第五話 初陣
「パートナーって……?」
突然言われたその言葉の意図が分からず、焔を見る。
「あぁ。基本的に一緒で行動する相方の事だよ。レイラが仲間になったとしたなら、アキラと組ませようと思っていたのさ。歳も近いしね」
「一緒に……前の焔さんと一色さんみたく、パトロールをする為にですか?」
「そこについてはアタシから説明しましょう。と言うか、さっき言いかけたのがこの話ですし」
暫く静かにしていた一色が体を乗り出し、説明を始めた。
「アタシ達は交代で周辺のパトロールをしています。何故なのかと言うと、突如現れた悪い感染者に素早く対応する為……ですね。そして、パトロールする際は基本的に二人で行動をするように心掛けております」
その理由は分かる。二人で対応した方が感染者を素早く対処出来るからな。一つ引っ掛かるのが
「それは分かるんですけど……その、能力的に一色さんと行動しないと感染者かどうか分からなくないですか?」
「あぁ、それは……アタシの体がいくつかあれば当然そうしたいですけどね……。アタシみたいな能力は貴重らしく、現場に出て万が一重症を負ったりすると非常に不味いとか。それに、アタシの主な仕事はデスクワークですからね。焔さん、パソコンとか苦手ですし、アタシとしても肌に合っていますから」
「なるほど、優秀なんですね一色さん」
「それほどでもありますね!」
素直に褒めると、一色は自信満々に笑った。
貴重な能力だからこそ、失わないように気を使っているわけだ。
「それに、感染しているだけの人間ならいっぱいいますから。アタシの能力で分かるのは感染しているかそうでないかだけ。それを全て警戒していたらキリがないです」
「そういうこと。だから僕達は、基本的にカエデを除く僕とリョーコとジンタローの三人で交代しながらパトロールしてたんだ。感染者かどうかを確認するには、実際に能力を使っているところを見なきゃいけないけどね」
と、一色とアキラは話す。だから俺はアキラと組むことになったのか。そのジンタローって人は見たことがないが、これで一色を除く人数は計四人。より長い時間のパトロールが可能になったと。
「ところで、アキラ。いつレイラと知り合ったんだい?」
「学校で押し倒された時に知り合ったよ」
「っっ!!?」
思わず咳き込む。
……平然と何言ってるんだアキラは。
「ほほう? 中々大胆だね、レイラ?」
「ち、違いますよ! 曲がり角でぶつかったんです!」
「ハハハ、冗談さ。しかし、同じ高校とは珍しいね。学年が違うから面識は無さそうだが」
「え、ええ。見たことはあるかもですが、名前を知ったのは今日が初めてです」
焔はまるで保護者の様な眼差しで俺とアキラを見ていた。
すると、アキラが少し近付いてくる。
「ん。握手。これから長いこと一緒だろうし」
「……そうだな。よろしく、アキラ」
「うん」
差し出された右手を握り、アキラは微笑んだ。
*
「……はぁ」
もうすっかり夜になり、自宅に着いたときには体が疲れていた。
思えば、女性三人に囲まれて話すのなんて初めてだったし、今日だけで物凄い量の情報が頭に入ってきた。
見直さないと頭に入りきらないから、わざわざ一色に書類をコピーしてもらって持ち帰った程だ。
「今日は夏希は来れないんだっけか……まぁ、今は好都合か」
つい先程、夏希から連絡が届いていた。部活の後輩を何人か家に泊めて遊ぶからとかなんとか。
やたらと謝っていたが……普段からずっとこっちの手伝いをしてくれているんだから何の文句もない。
むしろ、自分の事を優先してほしいとも思える。
こちらとしては有り難いが、自分のプライベートを削ってまで手伝ってもらうのは流石に申し訳ないからな。
明日は学校が休み。夏希も来ないし、資料をちゃんと読んでおこう。
感染者対策支部の役割は殆ど理解した。だが細かい所となるとまだ危うい。また明日に顔を出す予定なので、今日の内に出来るだけ覚えておかないとな。
「さて……と」
帰りに買ってきた弁当を机に置き、椅子に腰掛ける。
二十枚程の資料を机に拡げ、深呼吸。こりゃ、時間が掛かりそうだ。
「……あ、そういえば」
資料を見ながら、ふと焔の言葉を思い出した。アキラと握手をしたその後の話だ。
「自分の能力の出来ること、出来ないことをある程度知っておくと良い。自宅でも良いから試してみるのをオススメするよ」
との事だった。
言われてみれば、あの巨人との戦い以降能力を使ったことがない。無闇に使って誰かに見られるのが危ないなと思ったからだ。
でも今なら誰もいない。……試してみるか。
「出ろ、手!」
右手を前にかざし、白い手が目の前に出るイメージを思い浮かべる。
……しかし、一向に出現する気配がない。何か条件があるのか?
そこで、白い手が出た時の事を思い出す。
トラックから子供を助けた時も出せたんだろうが……その瞬間を見ていないので分からない。
となると明確に自分の意思で白い手を出した時は……巨人を殴った時だったな。
当時の事を思い出していく。そして、気が付いた。
「そうか、能力で何をするのか想像する事と動きが必要なのか……!」
巨人の顔を殴る前に、ただ思い切りぶん殴るという事を考えていた。それと同時に、実際に空を殴る動きをした。何故そんな事をしたのか分からないが、多分感染者の本能の様な物だったのかもしれない。
とにかく、まず間違いなくその二つが発動条件だな。
辺りを見ると、部屋の端の本棚に一冊だけ棚からはみ出た本が置いてあった。それを見ながら、空を掴む動作をする。
「あの本を掴んで、こっちに持ってこい!」
すると。
「お、おお……!」
煙のように揺蕩う、白い色をした手が本棚の前に出現し本をそっと掴む。そのままふわりと浮遊しながらこちらに戻ってきて、机にそっと本を置いた。
命令が終わると同時に手は跡形もなく消え去る。
これは、思ったよりも楽しいぞ……!
*
「…………しまった……」
目が覚めると、外は明るくなっていた。
あれからずっと白い手を使って色々と試していて、楽しくなりすぎて夢中になってしまった。
結果、そのまま寝落ちしてしまった様だ。
……夜飯も食えていないので尋常じゃなく腹が減っている。
幸い、まだ約束の時間までは余裕がある。資料を見つつ弁当を食べておこう。
結局、まだ資料を読めてなかったからな……。
弁当をレンジに入れ、容器に書いてあった時間通りにタイマーを押す。その時間を無駄にしないよう、資料を見る。
「……給料についても書いてあるのか。仕事だから当たり前か」
なんとなく気になり、給料の平均額を見る。……は?
「こ、これは……学生が貰って良い額なのか……!?」
書いてあった金額は、見たこともない桁の数字が並んでいた。ほぼ毎日バイトをしていた友人から聞いた給料よりも、遥かに高い。
かなり驚いたものの、冷静に考えると納得がいった。
まず、感染者の少なさ。更に善の心を持った者となると更に少ないだろう。加えて、危険な仕事。死ぬ事すらあり得る仕事内容で、普通のバイトと大差無い金額だと割に合わない。
これでも、正当な給料なのかもな……恐れ入る。
そうこうしている間に弁当が温まり、机に持ってきて食べ始める。
容器に記載されている時間の通りに温めているのにやたら熱い。これ、どうにかならないもんかな。
「……ん?」
半分くらい弁当を食べた辺りで、インターホンが鳴った。夏希か?
「はーい!」
急いで玄関へ向かい、ドアを開ける。すると、意外な人物が立っていた。
「や、レイラ。おはよう」
「アキラ? 家の住所、知ってたのか?」
立っていたのは、動きやすそうな服装に身を包んだ小柄な少女。アキラがいた。
「まぁね。感染者になった人間の情報は全部把握してるから」
「あぁ、そういやそんな事も言ってたな。おはようアキラ。……もしかして、迎えに来たのか?」
ふと奥を見ると、軽自動車が置いてある。運転席の窓から一色が顔を出し、こちらに手を振っていた。
「うん。約束の時間まではもう少し余裕あるけど、来ちゃった。……タイミング、悪かった?」
「あー……悪いって事は無いが……朝御飯をまだ食べてないし支度もまだだ。ちょっとだけ待って貰えると助かる」
「良いよ。連絡も無しに来たのは僕らの方だし。車で待ってるよ」
「助かる」
アキラは頷き、車へと向かっていった。
資料、読む余裕が無くなってしまったな。でもまぁ、送ってくれるのは助かる。
準備を済ますため、急いで家の中へと小走りで向かった。
*
「今日は、レイラさんの初仕事ですね。まだ研修という形ではありますが、実際の仕事とあまり変わりません。アキラちゃんが一緒とは言え、油断大敵ですよ?」
「はい!」
車に揺られる事数分。運転をしながら一色がそう言った。
感染者に出会う確率は低いだろうが、油断は出来ない。自分でやると決めた以上、気張らないとな。
にしても、アキラは相当信頼されているんだな。
「まぁ僕が戦えば勝てるから。安心していいよ」
「凄い自信だな。どんな能力なんだ?」
自信満々なアキラに能力について聞くと、アキラは微笑を浮かべた。
「ひみつ。見てのお楽しみって事で」
「そうか、じゃあそうするよ」
気になって仕方無いが、見てのお楽しみってのも悪くない。物騒な話題とは言え、やはり超能力という物はわくわくする。
漫画の読みすぎかもな。
「そろそろ着きます。一駅離れたくらいの距離だと近いですね。準備しといて下さいね」
「あ、はい!」
家から十分程で、仕事場が見えてきた。一色の言った通り、確かに近い。自転車とかで通うのもアリかもな。
ビルの隣にある専用駐車場に車を停め、全員が外に出る。
ここに来るのは二回目だが、最初の様な緊張感は殆ど無くなっていた。焔は見た目こそ威圧感があるが、思ったよりも気さくで良い人だ。
それが分かった今、必要以上に緊張しなくてもいい。
階段を上り、感染者対策支部のドアの前に着く。ドアを開けると、いつもの場所に焔が座っていた。
「おはよう、レイラ。初の仕事だが……怖がっては無さそうに見えるね?」
「おはようございます、焔さん。恐怖はありません。俺が決めた事ですから」
自信を込めてそう返すと、焔は微笑を浮かべた。
「良い顔をしている。会って数日しか経っていないのに別人の様だ。……さて」
焔は立ち上がり、こちらへと寄る。
アキラと俺の肩に手を起き、目を見詰めてくる。
「アキラ、レイラ共に周辺のパトロールへ向かってくれ。何かあればアキラを頼ると良い。アキラはレイラよりも歳下だが、感染者としては先輩だ。……良いね、アキラ?」
アキラは頷く。
「分かってるよ、リョーコ。僕がレイラの手助けをするさ」
「うん、頼む。……さ、行っておいで。午後六時くらいにここへ戻り、報告すること。夜からは私と楓がパトロールへ向かう。レイラは報告が終わればそのまま帰宅してもらって構わない」
「わかりました!」
勢い良く返事をし、焔は満足気に頷いた。
アキラが足早に外へ出ようとするので、急いで俺も後を付いていく。
「いってらっしゃい! 二人とも!」
「はい!」
「うん」
笑顔で手を振る一色に頭を下げ、アキラと共に階段を降りていく。
「さ、頑張ろっか。滅多に感染者なんて見つからないから、あくまで気楽にね。ずっと周りを警戒してたら疲れちゃうからさ」
「分かった」
……余程、手慣れているんだろうな。アキラの態度からそう思えた。
階段を降りきり、アキラと共に外の雑踏を見渡す。
能力を得たせいか、全ての人間が違った目で見えてしまう。確かにこの調子で警戒をし続けていたら、午後まで持たないな。
「レイラ」
深呼吸をしていると、突然アキラから声を掛けられた。
「なんだ?」
「喉渇いたし、喫茶店行こっか?」
「…………はい?」
意外な言葉に、思わず首を傾げる。
……仕事、だよな?