第四十八話 手練れ
「私の能力は……大したものではなくてね」
氷で作った縄で縛り、男から情報を聞き出す。結局何なのか分からなかったこの人の能力についても。
「名を『選択者』。私に降りかかるいかなる不幸を避け、良い結果を選べるという物です」
「ふむ、つまりは奇跡を人為的に起こせるって事?」
「そんな大層なものではないです。宝くじで一万円くらいが当たったとか、その程度の幸運を呼び寄せます。貴女の攻撃に反応出来なかったのに避けることが出来たのもそういう事ですよ」
……なるほど。
偶然転けそうになって結果的に攻撃を避けていたのは、偶然ではなくそういう風に選ぶ能力だったからか。
でも、それだと可笑しい。
「じゃあ私の攻撃は永遠に避けることが出来たんじゃ?」
「いえ。幸運という物はそもそも起きる可能性が無いと起きません。貴女の強さ、私の強さ、状況……その全てを合わせても攻撃を避けるという確率が生まれなかったので、今こうして縛られているのです」
ある程度の可能性が無きゃ無理、か。疑問は晴れた。じゃあ次は、ここの情報だ。期待は出来なさそうだけど。
「……単刀直入に聞くわ。ここの空間主の居場所を教えなさい」
「分かりません」
と、男は首を横に振る。少しの苛立ちを募らせながら、男の眼前まで近付く。
「言葉には気を付けることね。生殺与奪を握っているのは私なのよ?」
「そうは言われても、私は何も知りません。……いや、知らされていないという方が正しいですね」
「……楓さん、どう?」
埒が空かず、楓さんに助言を乞う。
「嘘は言ってません。色を見た感じですと」
「本当に知らないってこと、か。……まぁ、なんとなくそんな気はしてたけど」
この男から闘志を感じなかった理由が今分かった。この男は曖昧だ。私に立ち向かっては来たけど、何処か無機質というか。
人間らしい感情をまるで感じなかった。
……恐らく、この人も洗脳されてここに居るのかも。
「分かった。じゃあ、ここのルールは? この中に滞在していた以上、ルールは聞かされているでしょう?」
「ええ。ですが、そこまで難しい物でも無いですよ。━━一部屋に二人しか存在出来ない、それだけです」
いとも簡単にルールを教えてくれたわね。楓さんの反応が無い辺り、これも真実か。
「ですが、精々お気を付けて。この空間の中には、私などとは比べ物にならない猛者がいます。確か……『守護者』と名乗っておりました」
「へぇ? それは楽しみね。一応聞くけど、その人達の能力は?」
「知らされておりません」
「だと思ったわ」
ともかく、情報は知れた。一歩前進かな。
*
「分かった、ありがとうカエデ」
インカム越しにカエデから情報を聞かされ、一息付く。
なるほどね、空間のルール自体は大したものじゃ無いのか。前みたく不自由な戦いにはならなさそう。
ただ、前以上に個人の実力が問われる事になりそうだね。レイラ、リオさん、アオサダさん……その三人の実力は良く分かってる。問題は僕だ。
研鑽は続けてきた。能力に向き合う為に一度故郷にも戻った。それでも、不安は拭えない。
僕の能力は、何処か不完全だからだ。
「……泣き言は言ってられない、か」
進もう。今はそうするしかない。仲間と合流しても無意味なことが分かった以上、ただ前進するのみだ。
真っ直ぐに進み、ドアを開く。開いた瞬間……先に何がいるのかを僕の鼻は察していた。
いる。仲間じゃない人間が。
「━━お、やっと一人目か」
「……!」
部屋に入ると、キャップ帽を被った初老の男が立っていた。複数の武器らしき物を担いでいる。
……濃い、血の匂いだ。一人二人という数じゃない。恐らく数十人単位で人を殺している。
部屋に血痕が無いことを考えると……こいつ自身に匂いが染み着いているんだ。
「やぁ、おじさん。あんたがこの空間の主かい?」
「いいや、違うよお嬢さん。おじさんはただの狩人さ。部屋に入ってきた人間を殺すように言われててね」
がしゃん、と武器を構える男。猟銃かな、あれ。
「狩人、ね。じゃあ僕は獲物って訳だ?」
「そうだね。狩りはおじさんの仕事だったから、得意だよ。人間も熊も鹿も中身は同じ。殺す方法だって同じさ。でも……棒立ちの相手を撃ってもつまんないから━━」
そして、男は銃口をこちらに向ける。
「精々、楽しませろよ!!!」
炸裂音と共に銃弾が放たれる。咄嗟に変身し、様子を見るために横へと走っていく。
「ハハ、さしずめ狼人間か! 狩ったことの無い獲物だ、楽しみだね!」
何度も銃弾を放ってくるが、走っている僕には当たらない。
当たっても致命傷にはならないだろうけど、痛いしね。
「フッ!」
頃合いを見て、男へと向かって走る。猟銃が武器なら怖くない、このまま押し切る!
「接近戦かい? いいよ、付き合おう」
が、男は懐から刃物を取り出し、全速力で走る僕の顔面へと正確に振り下ろした。
「っっ!!」
寸前で顔を反らし、後ろへ飛ぶ。
……頬を少し切られたか。危なかった。
「うーむ、切ったと思ったんだがなぁ。歳かな」
「……おじさん、動ける人だね。優しそうな顔しといてさ」
「昔はもう少し動けたんだけどね。いやぁ、歳は取りたくないね」
朗らかな表情を浮かべる男。油断ならないな、この人は相当強い。もしかすると
「ねぇ、おじさんが守護者ってやつ?」
「うんそうだよ? 守護者が一人、『猪狩 重造』ってね。まぁおじさんとしてはやりたいことをやってるだけなんだけどさ」
……やっぱりか。本当なら遭遇したくなかったけど、やるしかないな。
最適な間合いを測るため、少し離れたまま様子を伺う。
「接近戦は止めたのかい? まぁ良いけどね」
ニコニコと笑いながら、男は棒状の武器を取り出した。今度は槍か……まるでジンタローみたい。
「さ、行くよ!」
そしてそのまま槍を突き立て、離れていたにも関わらず槍は僕の横腹を掠めた。
速い、穂先に至っては目で捉えられないレベルの速さだ。
この男に苦手な距離は無いってことか……!
「ほらほらほら! なんとかしないと串刺しだよ?」
「っ調子に……!」
寸前の所で槍を蹴って反らし、大きく踏み込んで近付き男の腕へと噛み付く。
このままへし折る!
「━━まるで獣だね。でも無駄だよ」
「!?」
が、まるで力が入らない。硬すぎる。この男の服は何で出来てるんだよ!?
「ほいっ」
「ぐっ!!」
男は僕の腹を蹴り上げ、刃物を持ち胸を突き刺そうとする。
「ふっ!」
咄嗟に左手を払い、刃の軌道をずらす。だが勢いは殺せず、僕の左肩に突き刺さった。
「っ……ぐ……!」
「惜しい。もうちょっとだったのに」
必死にその場から離れる。でもこのままじゃ駄目だ。
刃物による近接戦闘。槍によるリーチの差。猟銃による遠距離射撃。そのどれに挑んでも今のままでは有利が取れない。
それにあの服。能力で強化しているのか分からないけど異常に硬い。僕の口咬力は石ですら砕けると言うのにだ。
どうする、何が出来る。今の僕に━━奴を倒せる手段はあるのか。




