第二十六話 紅蓮、四
「ぐ……」
今になって響いてきたダメージに耐えながら、その場で座り込む。
目の前には死んだ弓美の遺体。夥しい量の血溜まりが、弓美の体を浸していた。検死結果次第では、弓美が何処で産まれいつから組織に入ったのか割り出せるかもしれない。
貴重な手懸かりになる。
「……情けない。これほど傷を負うとはな」
全身に切り傷、手の平は矢が貫通した痕が残り、背中にはまだナイフが刺さったまま。
三人を相手取ったとは言え、らしくないダメージだ。まだ、休んではいられないと言うのに。
「━━おや、痛そうですね」
「!?」
咄嗟に背後から声を掛けられ、立ち上がって振り向いた。そこには、全身が白く中性的な顔立ちの男が立っていた。
「……貴方か。驚かさないでくれ」
「すみません。たまたま近くを通ったもので、声をお掛けしたのですよ」
飄々とした態度で話す男に、思わず溜め息をついてしまう。
たまたま、ね。よく言うよ。
「私の居場所など、常に知っているだろう? ヨシュア」
「まぁ、そういう契約ですしね」
「……で、何の用かな? 貴方が私の近くに現れるなんていつぶりだ?」
ヨシュアは顎を触りながら、微笑む。
「少しだけ、注意喚起をば。焔さん、貴女は圧倒的に勝たなくてはならないのですよ。分かっているのでしょう?」
「……嫌味でも言いに来たのか? そんなこと、私が一番理解しているよ」
「はは、すみません。……貴女の甘さは決して短所ではない。が、長所とも言えない。私が与えたその力は、貴女が甘さを捨てなければ使いこなせない物……でしょ?」
淡々と話し、ヨシュアはゆっくりと私の周りを歩く。
「五獣を炎で形作り、操る力。炎を自在に動かし、生命の全てを焼き尽くす圧倒的な火力。貴女に与えた『紅』の力はそんなものではない筈」
「……」
「勿論、無意味な殺傷をしろとは言いません。が、今の戦いは勝たなければいけなかった。そんな戦いですら甘さを捨てられないのなら……貴女の理想は叶いませんよ?」
事実だけを話され、ぐうの音も出ない。
そうだ。私は負ける訳にはいかない。何のためにこの力を得たという話だな。
「悪かった、ヨシュア」
「……ふぅ、説教しようとは思ってませんでしたがね。……私は貴女だからこそ力を与えたのです。死なれては困りますよ? 何より、美人がこの世から減るのは我慢なりませんからね」
「フフ、お世辞だな」
とぼけるように話すヨシュアに、思わず力が抜けた。
人ならざる者だと言うのに、やけに人間臭い奴だ。
「こほん。では、私はこれで。貴女と私は一心同体。直接手伝うことは出来ませんが……応援していますよ」
「ああ。ありがとう、ヨシュア」
素直に感謝を述べると、ヨシュアは優しく笑った。
「ええ。それでは」
ヨシュアは私に背を向け、瞬時に消え去った。
「……む」
その場で呆けていると、警察や救急車が続々と集結してきた。事情を詳しく説明しないとだな。
*
「では、遺体はこちらで運びます」
「頼みます」
警察官に話を付け、弓美が運ばれていく。
これからどうするか考えていると、警察官の一人がこちらを心配そうな顔で見つめ
「あの、貴女も治療した方が良いと思うんですが……」
「……あぁ、気にしないで下さい。我々は頑丈ですので」
「しかし……」
気にするなと返したものの、まだ心配していた。まぁ、こんなにダメージを受けていれば当然か。
再び断ろうと口を開いた瞬間、女性の声が聞こえてきた。
「━━ハイハイ、どいたどいた! この頑固女には普通に話したって聞いちゃくれないわよ」
「ちょっ! だ、誰ですか貴女は!」
警察官を押し退け、背の低い女性が私の前まで来た。淡い黄色のツインテールで、白衣を着ている。
……久々だな。
「アタシ? 生明 命音。能力者専用の医者よ。文句ある?」
「貴女が……し、失礼しました!」
「はーい、ごくろうさまー」
名前を聞くと、警察官は慌てて戻っていった。
相変わらずぶっきらぼうな性格だな。医者とはとても思えない。
「久しぶりだな、生明」
「そうね。しっかしまぁ、相変わらず頑固ね。三人を相手に一人で戦ってたのも、どーせアンタの我儘でしょ」
「まぁね」
素直に頷くと、生明は溜め息をついた。
「……アタシもアンタもただの感染者じゃないのよ? もうちょっと気を付けなさいよ」
「負けるつもりなど無いさ、手が足りないからここは私で対処しただけだよ」
生明も同じ第零世代だ。五人の内の一人ということになる。ゼロの中では最年少の二十歳……だったか?
「ま、何でもいいけど。……乗りなさい。アンタも治療するわよ」
「分かった」
「あら、素直ね。さっきまであの警察の提案を断ってたじゃない?」
「生明なら直ぐに治せるからね」
生明の能力は私ほど戦闘には向かないが、唯一無二のもの。
来てくれて本当に助かるな。
だが、当の生明はと言うと唖然とした表情をしていた。
「忘れたの? アタシが治したところでアンタは直ぐ戦線に戻ることは出来ないわよ?」
「……そう言えばそうだったな……むう」
完全に忘れていた。どうするか。だが、この怪我じゃ役に立てないかもしれないのは事実だ。
と、私が長考していると痺れを切らした様に生明が溜め息をついた。
「諦めなさい。アンタは何のために仲間を集めたのよ? こういう時に、頼るためでしょ。一人で出来ることは限られてんのよ。アタシ達がどれだけ強くても、無理なもんは無理なのよ」
「……しかし……」
「……はぁ。頑固さに磨きが掛かったわね。アンタのしているそれはね、仲間を侮辱する行為だと知りなさい。信用してないと取られてもおかしく無いわよ?」
「……」
歳下に宥められ、思わず息を付く。
やれやれ、私もまだまだ未熟だな。仲間を傷付けられ、思った以上に視野が狭まっているみたいだ。
「わかった。治療を頼むよ」
「それでいいのよ。じゃあ行くわよ。背中にナイフが刺さったままだし、負荷を掛けないよう座席に深く腰掛けないようにね」
「ああ」
用意された救急車に乗り込み、背中を気にしながら座る。
後は任せたよ、皆。




