第三十話 銃と剛、四
「……しぶ……といのよ……!」
「はっ……はっ……!」
何度も攻撃を受け、全身に痛みと疲れが止めどなく溢れてくる。なのに、僕の体はまだ動けていた。
自分でも不思議なくらいに。
「本来ならとっくに倒れててもおかしくないのに……何で動けんのよ……! 愛の力とでも言うのかしら……?」
「はは……知らないね。……疲れたのなら、アンタが諦めろ……!」
震える手で武器を握り、穂先を速川へと向ける。
速川を気絶させ、静の能力で速川のみを包む。そうすれば捕らえられる筈だ。
仲間達が他所で戦ってるんだ。そんな時に、この女を野放しには出来ない……!
僕がやるんだ……!
「お断りよ。……もういいわ、そんなに死にたいのなら……お望み通り」
瞬間。速川の姿が目の前から消えた。
「━━さっさと殺してやる!」
「ぐぁ!!」
速川は背後に現れ、僕の背中を切り裂く。
「誠……!」
膜の外側で、静は泣きそうな顔をしながら戦いの様子を見ていた。心配させちゃってるのは分かってる。でも、今こいつを倒さないと駄目なんだ。どうか、耐えてくれ……!
「っはぁ!」
「くっ!」
背後にいる速川へと槍を振るが、速川は後ろへと下がってそれを避けた。
……そこで、違和感に気が付いた。
何故速川はテレポート能力があると言うのに、後ろへとわざわざ下がったんだ?
もう一度テレポートをし、攻撃を仕掛けている最中の僕に不意打ちをすれば良いだけの話じゃないか? ……まさか。
「逃が……すかっ!」
「鬱陶しい……!」
続けざま攻撃を繰り出すと、またしても速川は能力を使わず攻撃を避けた。やっぱりだ。もしかすると、速川のテレポート能力は……!
疲れた体で思考を巡らせていく。考えろ。この情報は大きなアドバンテージになる。場の状況、速川の能力の隙。その二つを使えば、勝ちへの道が見える筈だ。
「……まだ、動けるのね。でも、そろそろ限界じゃないかしら? 気付いてるかは分からないけど、出血量も恐らく致死量に近いわよ? 何処までその気力が続くかしらね?」
「分かって……るさ。だからって……諦めるつもりはない……!」
「ちっ! 本当に、鬱陶しいわ……!」
実際、速川から余裕も消えている。今、この状況の何らかの要素が速川にとってマイナスに働いているのだろう。
余裕の無さがその証拠。ダメージだけ見れば速川のが幾分か優勢な筈なのに、焦っているのは相手の方だ。
戦いが長引いている事か、僕の攻撃でダメージが入っていることのどっちかが焦りの原因だとは思うけど……それはどうでもいい。
僕が考えるべき事は、このチャンスを逃さないことの一点のみだ。
「フー……」
深呼吸をし、荒くなった呼吸を整える。
僕がやることは一つだけ。攻めて攻めて攻めまくるんだ。速川に落ち着く隙を与えない。そして、速川が次にテレポートを使うのを待つ。
ただ、速川の近接戦闘における技術は思った以上に高い。攻めの手は緩めるわけには行かないが、前のめりになりすぎないように気を付けよう。
槍という武器を生かすんだ。リーチの差と上がった身体能力で……相手の行動パターンを殺げば良い!
「せぇあ!!」
「この……クソガキ……!!」
ある程度の距離を保ったまま、槍を連続して突き立てる。速川はテレポートを使わず、基本的な体術で槍を受け流す。
まだだ、まだ……!
「はぁっ!!」
一気に槍を引き、今度は足下を狙い横に凪ぎ払う。
「ふっ!」
が、速川は軽く跳んでそれを避けた。そして着地と同時に距離を縮めに掛かる。
くそ、あれだけの猛攻もものともしないか……! なら、次の策だ。
僕はその場から一歩下がり、背後を気にしながら再び槍を構えた。
「バカね、今更下がった所で━━!」
「……なら、もっと寄ってこい! 出来るのならね」
速川は更に近寄ろうとするが、僕の背後にあるものに気が付いて足を止めた。そう、膜だ。
もし速川がこのまま攻撃を仕掛けていたら、僕はそれを横に避けるだけで反撃が出来る。膜によるカウンターによって。
「くそ、殺りにくい……!」
悪態を付きながら、速川は攻めきれずにいた。
静がいなかったら確実に負けていたな……。そう思えるほど、速川は強い。
だからもし、僕の狙いが外れれば……このまま負けてしまうだろう。
「フッ!」
「くっ!」
また槍を何度も突き立て、速川はギリギリの所で避けていく。
狙いを外さないために、速川をもっと追い詰めるんだ。判断能力を落とし、安易な勝ち筋に誘い出せ。
準備はもう出来ているんだろ? 使ってこい……!
「らぁっ!!」
一歩一歩、少しずつ前に進みながら攻撃を続けていく。反撃を貰わないように、なおかつ余裕を与えないように、それでいて隙を作るように。
僕の背後に一人分のスペースが出来た瞬間、速川は大きく後ろへと下がっていく。
「……必死ね。反撃をされたくないのが丸見えよ?」
「……」
「ま、気持ちは分かるわ。貴方、次にまともな攻撃を喰らえば倒れるような怪我だものね。能力に目覚めたての人間としては、よくやったと褒めてあげるわ」
速川は気味の悪い笑顔を浮かべながら、ナイフを前へと構える。
……来る、な。
「ご褒美に、一撃で楽にしてあげる。じっとしてなさい」
そして、速川はついにテレポートを発動させた。
狙うのは恐らく僕の胸か首。さっきの様子見の攻撃とは違い、必ず仕留めに来るだろう。
一秒にも満たない刹那の中、僕は勢いよく後ろへと振り返り
「ぐぁっ……!」
「なっ!?」
槍を捨て、空いた手を首の前へと翳して突き立てられたナイフを手の平に貫通させて受け止めた。
激しい激痛と共に、狙いが上手く行った事に安堵する。
これで━━トドメだ!!
「『シールドバッシュ』ッ!!」
「かはっ……!!?」
左手に持っていた盾で、勢いよく速川を吹き飛ばす。そして、すぐ背後にある膜へと激突し、血を吐き出した。
「━━━━」
更に膜による反射ダメージが速川の身体の中へと駆け巡り……速川はその場で倒れた。
ピクリとも動かなくなり、気を失ってることを確信する。
「ぜぇ……しず、か……頼む……」
「う、うん……!」
静へと合図を送り、膜が消え去る。
そして今度は速川だけを包む膜が張られ、僕は能力を解除した。
「誠っ!」
静が側へと近寄ってきて、慣れない手付きで僕の体に応急処置を施していく。不思議なことに、もう出血は止まりかけていた。僕の能力によるものだろうか。
「ふぅ……疲れた」
首か胸。あの時……もし手で守る位置を間違えていれば、間違いなく死んでいただろう。
最後の最後で大博打だったな、運が良かったとしか言いようがない。
「ねぇ、誠。なんでさっきの人がテレポートしてくるタイミングと位置が分かったの……?」
「あぁ、それは……僕がそう誘ったからだよ」
「誘った?」
僕は頷き、その場に座る。
「まず、あの人のテレポートは連続して行える物じゃない。一度使うと、少し時間を置かないと発動出来ないみたいだ」
連続して行えるのなら、敵に対して連続でテレポートを使い攻撃することが可能な筈だ。
なのに、わざわざ自分の足を使って攻撃を避けてた。予想でしかないけど、多分当たりだと思う。
「位置が分かったのは、速川が背後から攻撃しやすいように僕がわざと隙を作った。盾と槍を構えている僕に対して不意打ちしやすいのは背後のみ。それに加えて、膜と僕の間に人が入るスペースをわざと作ったんだよ」
じりじりと寄りながら攻撃をしたのは、スペースを作るため。僕が能力持ちに成り立てってのもあったから、わざと隙を作ったとは思わなかったんだろうな。
「す、凄いね……誠」
「我ながら頑張ったと思うよ、本当に……」
二人して息をつく。
まだ傭兵が何人もいる筈だけど、僕も静も動けない。どうするか。
「ん……?」
そう思いながら周りを見ると、傭兵の姿がかなり減っていることに気が付いた。何故だろう。
「━━遠阪、いるか!」
すると、背後から男の声が聞こえた。
そこにいたのは━━━━




