……お前……?」
中目は意識が混濁しているのか、会話が成立していなかった。……いや、それだけか?
「私は……真殿様に遣え……。いや、真殿って誰だ? 何故……私は……」
「中目!」
血にまみれた顔を上げ、その表情を見て背筋が凍る。
「……あれ……?」
何も知らない、無垢な少女の顔。
歳不相応なその表情に、胸の辺りで重い何かが這いずり回る。
そしてそのまま……中目は顔を血の海へと落とした。びしゃり、と間抜けな音が辺りに響く。
「……コイツも、洗脳されてやがったのかよ」
「何だか、煮えきりませんね。こんな結末なんて」
「っ……」
残ったものは、血の匂いと女性の遺体。
数日間に及ぶ戦いが、空しさだけを残して幕を閉じた。
*
「ただでさえクソみたいな気分だが……更に悪い知らせがある」
事を終え、支部へと戻るや否や蒼貞さんは数枚の資料を机へと叩き付けた。
そこには、真殿の遺体の写真と共に様々なデータが載せられていた。
「アキラが見付けた真殿の遺体……どうやら偽物だ。ただし、見た目はそっくりのな」
「そんなバカな! 僕の鼻は正確だよ!?」
「お前の嗅覚を疑ってるワケじゃねぇ。だが、相手にしてるのはまともじゃない連中だ。細胞レベルで真殿に化ける……もしくはコピーを作れる能力者の仕業だろうよ。遠阪みたいにな」
アキラは落胆した様子で椅子に深く腰掛けた。
迂闊だった。真殿は俺の能力でパニックを起こしているかの様に見えたから、逃走した際も苦肉の策だろうとたかを括っていた。
その実は違う。なんらかのイレギュラーが発生した時に逃げられる算段を予め付けていたんだ。
「クソッ、どっちみち僕のミスだよ。偽真殿を発見した後、周囲を警戒しなかった。僕が油断しなかったら、その場から逃げた本物の真殿の匂いを追えたかもしれないのに」
「いや……悪いのは多分オレだ。あの後、偽物の真殿がいた周囲を調べた。すると、真殿の足跡がそこでパタリと消えていた。おかしいと思わないか? 偽物をその場に置くにしろ、本物の真殿は逃げる必要がある。なのに足跡はその場で途絶えたんだ。勿論、乗り物の跡も無かった。形跡を残さず真殿を逃がすことの出来る存在……お前らなら分かるだろ?」
「……あ!」
俺とアキラは同時に声を挙げた。
うちの支部を襲った組織のメンバーに、テレポートの能力者がいた。真と戦ったあの女だ。
まさか、あいつが真殿を逃がしやがったのか?
「そういう事。そんで、オレは当時にあいつを追い詰めておきながら、鋼という男と戦い、みすみす女を逃がした。くだらねぇ情に絆されてな。あん時のオレをぶん殴りてぇよ」
「蒼貞さん、昔からそういう所ありますよね。情に弱いと言うか。今回ばかりは笑えませんよそれ」
「……悪かったよ、理央。今後一切そんな真似はしねぇ」
蒼貞さんが招いた事……どうやらそういう事らしい。
俺は責める気になれなかった。蒼貞さんの優しさが、とても悪い物とは思えなかったからだ。
「とりあえずは……だ。ありがとよ、二人とも。お前達のおかげでアナザーの調査及び撲滅がこんなに早く終わっちまった。大手柄だぜ」
「いえ、そんな……」
「その通りだね。主に僕に感謝して欲しいよ」
「アキラ……お前さぁ……」
軽口を叩くアキラの頭を軽く叩く。すぐ調子に乗りやがるなこいつはホントに。
アキラは悪戯っぽくケラケラと笑った。
「はは、こりゃ大物になるなアキラは。……レイラもそのくらい威張って良いんだぜ。お前の力が、解決に導いた。この中で一番後輩のお前がだ。少しは自分の事を誇れよ」
真っ直ぐな瞳で、蒼貞さんはそう言った。
少し込み上げるモノがあったが、ぐっと堪える。
「……はい!」
「ん。それで良い」
それを見ながら、アキラがそっとこちらへと拳を向けた。
「やったね、レイラ」
「ああ、そうだな」
俺も拳を作り、アキラの拳へと軽く当てる。
色々あったが、アナザーの調査は無事に終わった。
今はその達成感に浸る。そのくらいは許されるだろう。




