第二十九話 銃と剛、三
「━━自警団気取りの馬鹿かと思っていたが……中々どうして、強いじゃないか」
「ぐ……!」
三年前、僕は蒼貞さんに出会った。青いロングヘアが目立つ、背の高い男だった。
「能力は分身……いや、複製か。最大十体まで出せ、身体能力は本体と同じ。なるほど、良い能力だ。このまま腐らせておくには勿体ない」
あの頃の僕は、能力を持つ人間を襲っていた。理由は簡単、与えられた力を使いたかったからだ。
万能感に浸っていたんだろう。今となっては恥ずかしい思い出だ。後は……ちっぽけな正義感か?
「偉そうに分析してんじゃ……ねぇよ……! はぁ……!」
まだ十九だった僕は、大学に通いながらそんなことを何度も何度もやっていた。結果、支部に目を付けられ、パトロール中の蒼貞さんに出会った。
……いや、出会ってしまった。
「能力を使って能力者を襲う理由はなんだ? しかも犯罪を犯した能力者のみを。暴れたいだけなら、一般人を襲った方が返り討ちにされるリスクも無くなるだろ?」
「ふん、答える義理はねぇ」
戦いになったかって? いいや、全く。一方的にボコられただけだ。展開したコピー及び本体全て、彼の水に捕まえられてしまった。
僕が動けた時間は恐らく一分にも満たなかっただろう。瞬殺だ。
「まぁ、答えなくても良いがな。遠阪影人」
「て、てめぇ……なんでオレの名前を……!」
突如名前を呼ばれ、焦ったものだ。
「昔から正義感の強い男だった様だな。積極的に学校内でのイジメを止めに入っていたとか。先生や一部生徒から気に入られていたが……中学の頃、とある事件が起きた」
「や、やめろ……!」
こちらの様子を見ながらも、蒼貞さんは話を続けた。
「お前を気に入らなかったイジメグループは、お前の親友やペットを集団で襲い、勢い余って殺害した。グループは全員少年院へとぶちこまれたが……お前は深い心の傷を負う」
「く……!」
思い出したくないトラウマを掘り出され、当時の記憶が脳裏に浮かぶ。
僕が悪かったのか? 数の暴力という卑怯な真似を、止めようとしたのが間違いだったのか? あの日から蒼貞さんに会うまで、ずっと考えていた。
「それで今になって目覚めた能力が……よりにもよって数の力とはな。皮肉なものだ」
「うるせぇ! ペラペラと喋りやがって!」
いくら激昂しても、身動き一つ取れやしない。そんな自分が悔しかった。
でも、蒼貞さんはこう言った。
「数による力は、必ずしも悪ではない。お前が増やしたコピーの数だけ、人を救える能力だ」
「え……」
優しい声色で告げられたその言葉は、自分にとっては盲点だった。
「遠阪。お前、俺の下に付け。お前のそのバカ正直な正義感……上手く扱ってやる」
━━その日から、僕は変わった。行き場の無い正義感を、蒼貞さんは導いてくれた。
僕に与えられた、数の力。その能力を、やはり僕は正義の為に奮おう。
それが、蒼貞さんへの恩返しになると信じている。
*
「━━クソ、どうなってやがんだ……!」
コピー全てが銃を持っていたことがどうにも分からない様子で、鋼は撃たれた箇所を手で抑えていた。
僕の能力は、僕という人間のみを複製する……と、鋼は思っていたのだろう。間違いではないけど、当たりでもない。武器まで増やせないと予想していたんだろうな。
「なに、簡単なことさ。━━僕のコピーは全裸だったか?」
「……ちっ、なるほどな……!」
納得したようで、鋼は苦笑いを浮かべた。
僕の能力は僕のコピーを作る能力。だが、僕という人間のコピーを増やすのではない。能力を使う瞬間の僕をコピーする能力だ。
ただ人間を増やすだけならば、コピーは全裸で登場することになる。でも実際はそうじゃない。
使う瞬間に身に付けていた服や靴。そして所持している物ごと増えるというワケだ。
「理解したかい? アンタへの対策ってワケじゃ無いけどね、アンタと僕は致命的に相性が悪い。同時の攻撃や不意の一撃に弱いアンタじゃキツい相手だろ?」
「……ふん、違いねぇ。舐めていた事を謝るぜ」
すると鋼は、素直に謝った。律儀な奴だ、敵同士だってのに。
「謝罪なんかいらねぇさ。分かってくれりゃあ良い」
「そうかい。……んじゃ、続きといこうか?」
「おいおい、まだやるつもりか?」
だが、鋼から殺気は消えていない。それどころか、より一層闘志に火が付いているようだ。
「……しょぼい昔話だがよ。俺は昔、格闘家だったんだ。だが、表で行われる殴り合いじゃ全くやる気が出なくてね。そこで、イカれた成金共がケツ持ってた裏の殴り合いに参加してたんだ」
鋼は懐かしそうにほくそ笑む。
「ルールは無いに等しい。相手を殺しても良し、骨をぶち折ってから犯しても良し、飛び道具以外の武器を使用しても良しってな感じのトチ狂った試合ばっかでな。で、飛び道具だけが駄目な理由が試合が早く終わってつまらねェからだとよ。傑作だったぜ」
「……で、お前さんも負けて犯されたってか?」
「けっ、残念ながら全勝してたさ。入った当初はそりゃビビったぜ。俺より図体のデカい人間がチェーンソーぶん回して来るもんだからな。……だがある日突然、俺は能力に目覚めた」
自分の拳に力を込め、こちらにまで握る音が聞こえた。
「そっからは最悪だ。本来なら俺より強いであろう人間が、紙くずみてぇに吹っ飛んでいく。感染者からすりゃ、ただの人間なんて雑魚だからな。また俺は楽しめる場所を失い、さ迷ってたところを組織にスカウトされたってワケさ」
「……それだけかよ? 身構えて損したよ」
わざと挑発すると、鋼は心底楽しそうに笑った。
「だから、今この瞬間が最高に楽しいんだ。俺より強いかもしれない奴らと闘り合える、命を賭けた戦いがな。そんな最高の遊びを、俺が降りるわけねぇだろ?」
「━━━━!」
戦闘狂、か。昔の僕に少しだけ近いかもな。
気に入らない小悪党を倒して回っていた僕は、心のどこかで戦いそのものを楽しんでいた。
優秀な両親、恵まれた環境。そんな場所にいながら僕は能力を使って悪党を倒して回ることを望んだ。
あのまま過ごせば、自他共に認める優秀な人間になれていたかもしれないのにな。
僕は……いや、オレは戦いが楽しいんだ。恐らく蒼貞さんもそれを見抜いて支部に引き入れたんだろうな。
そんなら、楽しんでやるよ。……悪いな誠君達。後で必ず助ける。
でも、その前に……コイツとケリを着けてやる。
「さぁ、続きだ続き! お前も俺と同類なんだろ? 隠してたって分かるぜ!」
「━━くく、その通りだよ筋肉野郎。精々オレを楽しませろよ?」
銃を構え、後ろにコピーを三体展開する。
「行くぜ……鋼ェ!!」
「来やがれ……遠阪ァ!!」
男と男の咆哮が、広場に響き渡る。
擊鉄の音と斧が地面を擦る音が……辺りを包み込んでいた。




