第三十一話 銃と剛、五
「うらぁッ!」
「ふっ!」
疲れすら見せず、鋼はオレへと何度も斧を振り下ろしてくる。こちらが何度撃とうが、ダメージを全く気にせず立ち向かってきやがる。
つまりはノーガードだ。攻撃に必要な筋肉のみを強化し、一定の場所に留まらず動き続ける。
一見無謀にも見える戦い方が、逆に鋼を守っていた。
「ちっ。痛くねぇのかよ、この野郎」
「まぁまぁ痛いぜ? んなことどうでもいいが……なっ!!」
随分と楽しそうに笑いながら、鋼は攻撃を続けてきた。
考えてみりゃ、感染者の肉体で極限まで身体を鍛えてるんだ。能力を使うまでもなく頑丈になるわな。多少のダメージは入るが、このままじゃジリ貧だ。どうすっかね。
「良いねぇ、楽しくなってきた。今のお前のが俺ァ好きだぜ!」
「けっ、男に好かれても嬉しくねーよ」
「はは、だろうな! そんじゃ……もっと強くいくぜぇ?」
軽口を叩きながら、鋼は動きを止める。その隙にリロードを完了させ、コピーを二体だけ出して構える。
鋼は薄ら笑いを浮かべながら右手で斧を肩に乗せ、腰を深く深く下ろしていく。
……ビリビリ来やがる。銃を撃ちたくとも、異様な迫力に圧されて迂闊に動けねぇ。
「ふぅぅぅ……っ!!」
右腕から肩にかけて、筋肉がみるみる膨張していく。
丸太よりも太く大きくなった右腕を上げ、左の手の平をこちらへと向ける。さながら、照準を向けたって所か。上等だ。
「━━粉々になれや! 『地裂波断』!!」
斧がそのまま振り下ろされ、刃先が地面へと触れた。
その瞬間。まるで爆発音の様な音が辺り一面に拡がり……地面は巨大な隕石が衝突したかの如く陥没した。そして、その衝撃がこちらへと来る一瞬。オレは死を感じた。
不味い。このまま受けたら不味い。オレなんてちっぽけな存在なんぞミンチになっちまう。
そう思った瞬間、咄嗟にコピーを二体とも動かしてオレ本体を遠くへと投げさせた。
「ぐっ……!」
乱暴に吹っ飛ばされたので地面を転がってしまうが、眼前に拡がる光景を見て、判断は正しかったと確信した。
「上手いこと、避けたな。正解だぜ」
「がはっ……!」
コピーが一瞬にして二体とも破壊され、身体中に激痛とダメージが響き血を吐き出してしまう。二体同時に破壊されると、ここまでのダメージが来るのか……!
十体どころか、五体くらい倒されりゃぶっ倒れそうだな。
……そんなことよりも、だ。なんだ、あの威力。クレーターが出来た事にも驚いたが、斧による斬撃の跡がまるで地割れみたいになってやがる。
直撃すりゃ真っ二つ。直撃しなくとも、近くにいれば身体が吹き飛ぶ。そう確信出来るほどの威力だ。
「クク、驚いて声も出ねぇか?」
「……あぁ、吃驚だ。筋肉を強化するだけの能力でよくもまぁここまで鍛えたもんだ」
本心からそう答えた。
鋼の能力は筋力の操作と強化。つまり、元々の肉体の強さに依存する能力だ。身体能力を向上させる能力は散々見てきたが……ここまでの威力を出せる人間は初めて見た。
戦いに身を投じ続け、それに応えるように身体を鍛え続けた結果か。敵とはいえ、その狂気じみた努力は驚嘆に値する。
「戦いに勝つために身体を鍛える……当たり前だろ? 全力で取り組んでこそ趣味ってもんだ」
「……趣味、ね」
だが、この男はここで止めないといけない。
無関係の人間をも巻き込んで戦い続けることを趣味などとほざく人間を野放しにはしておけない。
前言撤回……だな。鋼とオレは違う。オレは、無関係の人間を巻き込んでまで戦うなんてごめんだからな。
戦うことは好きさ。でも、戦いの後に訪れる平和が好きなんだ。どんなに青臭いと蒼貞さんにバカにされても、それだけは譲れねぇ。
「鋼。やっぱりオレとお前は分かり合えねぇよ。残念だ」
「へぇ? そうかい。ま、敵と馴れ合うのもここまでって話だな。……さぁ、来やがれ。てめぇのコピーを全部ぶっ潰して、真っ二つに斬ってやるからよ!」
鋼は斧を構え、こちらが動くのを待っていた。
……オレが今出せるコピーは残り二体。忍足さんの所に五体、レイラの所に一体付けてるからな。
こんな事なら他の人数を割いてでも……いや、よそう。結果論だな。
背中に装備してある秘密兵器に触れながら、思考を巡らせる。
これをぶちこめば、恐らく倒せる。が、懐に潜り込むにはリスクが高すぎる。狙うなら背後だが……どうやって回り込むか。
いや、一つだけチャンスがあるな。だが……タイミングが合わなければ死ぬかもしれん。
覚悟を決めるとしよう。
「……鋼よ。どうやら、決着を付ける時が来たみてぇだな」
「あァ。ま、俺の勝ちで終わるだろうがな」
「さて、どうかな?」
ニヒルに笑って見せるが、内心はビビっちまってる。刹那の狂いも許されない、最初で最後のチャンスだ。
勝負は一瞬だ。決めて見せる。
「━━行くぜ!」
「来い!」
全力で前へと走る。あろうことか、鋼の正面へと。
常識的に考えれば、斧で斬られてお陀仏だ。それでも、走る。
勝ちへの最短距離を目指して。
「ぬぅ……っっ!!」
鋼はまたしても力を溜め、腕がみるみる肥大化していく。またアレが来る。このまま避けなければ確実に死ぬ。
見極めろ、見極めろ。奴の斧がオレへと振り下ろされる、その瞬間の僅かな隙を。
「死に……やがれ! 『地裂波断』ッッ!!」
そして、その時が来た。
凄まじい速度で振り下ろされる斧を、オレはまるでスローモーションの様に目で捉えていた。
……走馬灯かもな。そんな下らないことを考えながら、コピー一体を背後へと出現させ
「━━ここだ」
後先考えず、思い切りオレの背中を蹴り飛ばした。
飛ばされた勢いはオレの全速力を優に超え、振り下ろされる斧を避けながら鋼の股をすり抜けた。
「何だと!?」
鋼は咄嗟に振り向こうとするが、もう遅い。
オレは残りのコピーを出し、背中にある散弾銃を取り出した。
「王手、だぜ」
「くそがっ!!」
そのまま引き金を引き、通常よりも遥かに威力のある散弾銃を炸裂させた。
鋼の背中をズタズタに撃ち抜き、鋼は血を吐き出した。
「ガッ……は……!」
巨体が音を立てて崩れ落ち……同時に、オレも膝を付く。ボロボロになった散弾銃を捨て、溜め息をついた。一回撃つだけで壊れちまうほどの威力。でも、用意しといて良かったな。
「はぁ……ぐぅ……! はは、は……キッツい……ぜ……」
オレも同じように血を吐き出し、朦朧とする意識を何とか奮い起たせた。
コピーを三体も殺られちまった……全く、ズタボロだな。
でも、気を失う訳にはいかない。オレが気絶すればコピーが消えちまう。まだ、戦いは終わってねぇんだ。寝てられるかよ。
「……く、そ……負けた……か……」
「おいおい、まだ生きてるのかよ……タフな野郎だな……」
鋼は倒れたまま、囁いていた。
あの一瞬で能力を発動させ、背中を守ったのか? 凄いな。
「終わりだ、終わり。まだ生きてるなら、組織について洗いざらい喋って貰うぜ?」
「……ケッ……」
諦めた様に、鋼は苦笑いを浮かべていた。
「遠阪!」
ふと前を見ると、忍足さんとオレのコピーがこちらへと走っていた。
他の場所も何とかなったんだな。良かった。
焔さんは大丈夫だとして。後は……迅の所か。
「頼んだぜ……お前ら」
空を仰ぎながら大の字に倒れる。あぁ、やっぱ戦いは良いな。
オレみたいなバカが、生きてる意味を実感出来るんだから。




