第二十五話 紅蓮、三
「あ……ぅ……」
「え━━」
目の前で姉妹が撃たれ、風花と呼ばれていた少女は困惑していた。
私に能力無効化の薬を打ち込んだから油断していたのだろうな。強張って隙を見せなかった二人から隙が生まれた。
「あれ……私……撃たれ……?」
「音羽! 音羽!」
泣きそうな声を上げながら、虚ろな表情を浮かべる音羽とやらに呼び掛ける風花。
その光景に胸が痛む。確かにこの二人は敵だ。私の仲間を傷付け、罪のない人間を何人も殺してきたであろう悪党だ。
でも、それ以前に少女だ。その事実に胸が更に締め付けられる。
「……音羽、風花。作戦変更。風花は音羽を連れて戻れ。まだ間に合う」
「え……でも……弓美さんは……?」
弓美と呼ばれた女性はそう告げ、風花は驚きの表情を浮かべていた。
「私が殿となる。焔に能力無効化薬が聞かなかったことを仲間に伝えてくれ」
「だ、駄目です! 貴女でも焔に勝てっこない!」
「……自分で言ったことをもう忘れたのか? 私達が勝つ必要はない。組織として勝てばいいんだろう?」
「っ……!」
弓美は懐からクロスボウを構え、こちらに照準を向けた。
表情は真剣で、こちらにまで気迫が伝わる。成る程、文字通り命懸けか。
「さぁ行け。音羽が死んでもいいのか?」
「……了解……しました……!」
すると風花は音羽を抱え、その場から離れようと走った。
逃がすわけにはいかない。
「━━お前の相手は、この私だ!」
だが弓美はクロスボウの矢を放ち、それと同時に接近してくる。
矢は一度掠らせてから燃やせばいい。だが、何故寄ってくる? 能力が矢を必中させるという代物なら、ある程度距離を保ったほうが良い筈だが。
「見飽きたぞ!」
矢は手に掠らせ、ほぼ同時に火を放ち燃やす。
その隙に弓美は目の前まで接近しており、太もも辺りから光る何かを取り出す。
「はぁっ!」
取り出したのは小さなナイフで、こちらの首目掛けて振りかぶる。それを屈んで避け、一歩前へと踏み込む。
「甘い!」
右手に炎を込め、掌底打ちを放つ。しかし弓美は後ろへと下がりそれを避け、手に持っていたナイフを下へと勢いよく投げた。
得物を捨てた? ……いや、まさか……!
「何も考えず、接近戦に持ち込むと思ったか!」
投げられたナイフは有り得ない角度で曲がり、こちらへと飛んできた。
弓美の能力は、矢などの射撃武器のみに作用するのだと思い込んでいた。だが実際は違う。
恐らく投げた物や射った物。その全てが追尾してくるのか……!
「ちっ!」
ギリギリで顔を反らし、ナイフは頬を切って後ろへと飛んでいった。
お互いに下がり、弓美は再びクロスボウに矢を込めた。もしかすると、初めから今まで射撃に専念し、私に能力を勘違いさせた……そこまでがコイツの張った罠だったのか?
寄れば勝てるとこちらに思い込ませた、と。策士だな。
「避けたか。流石は支部のリーダー。甘くはないな」
「君もね。二人を逃がせるだけの実力はあるってワケだ」
悔しいが、弓美の思い通りに事を運ばれてしまった。もう、姉妹の姿は無い。まんまと逃がしてしまった。
追おうにも、弓美を直ぐに倒せるのかも微妙な所だ。先程の攻防で大体把握したが、攻めが前のめりじゃない。
一手一手が反撃を想定した動きであり、絶妙な距離を保ってくる。かなりの実力者だろうな。
「まぁな。……私は鋼ほど自惚れていないし、馬鹿じゃない。私の出来る範囲で貴様と戦う。勝てる可能性が低くとも、な」
「……一つ気になっていたが、何故そこまで自分を過小評価する?」
会話ついでに、気になっていたことを聞いた。
あの二人といい弓美といい、やけに自分を過小評価している。戦闘の勝敗は揺蕩うモノ。実力差、能力差はあるとは言え勝てる可能性はゼロじゃない。
だのに、三人共負ける前提で話をする。何故だ。
「何故? 不思議な事を聞くな。━━『第零世代』よ」
「!?」
嘲笑しながら言われた言葉に、思わず動揺してしまった。
確かに鋼も私達の存在は知っていた。だが、何故その呼び名を知っている。知っているのは、二桁にも及ばない数の人間だけなのに。
「驚いたか? 我々のリーダーはそれについても知っている。半信半疑だったが、薬が効かないのを見て確信した。先程の薬は感染者の能力を消すもの。だがお前は……能力者だが感染者じゃない、だろう? だから効かなかったんだ」
「……そこまで、知っていたのか」
感染者から能力を一時的に消す。
原理ははっきりと分からないが、私には効かないだろうと確信していた。私達と感染者では身体の構造が違うからだ。
「だから勝てない前提で戦っている。異次元の強さ、あまりに広い能力の応用力。どれも感染者ではまず行えないモノばかり。格の違いというやつだな」
諦めた様な言葉を述べるが、表情から絶望は見えない。
むしろ、吹っ切れたような顔だ。
「勝ちの目が少なければ諦めも付くというもの。理解したか? 化物が」
「……化物……か。そうなんだろうな」
化物。何度も言われてきた言葉だ。
親に、友に、敵に。腐るほど浴びせられた、どうしようもなく正しい呼び名。
支部の長として活動し、能力を使える仲間が増えても……真に化物と呼ばれる存在は私達五人だけなのだろう。
「……負けることが悔しくない訳じゃないがな。私は構わん、最終的に組織がお前に勝てればそれでいい」
「なるほど。あの二人も言っていたが……殊勝な事だ。だがそれも叶わんよ。私は組織が相手でも負けるつもりはないからね」
「くく、ムカつく女だ……!」
再び矢を放ち、同時に小さな刃物を飛ばしてくる。
矢を合わせて同時に三つ。捌けるか?
「む……!」
それぞれが当たった瞬間に的確に炎を噴出して燃やす。掠り傷とはいえ流石に面倒だ。それに、このまま受け続けるのはあまり良くない。出血による体力低下を狙っているかもしれないしな。
「役目は果たした。最後まで付き合って貰うぞ、焔ァ!!」
こちらが攻撃に対処したと同時にまたしても接近し、右手にある小型のナイフで斬り込んで来る。
左手でそれを受け流すと、その勢いを保ったまま後ろ手でナイフを投げた。本来ならここで攻めに転じるべきだが、受け流したナイフが手から離れた以上、深追いは厳禁……か。
思った以上に面倒だ。ならば。
「『地を這う炎』」
「ちっ!」
咄嗟に足元から炎を放ち、弓美は顔を腕で隠しながら後ろへ下がる。張り付かれるとナイフによる攻撃、能力による追尾で後手に回らされてしまう。
が、一度距離を空ければこちらの攻撃を入れる隙間が出来る。ここで決める━━!
「『紅蓮朱雀』! 舞え!」
飛んできたナイフを捌き、止めていた朱雀を動かす。弓美の背後から勢いよく迫り、私と朱雀で前後を挟む。
「くっ!」
「終わりだ、弓美!」
羽による攻撃をなんとか避ける弓美へと接近し、燃え盛る籠手で殴り付ける。
「がはっ!?」
放った拳は容易く胸を貫き、弓美は大量の血を吐き出す。
終わりだ。もう、助からない。
だが、弓美は笑った。
「く……くく……負けた、が……!」
力なく笑いながら、弓美は私の目を見る。
「━━ただでは、死ぬものか!!」
瞬間。背中に何かが突き刺さった。
「ぐ……! これ、は……!?」
刺さっていたのは、大振りのナイフだ。投げて、いたのか。
ダメージにより視界がぐらつき、膝を着く。この程度で死にはしない……が、予想以上に傷を負ってしまった。
だがそれでも、目の前の敵に抱いた感情は敬意だった。
「……見事」
既に事切れた弓美は、長としての責務を果たした。その事実が、自分の不甲斐なさを浮き彫りにしてしまう。
私も弓美のように命を賭け、仲間を助けることが出来るのだろうか。背中の痛みは、自分の心に弓美が話し掛けてきたように思えた。
━━お前の様な化物でも、仲間を守って死ねるのか? と。




