表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
欲望の感染者  作者: 影山 コウ
組織との戦い
25/104

第二十五話 紅蓮、三

「あ……ぅ……」

「え━━」


 目の前で姉妹が撃たれ、風花と呼ばれていた少女は困惑していた。

 私に能力無効化の薬を打ち込んだから油断していたのだろうな。強張って隙を見せなかった二人から隙が生まれた。


「あれ……私……撃たれ……?」

「音羽! 音羽!」


 泣きそうな声を上げながら、虚ろな表情を浮かべる音羽とやらに呼び掛ける風花。

 その光景に胸が痛む。確かにこの二人は敵だ。私の仲間を傷付け、罪のない人間を何人も殺してきたであろう悪党だ。

 でも、それ以前に少女だ。その事実に胸が更に締め付けられる。


「……音羽、風花。作戦変更。風花は音羽を連れて戻れ。まだ間に合う」

「え……でも……弓美さんは……?」


 弓美と呼ばれた女性はそう告げ、風花は驚きの表情を浮かべていた。


「私が殿(しんがり)となる。焔に能力無効化薬が聞かなかったことを仲間に伝えてくれ」

「だ、駄目です! 貴女でも焔に勝てっこない!」

「……自分で言ったことをもう忘れたのか? 私達が勝つ必要はない。組織として勝てばいいんだろう?」

「っ……!」


 弓美は懐からクロスボウを構え、こちらに照準を向けた。

 表情は真剣で、こちらにまで気迫が伝わる。成る程、文字通り命懸けか。


「さぁ行け。音羽が死んでもいいのか?」

「……了解……しました……!」


 すると風花は音羽を抱え、その場から離れようと走った。

 逃がすわけにはいかない。


「━━お前の相手は、この私だ!」


 だが弓美はクロスボウの矢を放ち、それと同時に接近してくる。

 矢は一度掠らせてから燃やせばいい。だが、何故寄ってくる? 能力が矢を必中させるという代物なら、ある程度距離を保ったほうが良い筈だが。


「見飽きたぞ!」


 矢は手に掠らせ、ほぼ同時に火を放ち燃やす。

 その隙に弓美は目の前まで接近しており、太もも辺りから光る何かを取り出す。


「はぁっ!」


 取り出したのは小さなナイフで、こちらの首目掛けて振りかぶる。それを屈んで避け、一歩前へと踏み込む。


「甘い!」


 右手に炎を込め、掌底(しょうてい)打ちを放つ。しかし弓美は後ろへと下がりそれを避け、手に持っていたナイフを下へと勢いよく投げた。

 得物を捨てた? ……いや、まさか……!


「何も考えず、接近戦に持ち込むと思ったか!」


 投げられたナイフは有り得ない角度で曲がり、こちらへと飛んできた。

 弓美の能力は、矢などの射撃武器のみに作用するのだと思い込んでいた。だが実際は違う。

 恐らく投げた物や射った物。その全てが追尾してくるのか……!


「ちっ!」


 ギリギリで顔を反らし、ナイフは頬を切って後ろへと飛んでいった。

 お互いに下がり、弓美は再びクロスボウに矢を込めた。もしかすると、初めから今まで射撃に専念し、私に能力を勘違いさせた……そこまでがコイツの張った罠だったのか?

 寄れば勝てるとこちらに思い込ませた、と。策士だな。


「避けたか。流石は支部のリーダー。甘くはないな」

「君もね。二人を逃がせるだけの実力はあるってワケだ」


 悔しいが、弓美の思い通りに事を運ばれてしまった。もう、姉妹の姿は無い。まんまと逃がしてしまった。

 追おうにも、弓美を直ぐに倒せるのかも微妙な所だ。先程の攻防で大体把握したが、攻めが前のめりじゃない。

 一手一手が反撃を想定した動きであり、絶妙な距離を保ってくる。かなりの実力者だろうな。


「まぁな。……私は鋼ほど自惚れていないし、馬鹿じゃない。私の出来る範囲で貴様と戦う。勝てる可能性が低くとも、な」

「……一つ気になっていたが、何故そこまで自分を過小評価する?」


 会話ついでに、気になっていたことを聞いた。

 あの二人といい弓美といい、やけに自分を過小評価している。戦闘の勝敗は揺蕩(たゆた)うモノ。実力差、能力差はあるとは言え勝てる可能性はゼロじゃない。

 だのに、三人共負ける前提で話をする。何故だ。


「何故? 不思議な事を聞くな。━━『第零世代(ゼロ)』よ」

「!?」


 嘲笑しながら言われた言葉に、思わず動揺してしまった。

 確かに鋼も私達の存在は知っていた。だが、何故その呼び名を知っている。知っているのは、二桁にも及ばない数の人間だけなのに。


「驚いたか? 我々のリーダーはそれについても知っている。半信半疑だったが、薬が効かないのを見て確信した。先程の薬は()()()の能力を消すもの。だがお前は……()()()()()()()()()()()()、だろう? だから効かなかったんだ」

「……そこまで、知っていたのか」


 感染者から能力を一時的に消す。

 原理ははっきりと分からないが、私には効かないだろうと確信していた。()()と感染者では身体の構造が違うからだ。


「だから勝てない前提で戦っている。異次元の強さ、あまりに広い能力の応用力。どれも感染者ではまず行えないモノばかり。格の違いというやつだな」


 諦めた様な言葉を述べるが、表情から絶望は見えない。

 むしろ、吹っ切れたような顔だ。


「勝ちの目が少なければ諦めも付くというもの。理解したか? 化物が」

「……化物……か。そうなんだろうな」


 化物。何度も言われてきた言葉だ。

 親に、友に、敵に。腐るほど浴びせられた、どうしようもなく正しい呼び名。

 支部の長として活動し、能力を使える仲間が増えても……真に化物と呼ばれる存在は私達五人だけなのだろう。


「……負けることが悔しくない訳じゃないがな。私は構わん、最終的に組織がお前に勝てればそれでいい」

「なるほど。あの二人も言っていたが……殊勝な事だ。だがそれも叶わんよ。私は組織が相手でも負けるつもりはないからね」

「くく、ムカつく女だ……!」


 再び矢を放ち、同時に小さな刃物を飛ばしてくる。

 矢を合わせて同時に三つ。捌けるか?


「む……!」


 それぞれが当たった瞬間に的確に炎を噴出して燃やす。掠り傷とはいえ流石に面倒だ。それに、このまま受け続けるのはあまり良くない。出血による体力低下を狙っているかもしれないしな。


「役目は果たした。最後まで付き合って貰うぞ、焔ァ!!」


 こちらが攻撃に対処したと同時にまたしても接近し、右手にある小型のナイフで斬り込んで来る。

 左手でそれを受け流すと、その勢いを保ったまま後ろ手でナイフを投げた。本来ならここで攻めに転じるべきだが、受け流したナイフが手から離れた以上、深追いは厳禁……か。

 思った以上に面倒だ。ならば。


「『地を這う炎(クレイモア)』」

「ちっ!」


 咄嗟に足元から炎を放ち、弓美は顔を腕で隠しながら後ろへ下がる。張り付かれるとナイフによる攻撃、能力による追尾で後手に回らされてしまう。

 が、一度距離を空ければこちらの攻撃を入れる隙間が出来る。ここで決める━━!


「『紅蓮朱雀(ぐれんすざく)』! 舞え!」


 飛んできたナイフを捌き、止めていた朱雀を動かす。弓美の背後から勢いよく迫り、私と朱雀で前後を挟む。


「くっ!」

「終わりだ、弓美!」


 羽による攻撃をなんとか避ける弓美へと接近し、燃え盛る籠手で殴り付ける。


「がはっ!?」


 放った拳は容易く胸を貫き、弓美は大量の血を吐き出す。

 終わりだ。もう、助からない。


 だが、弓美は笑った。


「く……くく……負けた、が……!」


 力なく笑いながら、弓美は私の目を見る。


「━━ただでは、死ぬものか!!」


 瞬間。背中に何かが突き刺さった。


「ぐ……! これ、は……!?」


 刺さっていたのは、大振りのナイフだ。投げて、いたのか。

 ダメージにより視界がぐらつき、膝を着く。この程度で死にはしない……が、予想以上に傷を負ってしまった。


 だがそれでも、目の前の敵に抱いた感情は敬意だった。


「……見事」


 既に事切れた弓美は、長としての責務を果たした。その事実が、自分の不甲斐なさを浮き彫りにしてしまう。

 私も弓美のように命を賭け、仲間を助けることが出来るのだろうか。背中の痛みは、自分の心に弓美が話し掛けてきたように思えた。



 ━━お前の様な化物でも、仲間を守って死ねるのか? と。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ