第三十八話 終戦、三
「━━ん……」
ふと目が覚めると、目の前に暗闇が広がっていた。
ここは何処だ?
「気付いたか、レイラ」
状況が読めない中、背後から声がし振り向くと……そこには俺が立っていた。
「な……!?」
「安心しろ、ここはお前の意識の中だ。現実じゃない」
と、俺の姿をした何かが喋る。夢ってことか……?
俺らしき何かは無から椅子を作り出すと、そこに座った。
「お前は……誰だ?」
「見れば分かるだろ。お前だよ。月星レイラだ。正確に言えば……そうだな、お前のもう一つの顔って所かな」
そう話す。もう一つの……顔……?
「どういう事だよ、俺は夏希が目の前で倒れて、その後の記憶が……」
「あぁ、そのタイミングで俺が目覚めたからな。俺という名の欲がさ」
「欲……?」
あぁ、と俺らしき男は頷く。
「覚えてねぇなら思い出させてやるよ。そら」
「!」
するとそいつの背後にあった闇に映像が映し出された。
それは、俺が空童を完膚なきまでに痛め付けている様と……見覚えのない能力が映っていた。
戸惑う俺を見ながら、男は更に話す。
「俺の能力、『絶望の手』で空童を倒した。お前が余りにも不甲斐なかったんでな」
「ど、どういう事だよ! 能力者に能力は一つだけって一色さんが……」
「あぁ、一つだよ。この能力も、お前の能力の延長線上にある物だ。全く別の性質を持つ同じ能力だ」
「くそっ、わけわかんねーよ!」
知らない話がいくつも出てくる。訳が分からない。
「ま、今はどうでもいい。問題は、だ。レイラ」
すると男は立ち上がり、手を前に翳した。
「何だよ、何のつもりだ?」
「構えな。お前の能力と俺の能力をぶつける」
「何でそんなこと……」
「思い知らせるためだ。お前という存在の無力さを」
その言葉に苛立ち、同じように構えた。
「後悔するなよ、偽物が!」
「さて、どっちが偽物かな」
息を吸い、能力を発動させる。この男の顔面を殴るイメージと共に。
「『勇気の』━━」
「━━『絶望の』」
「━━『手』!!」
「『手』」
俺からは白い拳が、相手からは赤黒い拳が放たれた。互いの拳がぶつかると同時に、俺の手だけが風船を割るかのようにあっさりと壊されていく。
「な!?」
そして、赤黒い拳が俺にぶつかる寸前で止まる。
嫌な汗が全身を伝う。
「……俺の能力は、手で触れた能力を消す。それに加えて自在に操れる。お前が出せる能力の完全上位互換だ」
「く……」
男は再び座り、鋭い目付きで俺を睨んだ。
「これは俺の能力だがお前の能力でもある。でも、今のお前じゃ使うに値しない代物だ。いつでも引き出せるが……中途半端に使おうとするならお前の人格を乗っ取るからな。今度は体を返さねぇ」
「なんだと?」
「さっきの映像を見ただろう。あの時のお前は、俺という欲が操っていた。そうじゃなきゃこの能力は使えなかったからな」
……話が分かってきた。さっきの能力は俺の可能性だ。そして、生半可な気持ちで発動させれば、こいつに体を乗っ取られる。
原理は知らないが、そういう事か。
「……どうすれば、使いこなせる?」
「使い方なんてたった一つさ。━━欲を飼い慣らせ。お前の奥底に眠る俺を受け入れ、手足のように操れ。最も、今のままじゃまだ駄目だ。能力についてもっと深く知らないとな」
「どうやって?」
更に質問していくと、男は呆れたようにため息をついた。
「お前は聞いてばかりだな。両親に恥じない人間になりたいんだろ? なら、ちょっとは自分で考えろ。つーかお前も俺も同じレイラだ、お前が知らないことを教えることなんて出来ねぇよ」
「ぐ……そうかよ」
「あぁ。精々頑張りな。テキトーに能力を使おうとすればマジでその体乗っ取るからな」
悪態をつく男。腹が立つ……が、同時に感謝する。
まだ、俺には可能性があるんだ。さっきの力を使いこなせれば、組織とも戦えるだろう。
「そろそろ、だな。レイラ、お目覚めの時間だぜ」
すると男は立ち上がり、上を見る。俺も見上げてみると、天井から光が漏れ出していた。
「じゃあな、俺よ。今度は不甲斐ない姿を見せるんじゃねぇぞ」
「言われなくても」
「はっ……またな」
*
「ッ!」
体を勢い良く起こし、呆けた意識を整えていく。
今、見ていたものは……夢? いや違う、現実だろう。先程まで曖昧だった空童との戦いが、鮮明に思い出せたからだ。
「ここ、は……?」
周りを見てみると、どうやら病室のようだ。カーテンに四方を囲まれているが、腕には点滴らしき物が繋がれていた。
体が、恐ろしく重い。俺、何時間寝ていたんだ?
「起きたわね、レイラ」
すると、カーテンが勢い良く開かれ……そこには小柄な白衣の女性が立っていた。
金髪のツインテールで、少々気がキツそうな印象を受けた。随分若く見えるが……看護師なのか?
「えっと……」
「アタシは生明 命音。感染者専用の医者よ。ま、今日は例外だけれど」
「生明……」
自己紹介されるも、全く知らない。
というか医者だって? 俺よりも年下に見えるのにか。
「今後も何回か関わるでしょ。後は燎子にでも聞いて頂戴。それよりも」
すると生明は俺が着ていた病院服を上半身だけ脱がし、俺の体をまじまじと見詰めた。
「ちょ!?」
「ふむ、治ったみたいね。ま、三日も寝りゃ治るわよね」
「え、三日も!? 三日も寝てたんですか俺!?」
「るっっさいわね、診療所で騒ぐんじゃないわよ!!」
「ッッ!!」
と、物凄い剣幕で叱られた。生明だって騒いでるじゃないか。
「さて、簡単な報告をさせてもらうわね。色々と気になることが多いでしょ?」
「え、ええ、まぁ」
懐から書類を取り出し、俺が寝た後どうなったのかを話し始めた。
*
「━━報告は以上よ」
「……ありがとう、ございます……」
数分間に及ぶ報告内容を聞き、様々な感情が渦巻いていた。
一般人に多数の死傷者、捉えた傭兵や組織のメンバー、後始末に奔走する支部の皆や黒子、そして。
「夏希は、どうなるんですか?」
俺の質問に、生明は目を伏せた。
「分からない、としか言えないわね。出血によるショックで意識はまだ戻らない。身体は私の能力で治したけれど……最悪、植物状態になるかもしれないわ」
「っ……」
俺を庇って、致命傷を受けた夏希。能力による治療を施し、死の危険は去ったらしいが、この三日間でまだ意識は戻らない。
今は病院に場所を移し、療養中らしい。
俺が不甲斐ないばかりに。
「俺が、悪いんです。俺が負けたから……」
「……泣き言かしら? この世界に足を入れたのはレイラ本人の意思だと聞いてるわ。自分の大切な人に危害が及ぶ可能性は考慮してなかったと?」
「それは……」
厳しい言葉を投げ掛けてくる生明。だが、反論は出来ない。その通りだからだ。
俺にはまだ、覚悟が足りなかったのか。
「辛いでしょう、この世界は。アタシも能力を使って何人も治して来たけれど、この手からいくつもの命が零れ落ちたわ。最愛の人や妻、子供を殺された人達も何人も見てきた。レイラはまだマシな方よ」
「マシ……マシだって? 幼馴染みが、植物状態にされてマシだって言うんですか!?」
思わず激昂し、生明に食って掛かってしまう。
が、逆に胸ぐらを捕まれ壁に押し当てられてしまった。
「ええそうよ。だって、貴方も彼女も生きているもの。両方失った人達に比べてしまえばね」
「く……!」
やがて生明が手を離し、乱れた白衣を直した。
「レイラ。彼女を守れなかった事を一生後悔しなさい。決して忘れないように。そして」
「二度とこんな事が起きないように、強くなりなさい。この世界に足を踏み入れた者の義務……強くなければ自分の正義は通せない。それが、能力者の世界よ」
「━━!」
確かに、そうかもしれない。
胸が高鳴る。
「……夏希さんはアタシが見ておくから、レイラは少しリハビリをしたら皆の手伝いに行きなさい。立ち止まってる暇なんて無いわよ」
少しだけ流れていた涙を拭い、生明の顔を真っ直ぐ見詰める。
そうだ、止まってはいられない。この先も、戦いは続くんだ。
「はい!」
夏希、少しだけ待っていてくれ。
お前が身を呈して守ってくれたこの命、決して無駄にはしない。
必ず。
一章ラストです。
ここまでお付き合い頂けた皆様、まことにありがとうございます。
これからも頑張って続けていきますので、応援よろしくお願いいたします。




