第三十九話 新たな戦いへの予感
少し、遅れてしまった。
エレベーターに揺られながら、思わず溜め息をついてしまう。
あの後、この国の様子ががらりと変わってしまった。能力者の存在が多くの人間に認知され、上が隠そうとすればするほど騒ぎは大きくなっていった。
逆効果なのは分かっている。でも、隠さなければこの国が揺らいでしまう。今日呼ばれたのは、その事を含めた話だろう。
エレベーターの扉が開き、薄明かりに照らされる廊下を歩いていく。
一番奥に、一際大きい扉が見えた。さて、全員揃っているだろうか。……まぁ、アイツはいないだろうな。
「遅れてすまない。皆」
扉を開き、中へと入る。
そこには、計四人の男女が椅子に座っていた。真ん中には大きな丸いテーブルが置いてあり、いくつかの資料らしき紙が置かれていた。
「遅いぜ、焔」
一番最初に声を掛けてきたのは、蒼貞だった。薄ら笑いを浮かべている。
「悪いね。事後処理に追われていた」
「あー……そりゃ仕方無いな。あの様子じゃあな」
「ああ」
蒼貞は眼を伏せた。
あの街の様子は、戦争でもあったかの様な惨状だった。多くの瓦礫、人の血……むせ返るような死の匂い。
あれを隠すというのは無理な話だな。
「大変でしたねぇ……焔さん。組織とやらは、手段を選びませんね」
次に、薄緑の髪の毛をきっちりと固めたオールバックの男性が声を掛けてきた。
同じゼロである、榊さんだ。
「ええ。私達が守ってきた感染者の秩序が、いきなり壊された気分です」
「実際そうでしょう。組織からすれば、それが目的かもしれませんねぇ」
「ですね。私達が対応に追われるのを見据えて、何かを準備しているのか……あるいは、感染者が世に知られることそのものが目的か」
感染者解放団体。そう組織の者は名乗った。
解放が何を意味するのかは分からないが、ただ事ではないのだろう。今回の件で、全国の感染者対策本部や支部に緊張が走ってしまった。
これから先、今まで以上に警戒しなくてはならない。
「はいはい、話はそこまでにしましょ。加島さんが待ってるわよ?」
「すまない。話を始めてくれないか、加島さん」
生明にそう言われ、あわてて席へと座った。……やはり、黒川は来ていないか。相変わらず協調性の無い男だ。
「黒川さんはいませんが……始めましょうか。とりあえず、支部長の皆さんが得た情報を再度確認しましょう」
本部所属の無能力者である加島が、スクリーンに映像を映す準備を始めた。
本部長……もとい総理はやはり来ていないか。当然だな。国のトップが易々と顔を出すのは危険すぎる。
いつも通り、我々が仕切らなければならないな。
「とりあえずオレからか?」
最初に蒼貞が立ち上がり、資料を見ながら話を始めた。
「こっちの支部の周りに異常は無い。強いて言うなら……マークしてた感染済みの人間が何人も行方不明になってるって所だな。翌年より明らかに多い。……まぁ、その理由は目星がついているが」
「十分異常でしょ、それ」
生明に突っ込まれる蒼貞。確かに、と蒼貞は苦笑いを浮かべた。
「この件に関しては、前の襲撃とは別物だと考えてる。組織が関わってるかもまだ分からねぇな。……こんなもんかな、オレは」
「ありがとうございます、出水さん」
蒼貞はため息と共に席に付き、次に榊さんが立ち上がった。
「次は私ですかね。本部に一番近い支部ではありますが、特に異常はありません。私共の支部はともかく、本部に所属する能力者の数は多い。敵も迂闊に手を出せないのかもしれませんな」
「もしくは、まだ手を出していないだけかもしれない……かもな」
「……ええ。私もその可能性を考えております、蒼貞さん」
榊さんは頷く。
今回は偶然か狙ってかは分からないが私の支部が狙われた。その間に他の支部も襲われたのかと危惧していたが、どうやら大丈夫らしい。
「次はアタシね。アタシは基本的に根無し草だから支部とか持っていないけど、とりあえず今回の襲撃による負傷者の手当てはなんとか完了したわ。おかげで一週間くらい眠れてないけれど」
「大丈夫なのか? 生明」
「アタシの体の事は知ってんでしょ、燎子。多少体が重いくらいよ」
「……そうだったな、助かる。私の支部の仲間も随分と世話になった」
「数人増えた所で問題無いわ。ま、どうしてもって言うなら今度、飯でも奢んなさい?」
「フフ、分かったよ」
生明は得意気に笑う。
━━全員の話が終わったのを確認し、仕切り直すように加島は咳をした。
「こほん。皆さん、近況報告ありがとうございます。では、今後の話をしましょうか。……と言っても、現状維持しか無いと本部長は仰っておりましたが」
「はぁ? そりゃ呑気ってもんだろ、加島さんよ」
と、蒼貞が加島に噛みつく。同意だが……加島に言っても仕方ないだろう。あくまでメッセンジャーでしか無いからな。
「蒼貞さんの意見も分かります。でも、未だに組織が何処からやって来るかも分かりませんからね。まさに神出鬼没……捕まえた組織のメンバーに尋問しても、知らないという答えばかりで埒が空きません」
「自白を強要する能力者とかいなかったっけ? そういう人に話をさせたらどうなの?」
「勿論、それも考えました生明さん。ですが、何処の支部にもそういった能力者はいませんでした。なので罪を犯し、牢に入っている能力者の誰かから協力を仰げないか検討中です。罪人の中にそういった能力者がいるのかはまだ不明ですが……」
「なるほどね。長くなりそうだわ」
生明はため息と共に、椅子に深く腰掛けた。
すると、蒼貞が手を上げる。
「━━なら、一つ提案するぜ。『異世界』の調査を進めねぇか?」
「!」
異世界。その単語に全員が反応した。
「異世界って……アンタの支部の近くにある、あの?」
「あぁ、生明。ちょっとずつ調査を進めてはいたが……組織の動きが活発になった今、ちょいちょい探索してる時間はねぇだろ? 一気にやっちまおうぜ」
「確か、能力者が作り出した空間が、いくつか折り重なって出来たであろう異空間の事でしたか? あまりに広く、調査に時間が掛かるという」
榊さんの言葉に蒼貞は頷く。アナザーの事は知っていたが、空間が重なっているというのは初耳だな。
「あぁ。そんで、行方不明の能力者や感染した人間が多い理由に関わってるとオレは睨んでる。……最悪、組織の根城がある可能性すらあるな」
「…………私は、アリだと思う。あの異空間は私も気になっていた」
マイペースな蒼貞とはいつも話が合わなかった。だが、今回ばかりは同意見だ。あの空間をいつまでも野放しにするのは危険すぎる。一刻も早く調査すべき……と。
蒼貞は私が賛成したことに驚いた後、笑った。
「珍しいじゃねぇか焔。てな訳だ、進めても良いか? 皆」
全員に呼び掛け、しばらく沈黙が続く。
そして、その沈黙を破ったのは加島だった。
「良いと思います。本部長からも、今後の動きについては皆さんにある程度任せると言われていたので。情報規制等は私共の方で行っていきます。支部の皆さんはお手数ですが……素性を今まで以上に隠して仕事をして頂けると幸いです」
「了解。じゃ、決まりだな?」
本部長の代理である加島が認めた以上、文句はない。蒼貞の提案はすんなりと通っていった。
*
「よ、焔」
「ん? あぁ、蒼貞か」
全員が解散した後、帰路につく私に蒼貞が声を掛けてきた。
「今回の調査に、お前の支部から何人か貸してくれねぇか?」
「私の支部から、か? 何故だ」
「一つは、こっちの支部は戦闘向きな能力者ばっかで調査に向いてる奴がいない事。遠坂は他の仕事させてるしな。もう一つは……お前がこの間話してたあのレイラって新入りが気になるからよ」
と話す。調査に向いている能力者……アキラか。彼女の鼻は調査に向いているし、戦闘もやれる。確かに今回の件では適任だろう。
そしてレイラ、か。理由は分かるが。
「アキラの能力が欲しいのは分かる。だが、レイラは……出来ればまだ難しい任務に行かせたくはないな」
「あぁ、アイツの進化が気になるんだろ? むしろ、だからこそ貸してほしいんだがな」
「……まさか、目覚めさせるつもりか?」
嫌な予感がし、蒼貞を問い詰める。
「お前も変なことを言うな? むしろ何故目覚めさせない? 戦力が増えるのは良いことだろ?」
「それは分かる。が、進化のデメリットは蒼貞が一番知っている筈だ。進化により人格が歪んでしまい、支部から失踪したメンバーを出した蒼貞なら」
「……アイツは残念だったさ。でも、組織の動きが活発になった今、手段を選ぶ時間があるのかよ? 敵もどんどん強くなる、オレ達だけでどうこう出来る範疇だって越えてくるかもしれねぇんだぞ?」
「……!」
脳裏に、私と戦った組織のメンバーが甦る。三人がかりとは言え、かなりのダメージを貰った戦いだ。
これから先、あれ以上に厳しい戦いを強いられる可能性は高い。
「実際に会ったことはねぇが、そのレイラって奴なら乗り越えられると思うぜ。この短期間でお前やうちの遠坂にも気に入られてるくらいだからな。大丈夫だ、なんとかして見せるからよ」
「……」
「今回の調査にはオレともう一人も参加する。万が一レイラが暴走しても、絶対に止めてやる。だから、信じてくれよ」
蒼貞は本気のようだ。その思いを、無下には出来ないか。
「分かった。ならば蒼貞が不在の間、そちらの支部を私が代わりに指揮をしよう。私の支部からも近いしね」
「ああ、助かるよ。雑用は遠坂に投げてくれりゃあ大体なんとかなるからよ」
「……もう少し遠坂を労ってやれ。彼は優秀だぞ?」
「優秀だからだよ。信頼してんだぜ? これでも」
「全く……」
それじゃ、と言い残し蒼貞は帰っていった。
さて、私も帰るとしよう。これからに備えなければ。
二章始まりです。よろしくお願いします。




