第三十七話 終戦、二
「はぁ……はぁ……!」
雨を浴びながら、近くを見渡して路地へと身を隠す。
……追って来なくなったわね。
「おい、マドカ……大丈夫かよ?」
「るっさい、あんたが無様に負けるからこんなことになったのよ……!」
「そりゃ悪かった。が、お前だって負けてんだろ?」
「ぐ……」
安全を確認した後、鋼と共に座る。
間一髪だったわね。あの二人が経験不足で助かったわ。あのままじゃ、私達二人とも捕まっていたから。
「ともあれ、助かった。流石はマドカだな」
「……逃げるのだけは得意だったからね、昔から」
他愛ない会話で、少しだけ昔のことが過る。
親もなく、頼る宛がない私は盗みで命を繋いでいた。時には捕まり、何度も何度も死にかけた。
能力に目覚め、組織に入るまでは。
「そうか。……どうするよ、これから」
「当然、アジトに戻るわ。私の能力の仕組みからして、一気に移動するのは今は無理だけど、少しずつなら行けるから。追手に見つからないようにさえすれば、ね」
ダメージを受けた分だけ瞬間移動出来る距離が減り、最使用出来る時間も延びてしまう能力。
なるべく能力は温存しておきたい所だわ。
「移動するわよ。鋼、立てる?」
私よりもダメージが多そうな鋼を気に掛けるが、鋼はいとも簡単に立ち上がった。
「おうよ。伊達に鍛えてねぇ」
「……ふふ、タフね。じゃ、行くわよ」
移動しようとした瞬間。私達の背後に気配がした。
「見付けた。お前たちだな?」
「━━━━! 『空間旅行』ッ!!」
気配の正体を確認し、咄嗟に鋼に触れ近くのビルの屋上へと移動する。
いつの間に……というか、あの男って━━!
「おいおい、さっきの男は……!」
「ええ。出水 蒼貞……焔に並ぶ実力者ね。大量の傭兵で足止めしたって話だけど」
「ああ、やっぱ足止めだったのか。おかげで随分と手間取ったよ」
逃げたにも関わらず、またしても蒼貞は背後に立っていた。
深い青色の長髪……間違いない。焔と並び、まともに戦ってはいけないと組織内で忠告されていた男だ。
「部下が頑張ってたのに、オレだけ手柄なしは流石に駄目だろう? お前たちを捕まえるくらいはしないとな」
「……随分と、舐めてくれるじゃねぇかよ。傭兵はどうした、撒いたのか?」
能力の最使用まで時間を稼ぐためか、鋼は蒼貞に話し掛けた。
蒼貞は呆気に取られたような表情を浮かべた後、笑った。
「いや? 全員捕まえたよ。焔と違って、捕まえるのは得意だしな」
「捕まえた……だと? 三十人くらいでお前の足止めをさせてたのにか?」
「ああ。ザコが何人いても同じだろ。むしろ逃げた奴を追い掛けるのに時間を喰っちまった。別件で用事もあったしな」
「……!」
噂通り、かしら。
傭兵一人一人の実力はそこまで強くはない。でも、人数が揃えば格上を倒せる可能性がある。だからこそ人数を揃えたのに、それをモノともしないって言うの?
……というかさっきから、何でコイツは私達に追い付ける? 上ってきたには速すぎる。まさか、コイツもテレポートを?
「そういうワケで、大人しく捕まってくれよ。手荒な真似は嫌いじゃないが、怪我人を痛め付けるのは趣味じゃないんだ」
「……く……」
蒼貞は上着のポケットに両手を突っ込んだまま、そう話し掛けてきた。
一見隙だらけに見えるけど……その気迫はただ者じゃない。
下手に動けない、どうする……?
「マドカ」
「……?」
すると、ハガネが小声で喋り出した。私にだけ聞こえるように。
「俺が時間を稼ぐ。お前は逃げろ」
「な……!? 無茶よ、その怪我じゃ!」
「分かってる、だから俺が残るんじゃねぇか。俺を連れたままじゃコイツからは逃げられない。足手まといになってる俺を置いていけって言ってんだよ」
「……」
確かに、私の能力はあくまで一人で使うもの。
私が触れている人間も一緒に瞬間移動は出来るものの、最大移動距離が落ちてしまう。
それに私の能力は貴重だと皆から言われてきた。組織としては、私が捕まらない方が良いんだろう。でも……。
「頼むぜ。大丈夫だ、一分くらいは稼いでやる。奴がどうやって俺達を追いかけてるのは分からねぇが……このまま二人で固まって動くよりはマシだろ。リスクは承知だが……ほんの少しの可能性に賭けようぜ?」
「……博打、って事ね。……分かったわよ……」
腹を括るしかない。そう思いながら、鋼の肩を叩いた。
「……任せたわ、相棒」
「応、任しとけ」
……残り数秒で瞬間移動出来る。外だと簡単に追い付かれた。なら、室内か? なんにせよ試すしかないわね。
「蒼貞さんよ、俺とタイマン張ってくれや」
「ほう? そのデカい斧……そうか、お前が遠坂と闘ったっていう鋼か」
どうやらあの分身男と知り合いの様で、興味深そうに鋼を見ていた。
「分かった、相手になってやる。女の為に体を張る男は嫌いじゃないぞ」
「……けっ、バレバレかよ。良いのか?」
「お前の覚悟に免じて、だ。ただし、お前は必ず捕まえる」
「そうかい、そりゃどうも」
……どうやら、蒼貞は鋼の覚悟を認めて私が逃げることを許すつもりらしい。随分と余裕ね、後々後悔させてやるわ。
「気張れよ、鋼。お前があんまり情けない戦いを見せようもんなら……そっちの女も捕まえてやるからな?」
「おおよ。胸を借りるぜ……蒼貞ァ!」
雄叫びを上げ、鋼は蒼貞へと襲い掛かる。
それを見て、私は能力を発動させた。
「……またね、鋼。いつかまた会いましょう」
そう言い残し、私は瞬間移動した。
顔は好みじゃないけれど、あんたは良い男だったわよ。
*
「……う……」
━━ここは、何処だ?
レイラと戦って、殴られてから意識を失って……。それから、どうなった?
立ち上がって周りを見てみると、どうやらここは使われてない工場の様だ。埃臭さがほのかに香っている。
そして、遠巻きに二人の男女が立っていた。
「起きましたか、空童君」
「……あんたは、確か……」
女の方がこちらへと歩いてくる。セミロングの銀髪で紺色のスーツ……見覚えがある。
「ええ。リーダーの秘書で加集 華凛と申します。貴方を回収するようにと、リーダーからの命令で来ました」
「……なるほど、父さんの指示か。ありがとう、加集さん」
そうか、父さんが僕を案じて助けてくれたんだな。
……レイラに言われた言葉をずっと気にしていた。でも、やっぱり僕は特別なんだ。ざまあみろ。
「でも、なんでこんな廃工場に? そのまま僕を本拠地に連れていけば良かったのに」
「ああ、それは」
と、加集は僕の肩に手を触れた。
瞬間、とてつもない悪寒を感じて思い切り後ろへと跳んだ。
「……何の……つもりだ……!」
「すみません、言葉足らずでしたね」
加集はこちらを見下すような冷たい視線を向けながらにこりと笑う。
「貴方ではなく、貴方の能力を回収するようにと言われたのでした。能力名は『円削』でしたっけ? あれほど強力な能力を持ちながら焔や蒼貞でもない支部の連中に負けるなど、宝の持ち腐れですので」
「何だと……!?」
どういう事だ。父さんが、そんなことを指示するなんて。
それに、能力の回収ってなんだよ……!
「そういう訳で、貴方は用済みです。ここで死んでください」
「……話は父さんから詳しく聞くとして。僕に勝つつもりかい? たった二人でさァ!」
「ええ。ですが、一つ訂正をば。二人ではなく、私一人でです」
嘲笑を浮かべた後、加集はこちらに手を向けた。
上等だ、お前も芸術品にしてやる!
「『円削』! 死ね……?」
こちらも能力を発動させた……が。
出ない。発動出来ない。何故、だ。僕の能力は僕の体調に関係なく発動出来る。それなのに、なんで……。
「ふふ、どうしましたか? 能力が出ませんか? お手本をお見せしますね」
瞬間、加集は能力を発動させた。しかも、見覚えがある能力を。
「『円削』」
「━━━━」
透明な球体は、僕の胸を正確に貫いた。
息が、出来ない。体が、まともに動かない。その場に倒れてしまう。
「な、んで……」
「ふむ、良い能力ですね。少々お借りします。貴方が使うよりは私の方が使いこなせるでしょうし」
「か、かえ……せ……」
能力を、奪われた……のか。
許さない。それは、僕の……僕の唯一の存在価値だ……父さんにも、誉められた……。
「さようなら、空童。貴方は、最後まで空っぽな童でしたね」
薄れ行く意識の中。最後に見た光景は、加集の笑顔だった。
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