第四十五話 層
「こっちで合ってますか、一色さん」
「はい。もう少し先に蒼貞さんがいます」
蒼貞さんが粘土を使う能力者を倒したとの知らせを一色さんから聞き、俺達はそこへ向かっていた。
早いな、アキラが人形を倒してからそう時間は経っていないのに。
「……お、来たか。お疲れ」
「蒼貞さん! ご無事……え?」
路地に立っていた蒼貞さんを見掛け、話し掛けると……なにやら可笑しな光景になっていた。
「いてぇ……いてぇよぉ……」
「…………」
蒼貞さんに捕まれながら咽び泣く片腕が切断されている男と、その傍らには虚ろな目で下を向く暗そうな男がいた。
……何があったんだ?
「えと、この二人は……」
「あぁ。こっちの腕を斬った奴は粘土使い。こうでもしないと止まりそうになかったんでな。んで、こっちのは……多分空間能力者だな」
「粘土使いは分かりましたけど……多分、空間能力者とは?」
話を聞けば分かることなのに、多分と言ったのが気になったので聞いてみると
「……喋らねぇんだよ、こいつ。口が固いというか……それこそ人形みたいな」
と蒼貞さんはため息をついた。言われてみれば様子が可笑しい。心ここに在らずといった具合だ。
「空間能力者を守る役目の感染者なら、俺を見掛けた瞬間に襲ってくるだろうしなぁ。かといって一般人なら空間にゃ入れない。消去法でこいつが空間能力持ちなんじゃねぇかと思ってよ」
「可能性は高いですね。じゃ、寝かせますか?」
「そうするよ、理央。ふっ!」
蒼貞さんは手刀を放ち、男の意識を落とす。すると、辺りの景色が歪み始めた。
「こ、これは……!?」
「心配すんなレイラ。どうやら、空間が無くなるみたいだぜ」
そう言われた通り、瞬く間に空間が崩れ、入り口である路地へと戻った。
「おおー。こんな感じで解除されるんだね」
「呑気な事言ってる暇ねぇぞ、アキラ。空間内にあった死体まで外に出てくるんだ、このまま誰かに見付かったらお縄だぞ。さっさと移動……し?」
言葉を言い終わろうとした瞬間、蒼貞さんは止まった。
何があったのかと向いている方向を見ると
「と、扉が消えてない!?」
空間と共に消えたと思っていた空間への入り口である扉が消えてなかった。どういう事だ?
「……可能性としては考えられてはいたが、まさか正解とはな。アナザーは複数の空間が重なってやがったのか」
「そんな事できるんですか?」
そう訪ねると、蒼貞さんは頷いた。
「あぁ。同じ場所で空間を作成すると重なるんだ。最初に発動した空間は一番最後に、最後に発動した能力は最初の入り口になる。つまり、さっきの空間は後から重ねたってワケだ」
「じゃあ……」
「ああ。まだ終わってねぇ。いくつ重なってるかも分からねぇ。……長丁場になるかもな」
ふぅ、と蒼貞さんはため息をつく。予想していた分、落胆はしていなさそうだ。
だが……これは相当厳しいな。次アナザーに入った時は全く知らない空間になる上、またしても空間のルールを把握しなくてはならない。直接、死やダメージに繋がるわけでは無くとも……必ずこちらが不利になるだろう。
「とりあえず戻るぞ。考えるのは後始末してからだ」
*
事務所に戻ると、遠阪さんがくたびれた様子でソファーに座っていた。時間はすっかり遅くなっている。
「……あ、お疲れさまです、蒼貞さん」
「おう。随分疲れてるな、遠阪」
「アンタが仕事丸投げするからでしょーが! 他のメンバーも他所の支部に出っぱらってるしさぁ。十人同時に操作してパトロールとか結構しんどいんですよ? オートで動いてくれるとはいえ、視界を共有しなきゃいけないんだから。十分割でゲームとかしたことあります?」
「知らん。ゲームはやらんからな」
「くそ、オッサンめ」
「あんまり歳変わらねぇだろ」
いつもこんな感じなんだろう、といった具合に会話を続ける二人。二人のやり取りを見ていると、先程まで強張っていた体が緩んだ気がするな。
「……で、その様子だと……」
「あぁ。予想は当たった。まだ終わってねぇ」
「あちゃあ。長くなりそうですね」
「全くだ」
二人してため息をつく。
……事務所に戻る前に遺体を関係者に届け、捕らえた能力者は警察によって運ばれていった。
腕を切断された男は、治癒系の能力者によって治療されるらしい。
ただ蒼貞さんは甘くなく、知ってること全て話さないともう一度斬って今度は治さねぇと脅していた。
気の毒な男だが、人を殺しているんだ。同情はしない。
「それで? これからどうします?」
「アナザーは絶対に潰す。これだけは譲らねぇよ。人死にが出てんだ、悠長に構えてはいられねぇ。何日掛かろうが、地道に攻略するさ」
「作戦は決まってるんです?」
「事前に建てた作戦なんざ意味ねぇよ、今回の調査で思い知った。適応力の高いこのメンバーのまま、空間を一つずつ壊していくさ。人員は増やさない方が連携しやすいしな」
「なるほど、じゃあ僕はまだ休めないと」
「たりめぇだ、遠阪」
と言われ、遠阪さんはため息をついた。気の毒だな。
「とりあえず今日は休んどけ。支部に休むスペースはいくつかある、好きな所で寝とけよ」
「了解しました」
「ちゃんと綺麗にされてるの? ボク、汚いところで寝たくないけど」
「フフ、大丈夫ですよ大神さん。私がちゃんと掃除してますから」
「ありがと、リオさん」
嬉しそうに笑いながら、アキラは部屋を吟味し始めた。
元気なアキラを見ると少し嬉しいな。ここ最近、あまり元気が無かったから。
……にしても、疲れた。普段よりは早いが、俺も休むとしよう。
*
「……珍しいな、こんな時間に呼び出すとは」
時間は午後十時。話す事がいくつかあったので、オレは焔を呼び出した。
電話でも良かったんだが、なんとなくだ。
「悪いな。ほらよ」
「構わない。……ありがとう、頂くよ」
買っていた缶コーヒーを手渡し、二人してベンチに腰掛ける。
……あれだけの事が起きているというのに、この街は静かだ。気味が悪い話だがな。
「捕まえた感染者についてなんだが、ちょっと気になることがあってな。お前の意見を聞きたい」
「ほう。この事は皆に話したのか?」
「いや、まだだ。明日話すつもりだがよ」
「なるほど。では聞こうか」
缶コーヒーを一口飲み、話す。
「粘土を操る男と、空間の主。あの二人とも、オレの支部でマークしていた未覚醒の能力者だった。ここまではまだ良い、昨日まで覚醒してなかったのに次の日には覚醒してるなんざ良くある話だからな」
「……だが、ここからだ。あの二人……第三者の手で脳を弄られていた。主に人格面をな」
「……!」
医者に聞いた話だ、恐らく間違いない。明らかに第三者の手が介入してあの二人の脳が弄られていた。それが物理的な方法なのか、能力による物なのかは分からないが。
「元々、あの二人は今のような性格ではなかった。粘土の方は大人しく、少なくともオレと戦っていた時のような荒々しさは全く無かった。空間の方はその逆。お喋りな男だった。でも今はどうだ? お喋りどころか、言葉を忘れたかのように黙ってやがる」
「気味の悪い話だな。脳を弄るなどと。……人格だけを弄るなど可能なのか?」
「理論上は可能だとよ。手段は分からないらしいが」
「ふむ……」
考え込む素振りを見せる焔。
暫くして口を開く。
「……少し前にな、心を読む能力を持った占い師がいた。手段は詳しく聞く前に殺されてしまったので分からないが、奴は未覚醒の能力者を覚醒させていたらしい」
「ほぉ。心をね……」
「ああ。脳と心は近い存在だ、考えを読むというのは心を読むのと同じ意味合いになるからな。もしかすると能力の目覚めには脳が大きく関係しているのかもしれない」
「確かに、欲を抱くってのもまず脳が動いてこそだからな。じゃあ何だ、脳を弄ったのはそのためか?」
「だと、思う。人格を変えたのは能力に適した性格にするため。そもそも好戦的な性格でなければ、戦闘に使える能力に目覚めないだろう。他者を攻撃出来ると言うのは一握りの人間にしか不可能だしな」
話を聞き、納得する。
一度も人を殴ったことない人間なんていくらでもいる。いざって時にだけ殴れるのもそう多くはないだろ。
しかし、この仮説が正しいとするなら胸糞悪い話だ。
要は洗脳じゃねぇか……!
「……ついでだ、こちらからも話がある。明日、先程の話と一緒に皆に伝えてくれ」
「構わねぇが……何だ?」
焔は懐から、試験管に入った液体を取り出した。




