第五十一話 選ばれし者達
「これで、終わりだ! 『右拳の衝撃』!!」
「ぐぁっ!!」
能力で殴り飛ばし、気を失った敵を見て能力を解除する。
問題なく倒せたな、と思わず胸を撫で下ろす。
「……しかし、アキラは凄いな」
アキラが進化したことに対する、焦りと驚き。味方が強くなるのは良いことだ、それは間違いない。だが素直に喜べない。
作戦前から抱いていた不安が強くなってしまうからだ。
それでも、蒼貞さんは言ってくれた。お前は戦力になっていると。
「情けない、焦るんじゃねぇよ俺。しっかりしろ」
自分に言い聞かせて、先へと進む。蒼貞さんが空間能力者を抑えに行くとは言え、他に能力者がいないとは限らない。空間が消えたあと、そいつらが暴れる可能性だってあるんだ。
今、出来ることをする。それだけだ。
*
「……一人目、か。いや、アキラが倒してるから二人目か?」
扉を開けるやいなや、ボクサーの様な格好をしたドレッドヘアーの男が部屋の中心に立っていた。見覚えのある顔だ。
「フン、お前は上から聞いていた蒼貞って奴か。なんでも、強い能力者らしいな?」
「あぁ、まぁな。そういうお前だって有名じゃねぇか。なぁ、元プロボクサーの『拳銅 亘』さんよ」
「……へぇ? 知ってんのか」
「そりゃな。一般人に暴力沙汰起こしてから行方不明って聞いてたが」
拳銅。ミドル級でいくつも結果を残してるプロボクサーだ。試合も見たことがある。ある日、一般人を病院送りにしたとかで逮捕され、その後は行方不明と聞いている。
が、今ここにいるってことは……そういうことだな。
「あぁ。プロから降ろされた俺は裏格闘技で日銭を稼いでたんだが……能力に目覚めちまったんでな。今はこうして新しい仕事をしてんだよ」
「ハッ、とんだ転職だな。それで? オレとボクシングでもしようってのか? ルールはわかんねぇぞ?」
「まさか。今からやるのはただの殺し合いだろ? 素人とボクシングやろうなんて思ってねぇよ」
そりゃそうか、と苦笑する。
ボクサーなら近距離戦は止めといた方が良いな。奴等の拳は凶器だ、グローブをしてないなら尚更。
距離をとって戦うか。
「さ、やろうか。ただし、自慢の能力は使わせねぇ」
「? どういう……」
「━━こういう意味だよ!! 『拳 の聖域』!!」
拳銅は拳を地面へと叩きつけると、空間が新たに生成されていき━━ボクシングのリングへと姿を変えた。
まさか、こいつ空間能力者か!?
「しゃあ!!」
「ちっ! 『打水』!」
勢いよく突っ込んでくる拳銅へと指を向け、水の弾丸を放とうとする。が、出ない。
「っらぁ!!」
「ぐっ!!」
拳銅の右拳が俺の顔面へと叩き込まれ、端まで吹き飛ばされた。
重い……! ただでさえプロボクサーだってのに、感染者だから身体能力も強化されている。何発も喰らうのは流石にキツいな……!
それにしても、能力が出ないのはまさか。
「てめぇ、この空間はまさか……」
「あぁ。『肉体での攻撃以外を禁止する空間』だ。武器も能力ももう使えねぇぞ」
「ちっ」
吹き出した鼻血を拭い、構える。徒手空拳で戦うのはいつぶりだろうな。
「まだまだ行くぜ!!」
拳銅は凄まじい速さのジャブを繰り出す。なんとか捌こうとするものの、何発も喰らってしまう。
「ボディが空いてるぞ、オラァ!!」
「がフッ!!」
一瞬の内に抉るようなアッパーが俺の腹へと打ち込まれ、激痛に耐えきれず後ろへと下がる。
流石にやりやがる。
「はぁ……はぁ……!」
「バカが、能力がなけりゃこんなもんか? まるでサンドバッグだぜ。俺はこういうのを求めてたんだよ。無抵抗の人間を殴る気持ちよさは格別でな?」
「……クズが、プロボクサーが聞いて呆れる」
「なんとでも言えよ、今この場では━━」
更に、拳銅は踏み込む。
「強者が正義だ!!」
まるで、流星のような拳。曲がりなりにもボクサーとして極限まで高められた、素晴らしい右ストレート。
「━━あぁ、その通りだな」
それでも、もうオレには通用しない。
「ガッ!?」
拳を寸前で避け、顔面へとハイキックを打ち込む。何が起きたのか分からず、拳銅は後ろへと下がった。
「反撃……されたのか? この俺が……?」
「あぁ、そうだな。気の毒だが、もうお前のターンはねぇよ」
単純な話だ。自転車はスポーツカーを追い越せない。
乗り手がいくら鍛えようと、乗り物をいくら改造しようと、スペックには限度がある。
オレとこいつの戦いはそういう物だ。……不本意だがな。
「フッ!」
「ちっ、まぐれがそう何度も……ぐぁっ!!?」
距離を詰め、素人に気が生えた程度の殴打を繰り出す。ボクサーからすれば簡単に避けられる代物だ。それでも、無慈悲なまでに命中する。
オレに武術の心得は殆ど無い。なんせほんの数年前まではただの教師だったんだからな。
「馬鹿なっ! 何でこんな単純な攻撃が……! ヴふっ!!」
髪の毛を掴んで引き寄せ、顔へと膝蹴りを喰らわせる。
威力に圧されて、拳銅は吹き飛んでいく。
「……不意を突かれたのは認めるぜ。そして、お前の拳も本物だ。能力も強い。守護者と呼ばれるだけの力は充分あるだろう。でもな」
自分の手を見つめる。化物の手を。
「選ばれちまったんだよ、オレは。神っていう名の悪魔にな」
もはや戦意を失い、こちらを睨むことしか出来なくなった拳銅へと近付いていく。
「ば、化物……!」
「…………そうだよ。オレは、オレ達は化物だ。使命のために作られた化物さ。だから」
胸ぐらを掴み、引き寄せる。空いた右手で拳を作り、振り下ろす。
「━━悪夢にでも魘されてると思っていてくれ」
ドン、と鈍い音と共に、拳銅は地面へとめり込んだ。生きてるのか死んでるのかは分からねぇが、多分大丈夫だろ。
「ほんと、何でオレ達なんだろうな。……焔」
ああ、ほんと。
神様なんて、クソッタレだ。




