第五十七話 異形
「ぐ……は……」
最後の狙撃主を倒し、息を付く。理央の方も片付いた様で、こちらへと走ってきた。
「終わりましたね。視力が途中で戻ったので楽でした」
「だな。レイラと楓に感謝しなきゃな」
にしても、だ。こいつら、中目も含めてまるで連携が取れてなかった。狙撃主がいるのに煙幕を張った中目と、援護に一切入らなかった狙撃主。まるでちぐはぐだ。
こちらの増援を阻害する目的で配置されてたのか? どちらにせよ助かったな。
「さて、戦況は……と」
レイラ達がどうなっているか、上から覗く。すると、そこには異様な光景が広がっていた。
「あれは……誰だ?」
下では筋骨隆々の人間が力任せに暴れており、レイラは必死に攻撃を捌いていた。先程まではいた筈の中目の姿がない。どういう事だ。
「まさか……あれが中目って事ですかね?」
「……」
理央の問いに答えられず、黙り込む。
薬剤によるドーピング。第三者による能力。体型がああまで変わるならそのどちらかが原因だとは思う。
だが、違和感が拭えない。
中目は一体何をしたんだ……?
*
「ラァッ!!」
「ぐっ!」
まるで大砲の様な威力で放たれる拳を、能力で防ぐ。
だが威力を殺せず、一発受け止めるだけで手は砕け散った。
一息入れるために後ろへと下がり、汗を拭う。
「馬鹿力だな……ドーピングだけであーなるんですかね」
「いや……何か可笑しいです。筋肉増強剤だけではあの威力は出せないかと。それに、彼女が射っていた薬は二本でしたから」
確かに、一色さんの言うとおりだ。
中目は二本の注射器を射った。一本は本人が言ったようにドーピングだろう。では、もう一本は?
「ぬぅぅぅ……!」
「何か来ます、防御を!」
そうこうしている間に、中目は右手に力を込め始めた。何かヤバい、手を二つ正面へと重ねて防御の体勢を取る。
「『混ざる拳』ゥ!!」
中目からパンチが放たれる。だが、ただの拳ではない。
伸びている上に混ざっている。
拳が複数本混ざり合い、まるでドリルの様に変形していた。
「なっ!? くっ!」
事前に配置していた手がそれを受け止めるが、削岩機の様にガリガリと手を削りながら進み続け、あろうことか突き抜けた。
ギリギリで身をかわすが、左肩に掠り激痛が走る。
「ぐぁぁぁ!!」
「レイラさんっ!」
衝撃に吹っ飛ばされ、地面を転がる。
恐る恐る左肩を見ると、ぐちゃりと捻れていた。骨と筋肉をミキサーに掛けたみてぇだ……!
「掠っただけでこれかよ……痛……!」
「恐ろしい威力です、しかも……」
困惑する一色さん。無理もない、多分だが俺も同じ事を考えている。
「先程の拳、明らかに普通じゃありませんでした。伸びたのもそうですが、拳が複数本混ざっていました。二本どころじゃなく、十本くらいは」
「ですね。つまり……中目は能力を二つ持っている」
中目の能力はこちらの視力を消す物。それは分かっていた。だが、先程の拳はドーピングだけじゃ説明が付かない。
まさか、二本目の注射器に秘密があるってのか?
「くっ……!」
痛みに耐えながら、なんとか立ち上がる。
進化能力であいつを攻撃出来れば、あとは馬鹿力さえどうにかすれば勝てる。
だが時間は掛けられない。俺が消した視力を奪う能力がいつ復活するのかも分からないし、何より俺がいつまで立っていられるのかが不明だ。この出血じゃあ、持って数分か?
加えて、アキラと同じように進化の反動でぶっ倒れる可能性まである。状況は最悪だ。
「……! レイラさん、ご安心を。二人が来てくれました」
「二人? ……あっ!」
すると、二人の人間が上から飛び降りてきた。
蒼貞さんと氷堂さんだ。中目に集中し過ぎて忘れかけていた。
「待たせた、狙撃主を縛っててよ」
「何だか物騒な相手ね。手伝うわ」
「ありがとうございます!」
蒼貞さんは水魂をいくつも浮遊させており、氷堂さんは身体が氷で覆われていた。
その水魂を操り、氷堂さんの近くへと移動させた。
「タフそうな相手だ、ガンガン行くぜ? 理央、アレやるぞ」
「了解。耐えられるかしらね?」
その水魂に氷堂さんが触ると……音を立てて凍り付いた。
「『氷弾』ってな。ただの氷じゃねぇ、オレが作った水を凍らせてるんだ。つまりは━━!」
そして蒼貞さんはその氷を操り、自身の周囲に回転させた。そうか、蒼貞さんが作り出した水を凍らせても操れるのか。
「喰らいなァ!」
氷を勢いよく中目へと発射し、それに命中した中目は鈍い音と共に吹き飛んだ。
あの速度で放たれた氷塊は鉄球と殆んど変わらない。流石に効くだろうな。
「グ……!」
「ちっ! 気絶もしねぇのかよ」
しかし、中目は全身に打撲傷を残しながらも立ち上がり、こちらへの殺気は微塵も衰えていなかった。
止められるのか? あの化物を。
「能力が二つあるかもって話だったな、楓?」
「ええ蒼貞さん。あの尋常ではない耐久力ももう一つの能力の影響かもしれませんね」
「なるほどねぇ。なら、徹底的に攻めるか」
蒼貞さんは再び水を幾つか浮遊させ、氷堂さんは両手に氷の籠手を精製し装備する。
なら、俺も。
「自分も行きます! 進化した能力で殴れば、もう一つの能力を消せると思いますから」
「オーシ、分かったぜ。なら全員で叩きながら、隙を作ったら思い切りぶん殴ってやれ!」
「はい!」
全員が構え、中目との戦闘準備を完了させる。
ここが正念場だ、必ず勝って切り抜けてやる!




