第二十二話 開戦、三
「━━邪魔だ!」
「ぐあぁ!!」
押し寄せる傭兵を吹き飛ばし、梶さん、遠阪さんのコピーと共に全力で走っていく。
まだ、実家からは距離があるが……既に何人もの傭兵が住宅街を荒らしていた。嫌な予感もしてしまう。
クソッ、急がないと!
「レイラ! 気持ちは分かるが落ち着けよ!」
「落ち着いてなんていられません! もし、夏希や近所の人達が襲われたら……!」
宥められるが、それでも落ち着く事など出来ない。
あの悲劇を繰り返さない為に支部へ入ったんだ。止めなければ……!
「それでもだ! いいか、今回みたいな各地での襲撃は初めてなんだ! 何が起こるのか見当もつかねぇ有り様だ。一人で突っ走って殺られてみろ、それこそ被害が大きくなるんだ!」
「っ……!」
「迅の言う通りだよ。……さっき、本体の方で組織の奴と出会った。こっちにもいると見て間違いない。急ぐ足は止めなくても良いけど、慎重さを欠いてはダメだよ」
二人からそう言われ、頭を冷やす。
そうだ、確かにそうだ。もし俺がこんな所で殺されたら……それこそ何も出来やしない。
「……すいません、そうします」
「ふぅ、分かれば良い。……よし、まず住宅街の中央まで向かうぞ。傭兵がどれだけいるのかは分からねぇが、ここでバラけたらまずい。中央に行けば住宅街を見渡せる高台があった筈だ、そこを目指そう」
「高台……」
確か住宅街の中央には、古い風呂屋の煙突があった筈だ。そこを昇れば、街全てを見渡せる。
感染者は視力も強化されてる、遠くまで見えるだろう。
「目的地に着いたら俺が昇る。二人は下で待機してくれ」
「分かりました!」
「はいよ!」
作戦を決め、走る速度を速めていく。
凶悪犯が出たという情報を流したからか、住民の避難は殆ど済んだようだ。人の気配が全くない。
それでも、事情を知らない人が少し残っているかもしれない。まだ油断は出来ないな。
「━━見えた、あれだな」
走っていくと、かなりの高さがある煙突が見えた。それが見えた瞬間、梶さんは跳び、近くにある家の屋根へと昇る。
「屋根をちょいと傷付けちまいそうだが……勘弁な! 『武器職人』!」
そして、足下に武器を出現させ、その勢いで高く跳躍した。
この前の戦いでも使っていた技だけど、よく思い付いたなと感心してしまう。
武器の元になる物を踏み、武器に変化していく際に上へと武器が飛び出る。その勢いを利用したまま思い切り跳ぶ事で普通よりも大きく跳躍、または超スピードで間合いを詰める。
地面と足で物を挟むことで、武器が飛び出る向きを調節している訳だ。
「っと! ほんとに高いな」
梶さんは煙突の頂上で着地する。高さに驚きながらも、目を凝らして全体を見ていく。
暫くした後、来た方向とは真逆の向きを指差した。
「あっちだな、家がいくつも破壊されてる。にしても……なんだあの跡は……?」
「あの方角は……!」
クソッ、俺の家の近くだ! 嫌な予感が当たっちまった。
梶さんの話も気になるが、それは実際に現場に行って確認するしかないな……。
*
「━━━━」
問題の場所に着き、その光景を見た瞬間……言葉を失った。
夥しい血の跡、不気味なほど精巧な穴が空けられた遺体、形を保ったまま穴がいくつも空けられた家屋……そして。
その中心に立つ、白い髪の男。返り血で赤黒く染められた衣服がより一層、白色の髪を際立てていた。
「おや、いらっしゃい。支部の人達だよね?」
「てめぇ……これは全部、お前がやったのか」
穏やかな口調で話す白髪の男に、梶さんは怒りを露にして喋りかける。
俺も怒りで、頭がどうにかなりそうだ。
「質問に質問で返さないでよ……まぁいっか。うん、そうだよ? 警報が出てたのに、まぁまぁ人が残ってたよ。本当は全員、芸術品にしてあげようと思ったけどね……仕方無いかなぁ」
「芸術品、だと? テメェがやってる事はただの暴力による殺戮だろ。頭イカれてンのか」
「よく言われるよ、はは」
まるで何事もなかったかのように、男は笑みを浮かべる。
……ゴミのように並べられた、穴の空いた遺体。俺はこの遺体を、昔に見たことがある。
何人もの患者を救い、多くの人に慕われていた医者である父さん。
世界各地に飛び、救われない貧しい子供達を何人も助けてきた母さん。
その二人の、無惨な最後と同じだ。
「……お前に、聞きたいことがある」
「質問多いなぁ……良いけど、なに?」
一歩前に歩き、質問を投げ掛ける。
「月星 光、月星 真子。この名前に覚えはあるか?」
「月星……ふむ」
間の抜けた表情に更に怒りが募るが、回答を待つ。
そして、男は答えた。
「覚えてないや、誰かな?」
「━━」
覚えてないや。
その言葉を聞いた瞬間、自分の中で何かが切れた。普通に過ごしていれば、切れることなど無いようなナニカ。
許さない、絶対に……!
「……教えてやるよ。お前が殺した━━俺の両親の名前だ!! 『勇気の手』ッ!!!」
「!」
今まで抱いたことの無い、はち切れんばかりの怒りを込めて能力を放つ。
男の眼前に拳が迫り、男は少しだけ身構えた。
手に込めた命令は、相手を殺すこと。この拳は、相手を殺せるほどの威力が込められているのだろう。
しかし
「━━へぇ、面白い能力だな。ちょっとびっくりしたよ」
「!?」
確かに放たれた拳は、男に当たること無く消滅した。
何をされたのか、全く見えなかった。
「……梶さん、遠阪さん。見えましたか?」
二人は首を横に振る。
「何も見えなかった。それどころか……」
「梶と同じく。それに、あの男……少しも動いていなかったよ」
「少しも……?」
あの場から体一つ動かさず、俺の能力を防いだとでも?
能力の無効化……いや、それだとあの遺体の穴に説明が付かない。本当に、何をした?
「三人か、中々面白そうだね。っと、その前に自己紹介かな」
男は余裕の表情を浮かべたまま、自分の胸に手を当てた。
「僕の名前は空童。自由な芸術家さ。君たちには僕の作品になってもらうよ」
自己紹介を終えた男は笑い、それと同時に周囲の壁が抉られたように削られていく。
あれがアイツの能力……でも、そんなこと関係無い。
必ず殺す。殺すことで、俺は何かを失うとしても。
夏希を、友を。親切にしてくれた人達を守るために……俺は何にでもなってやる。
父さん、母さん。許してくれ。そしてどうか、見守ってくれ。
必ず、仇は取るから。




