第四十二話 迷路 その先には
「到着だ」
約束の時間に蒼貞さんから案内され、着いた場所は……駅近くにある裏路地の奥の奥。
そこには、謎のドアが存在していた。
「ここですか?」
「あぁ。登録済みの感染者がロストする場所とも一致する。扉を開ければもう異世界さ」
くっく、と笑う蒼貞さん。何処か楽しそうにも見えた。不謹慎な人だな……。
その入り口はと言うと、古ぼけた引き戸のドアだ。祖父母の家にあるような古い造りだな。
その傍らには妙に達筆な文字で書かれた看板が立て掛けてある。
店なのか、はたまた誰かの家なのかすらも分からない。不気味だ。
「さて、行くぞ。……楓、見えるか?」
蒼貞さんはインカムを触り、遠くにいる一色さんに呼び掛けた。
「問題ありません。流石、高性能ですね。まるでそこにいるかのように鮮明に見えてます」
「本部特注のインカムだからな。カメラ付きの特殊タイプだ。お前の目は普通の人間よりも良く見える。何か気が付いたら遠慮なく教えてくれよ」
「はい! お任せを!」
━━全員に支給された、高精度かつ多機能のインカム。それを通して一色さんも作戦に参加する。
一色さんの目は感情を色で判別する物と、それを応用し能力者かどうかを見分ける能力だ。
更に、相手の感情を見てある程度の動きを先読み出来るまで成長したらしい。
シンプルに視力も高いので、今回の作戦でも大いに貢献出来るだろうと焔さんは話していた。
「さ、行くぞ」
ズカズカと中へ入っていく蒼貞さんに続き、俺を含めた他のメンバーも入っていく。
「━━」
中に入ると……言われていた通り、真っ白な空間と先が見えないほど広い通路の左右に無数のドア。
等間隔で並べられたドアは、何処か不気味だ。
「広い……ですね」
「そうだな、理央。だが、ただの迷路だ。どっかに必ず先はある。空間を作成する際に作られただけだろうからな。迷路そのものが能力なら、作成者すら正しい道が分からないって事になる」
「なるほど。互いにフェアじゃないとルールに当てはまらないから……ですか」
「そういうこと」
と二人は話す。なるほど、なら時間は掛かるがいずれ先には進めそうだ。
そんな中、突然アキラが口を抑え……青ざめた表情を浮かべていた。
「う……!」
「アキラ!? どうした!」
「どうしたも……無いよ。酷い匂いだ……! 吐きそうな程にね」
アキラはそのまま踞ってしまった。匂いだって?
「言われてみりゃ、なんか匂うな。アキラ、お前の鼻なら何の匂いか分かるか? まさか、毒か?」
「違うよ、アオサダさん。この匂いは……何回も嗅いできた匂いさ。死の匂いだ。錆びた鉄の様な血の香り、弛緩した体内から飛び出た糞尿の匂い、独特な生臭さ。間違いなく、さほど遠くない距離に死体があるよ」
「……!」
予想は出来ていたが、やはりか。
これではっきりしてしまった。この空間の中で、殺人が行われていた。つまり、敵がいる。
明確な殺意を持った敵が。
「ちっ、やっぱりかよ。正確な場所は分かるか? アキラ」
「ごめん、今すぐは無理。思い切り吸っちゃって、まだ鼻が慣れてない」
頼みの綱だったアキラの鼻は、強烈な匂いで麻痺してしまっていた。どうするかと悩んでいた所、インカムから一色さんの声がした。
「なら、私が視ますよ。……レイラさん! 一つ頼んでも良いでしょうか?」
「何ですか?」
「地面スレスレに屈んでもらえます? 下足痕が無いか、視てみますので」
言われた通りに屈み、インカム越しに一色さんは地面を見た。
「……ありました。うっすらとですが、足跡を消した痕跡がありますね。誰かがわざわざ拭いたみたいです。慎重な人ではありますが、丁寧な人では無いのかな?」
「いやいや、丁寧ってよ……普通は何も見えねぇよ」
一色さんが見えたという足跡は、俺らからすれば何も分からなかった。凄まじい視力だな。
「足跡はいくつかのドアへ順に入った痕跡がありますが、とあるドアに入ってからは消えていますね。今いる場所から十二番目の右のドアです。恐らく、その先に」
「空間の続き、もしくは死体。またはその両方がある、か」
「はい。その通りかと」
思わず唾を飲む。この先に、何が潜むのか。
そのまま先へと進み……目的のドアの前まで着いた。ここまでくると、俺にも匂いが分かった。気分が悪くなる。
「入るぞ。構えとけよ、皆」
「はい!」
蒼貞さんはドアに手を掛け、他の皆が構える。入って即戦闘……何て事も有り得るからな。
ドアがゆっくりと開いていく。そこに拡がっていた光景に全員が固まった。
「━━外、だと?」
そう。そこは明らかに外だった。大きな交差点のど真ん中の様だ。夥しい数の人間が歩き回っており、喧騒に包まれていた。
しかし、異変に気付く。
「いや、違いますね。場所が違う。仮にここがアナザーからの出口だとしたら入り口と同じ路地裏に出る筈。更に言えば、そもそも支部周りとは違う場所です」
「……確かにな。ここは都心の風景か? てことはこの歩いてる人間も……」
「うん、違うみたい。すり抜けるよ」
アキラはいつの間にか歩いている人間を触ろうと近付いており、手を前にやるがすり抜けていった。映像の様な物らしい。
「カモフラージュか。能力者本人が隠れるための。いやーびっくりしたぜ」
ふぅ、と蒼貞さんは息を付く。だが、まだ問題は解決していない。
「あ。レイラさん! 前!」
「どうしました? 一色さ……」
一色さんに言われるがまま、前を見た。そこには……人間らしき何かが落ちていた。
事情を察し、全員で近付く。
「……ちっ。間違いない。先見隊の能力者だな。ひでぇ殺られ様だ」
「ぐちゃぐちゃですね。異臭の原因ですか」
……遺体は体をハンマーで叩き潰されたようにぐちゃぐちゃに潰れていた。顔付きから辛うじて男と断定出来るレベルの。
ただの高校生だった俺が見ていたら、吐いているだろうな。慣れと言うものは怖い。
「とりあえず、このままにはしておけませんね。蒼貞さん、水をお願いします。まだ私、能力の準備が不十分ですので」
「おう」
すると蒼貞さんは手から大きな水の塊を生成し、遺体にそっと被せて固定させた。
その水に氷堂さんが手で触れると……じわじわと氷になっていった。
「よし。これで匂いは収まるだろ。持ち運びもしやすいしな。……後で絶対に弔ってやるからよ、少し待っててくれ」
蒼貞さんは目を伏せながらそう言った。優しい人だ。
「さて。これからどうする?」
「とりあえず真っ直ぐ進むか、アキラ。どっかにまた扉があるかも━━」
これからの事を話そうとする蒼貞さんは突然固まり、奥を見ながら黙っていた。
何も無かったと思うが。そう思いながら俺もそちらを見た。
━━そこには、得体の知れない何かが立っていた。




