第四十九話 白銀の目覚め
結論から話すと、僕にはもう家族がいない。
僕が小学五年生の時に、両親はこの世を去った。両親の趣味である登山に付いていった日だ。
僕の故郷は山に囲まれ、顔見知りしかいないくらいの狭い町だった。全国的に有名な名産品こそあったものの、それ以外はなんの特徴もないド田舎だ。
狭い町であるが故に、そこで生まれ育った人間は登山という物に慣れていた。周りにある山はそれほど危険がなく、狂暴な熊が暴れたなんて話すら聞かないほどに。
だからこそ、油断した。山……いや、自然というものを舐めてしまった。
いつもの様に山を登り、見晴らしの良い場所で食事をする。その日が特別だったという訳でもないのに、それは起きた。起きてしまった。
地震。恐らく家屋ならば精々軽い家具が倒れるかくらいの地震。それだけで……穏やかな山は狂暴な獣となって僕らを襲った。
━━雪崩。振動により、降り積もった雪が大波となって押し寄せる自然の兵器。ちっぽけな存在である人間など、それこそゴミの様に吹き飛ばされた。
痛み、寒さ、暑さ、苦しみが一気に襲いかかったと思えば……気が付いたときには僕は一人だった。
足がへし折れ動けない。周りは雪崩により地形が変わり、全く知らない未知の空間に。僕は幼心ながら、悟った。
あぁ、僕はこのまま死ぬのだと。
その時だ。僕の目の前に━━白銀の狼が姿を現したのは。
*
「痛……」
……どうやら、意識を失っていたらしい。懐かしくも苦しい思い出が甦ってしまったみたいだ。
頭部からは鮮血がポタポタと流れている。……槍で殴られたんだっけ、それで意識が一瞬飛んだのか。
「おや、生きてたか。ならまだ楽しめるかな?」
猟銃を構えながら、猪狩は楽しそうに笑う。
悔しいけど、この人は強い。第一、接近戦で僕が有利を取れない時点で負けたような物だ。
怪我の功名と言うべきか、この人の能力はなんとなく分かった。多分、身に付けている物の性能を引き上げる能力だろう。
異様に硬い服、切れ味が良すぎる鉈、威力が普通じゃない猟銃……それらが能力の性質を教えてくれた。
教えてくれた所で、もうどうしようもないけど。
「そらそら! もうお疲れかい?」
「っ……」
無意味に走る。
僕の速度に対応してきたのか、何発も銃弾が体を掠める。
━━どうして僕はこんなことをしているのだろう。
あの後、狼を見て気を失った僕が次に目覚めた時は……山の麓だった。
折れた足で降りられる筈がないのに、と後から駆けつけたレスキュー隊が不思議がってたっけ。
僕が聞きたいくらいだったけど。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながら走る。
……両親は、事故から二週間後に見付かった。原型をほぼ留めていなかったらしいけど、僕は見ていない。
見てしまうと、何かが壊れてしまう気がしたからだ。
それからと言うもの、僕は他県に住んでいた親戚の家で暮らすことになった。
最初は同情からか、優しく接してくれていたけど……段々と扱いに困り、また別の親戚の家へと飛ばされた。
何度も何度も何度も。繰り返し繰り返し繰り返し。
そして辿り着いたのが、リョーコのいる、あの街。
感染していた為に、支部で住むことになった。
「……段々、遅くなってきたなぁ。つまらないね」
吐き捨てるようなセリフと共に、猪狩は猟銃を仕舞い、鉈を手に取ってこちらへと寄ってきた。
……そこからは、楽しかったかも。
自分にも出来ることがあるんだという実感が、生きる活力になってくれた。
でも、未だに違和感がある。何故、僕は狼人間になる能力に目覚めたのか。
僕が成りたかったのは、狼そのものだったのに。
「はぁ!!」
「鈍いね」
勢い良く、何度も爪を奮う。
だが、容易く避けられて何度も体を斬られ、蹴飛ばされて地面を転がった。
━━あぁ、そうか。僕には覚悟が足りなかったんだ。
自分を助けてくれた、あの狼の様に成りたいと願いながら……僕は人間であることも捨てることが出来なかった。
こうして出来上がったのが、中途半端な狼人間。そりゃ強く成れないよね。
他の人はもっと、強い欲や願いを抱いてるんだから。
ならば、僕自身がどうするべきか分かっているよね。
「…………」
「諦めちゃった? ま、ガキんちょにしては頑張ったかもね。ならさっさと殺して、次の獲物を待ちますか」
迫る足音を聞きながら、僕は思わず笑っていた。
人間なんて、止めてやるよ。
世界から見放された僕は、あの時の狼と同じだ。
白銀の狼を見たのが現実だったのか幻だったのかなんてどうでもいい。僕は、あの狼の様に成りたい。
━━いや、様にじゃない。あの狼に成ってやる。
後先考えず、解き放っちまえ。
きっとそれが、僕が産まれた意味なんだから━━!
「っ……? なんだ?」
全身の毛が逆立つ。身体が変形していくのが分かる。二足歩行に適した身体から大きく逸脱し、体積が増えていくのを感じる。
いつもより濃く感じる辺りの匂い。目を閉じていても周りが見えるかのようだ。
痛みが消える。迷いが消える。ごちゃごちゃと考えを巡らせていた脳が、冴え渡る。
━━━━あぁ、今なら。
何処までも走れそうだ。




