第二十三話 紅蓮、一
「━━音羽! 無事か?」
「なんとかねー! いやーヤバイでしょあの人!」
音羽と共に後ろへ下がり、前にいる焔を睨む。
炎で作られた巨大な鳥と虎を自在に操り、的確にこちらを攻め立ててくる。こんな、ふざけた事があってたまるか。
「『紅蓮白虎』。奴等を追え。朱雀もだ」
またしても虎が動き出し、猛スピードでこちらへと走ってくる。虎が走った場所は焼け、ただ近付いてくるだけでも皮膚が焼けそうな温度だ。
鳥も縦横無尽に飛び回り、一発一発が銃弾以上は威力がありそうな羽を何度も飛ばしてくる。
風を操れば羽は防げるが、今度は虎の攻撃が防げない。触れただけで地面を焼く爪など喰らえば、腕くらい簡単に焼け落ちるだろうな。
私達は先手を取った。作戦通りに事を運び、この場所へと焔を誘き寄せた。弓美さんの射程に入れ、誰がどう見ても私達が有利の筈だ。
なのに、何故私達が圧されている……!!
「……射程とやらは、一度離れても意味がないようだな。だが、無駄だ。もう慣れた」
不意に放たれた矢を見て、焔は手を差し出す。矢が焔の体を貫こうと追尾してくるが……その途中で手を矢に掠らせた。
掠らせたと同時に炎を滾らせ、矢を焼き尽くす。
この短時間でもう、弓美さんの『見敵必中』に対処したって言うのか……クソッ!
「さて。一つ提案をさせてもらうよ」
すると焔は人差し指を立て、虎と鳥の動きを止めた。
「提案……だと?」
「ああ。三人共、投降しろ。今なら命までは取らない。断るならばこのまま殺す。実力の差は良くわかっただろう? 三人を相手にして、殺さず捕らえられる程私は器用じゃないしね」
淡々とそう話し、鋭い目付きでこちらを睨む。
仲間を傷付けた事に対する怒りは無くなっていないのだろうな。あくまでこの提案は支部のリーダーとしての発言という訳だ。
「━━断る」
「ほう? そこまでして、組織に忠誠を誓うというのか」
答えなど、聞かれるまでもない。
ここに来た理由は無為に生き残る為じゃない。
「命など、元々捨てる覚悟で来た。このままでは焔に勝てないだろうという事も分かっていた」
「私を殺すつもりでは無かったのか? ……では聞くが、何故勝てないことを分かっていながら私に挑んだ?」
「決まっている」
焔の殺気が強くなる。それでも、躊躇わず睨み返す。
「我々は弓矢だ。一度放てば、戻りはしない矢だ。お前に少しでも痛みを与え━━組織として勝つためだ!!」
瞬時に音羽へと目配せをし、音羽は笑う。
ここからは全力だ、出し惜しみはしない!
「せっかくの提案、ごめんね焔さん! ふぅっ……!」
音羽は両耳を塞いで息を吸い、自分自身へと話し掛ける。
音羽のアレは、かなり体に負担が掛かる。だが……そう簡単に対処出来ないぞ。
「『爆音奏曲』!」
耳から手を離すと、音羽の体がミシミシと鈍い音をたてる。肉体を異常なまでに強化した。自己暗示によって。
「……シッ!」
「む……!」
音羽はすぐに走り出し、目にも止まらぬ速さで襲い掛かる虎と鳥をすり抜ける。
抜けた先にいた焔へと、跳び蹴りを仕掛けた。
「ぐ、この力は……!?」
「やぁ!!」
右腕でガードするものの、蹴りの威力に圧されて姿勢を崩す。更に音羽は追撃を加えるため、懐からナイフを取り出し袈裟に斬り付けた。
「ちっ!」
「浅いかぁ、やるね!」
だが焔はギリギリで躱し、肩を少し斬っただけだ。
あの速さにも対応するか、ならば!
「音羽! 援護する!」
「頼むよ!」
どうやら、あの虎達は焔本人がある程度の操作をしなければ動かない様だ。音羽が張り付いて攻撃を仕掛けている間はまともに動かせないだろう。今がチャンスというわけだ。
「『風を操る者』!」
風を操り、近くに落ちていた小石や鉄屑を浮かす。
「『炸裂風弾』!」
それを思い切り焔へと飛ばす。小石と言えど、猛スピードで飛ばせば銃弾と同じだ。
対応してみせろ!
「なるほど、良いコンビネーションだ。ならば私も、見せてやる」
焔は大きく離れ、自身の周りを青い炎で覆う。音羽は一度下がり、私の放った弾も炎に消されてしまった。
なんだ、あの炎は……? 私の風を浴びせても、揺らぎすらしない密度だ。
「『紅蓮青龍』、『纏』」
すると青い炎が焔の両腕へと集中していき……龍鱗の様な見た目の籠手へと変化していく。
青い炎を、腕に装備したとでも言うのか?
「なんだかよくわからないけど……それで何が変わったのさ!」
音羽はそれを気にも止めず、上段の蹴りを打ち込んだ。
焔は籠手でそれを防ぐと……今度は少しも体勢を崩さない。それどころか
「熱っ!?」
逆に音羽が後ろへと下がってしまう。音羽の足を見ると、バーナーで炙られたかのように足が焼け付いていた。
蹴り付けるその一瞬で、感染者の肉を焼いたというのか。
「この籠手は特別でね。私が操る炎の中で最も高温。触れるのは止めた方が良い」
「ならば、これはどう防ぐ! 『炸裂風弾』!」
再び小石等を浮かせ、先程よりも大量に飛ばす。所詮は籠手、両腕でこの量を防げるものか。
「……籠手ではあるが、これは炎でもある。はっ!」
すると焔は右腕を横に振り、カーテンの様に青い炎が吹き出した。高熱の炎は小石を空中で焼き付くし、焔は傷一つ付いてない。
私が飛ばすと同時に飛んできた矢も、籠手で簡単に払われてしまった。
いよいよ、万事休すか。くそっ。
「さて、もう終わりか? ならば宣言通り……殺してやろう。己が罪を悔いると良い」
「……はぁ、もう終わりかな。風花ちゃん!」
私が諦めかけていると、音羽はこちらへと向いて笑顔を浮かべた。
まさか。今、実行する気か。
「後は、頼んだよ」
「━━音羽っ!?」
音羽は私の制止を振り切り、全力を持って焔へと走る。
焔は構え、攻撃をしようとする音羽の右腕を掴んだ。肉の焼ける嫌な音と共に、音羽は苦痛の表情を見せた。
「くっ……あぁ……!」
「諦めろ」
「……諦める? はは、そんなものとっくに━━」
が、音羽は左手で注射器を取り出し
「━━私達は、経験してるんだよ!!」
勢い良く、突き立てた。




