第十七話 決戦間近、抱く決意
次の日、学校が終わったと同時に事務所へと向かった。
流石に制服のままだと不味いので一度家に帰って着替えを済ませた。もし制服のまま知り合いに見られたら、能力者であることがバレてしまう。
「遅くなりました」
「やぁ、レイラ。学校お疲れ様」
事務所に入ると、焔さんが立ったまま何枚かの書類を持っていた。他のメンバーも誠達以外は揃っていた。
「お疲れ様です、焔さん。……ところでアキラ、お前ここに来るの早くねぇか? 早退でもしたのか?」
ソファーで寝っ転がるアキラを見て思わず質問をした。同じ学校なのに、やけに早い気がする。
「早退はしてないよ。学校終わってすぐにここに来ただけさ。近道とか使ってね。レイラみたく一旦家に帰らなくても良いから、そりゃ早いさ」
「あー、そういやアキラはここに住んでるんだもんな」
「そゆこと。楽で良いよー? レイラもどう?」
「……いや、やめとくよ」
そう誘われるが、流石にダメだ。
女性ばかりというのもあるけど、夏希になんて言えば良いんだ。ただでさえ最近、ちょっと疑われてるっぽい視線を感じるしな。
静の件で骨を折った時も俺がテキトーにはぐらかしたから随分疑われた。感染者の身体だからか骨折は数日で完治したから、余計に不思議がられたものだ。
「さて、レイラも来たことだし今後について話すとしようか。まず、これを」
焔さんは全員に持っていた書類を配り奥の椅子に腰かけた。書類に目を通して見ると、そこには組織についてのおおまかな情報が綴られていた。
焔さんが会ったと言う二人組についてや、捕まえた組織関係者から聞き出した情報等だ。
後者に関しては、あまり有益な情報とは言えなかったが。金で雇われていただけみたいだな。
「私が出会った二人の男女。その二人だけは正式な組織のメンバーと見て良いだろうな」
「何故です? 姉さん。そいつらも傭兵の可能性だってあると思いますけど」
そう梶さんが聞くと、焔さんは首を横に振った。
「いや、あの二人は明らかに手練れだった。話を聞く以上、傭兵の連中とは格が違う。他の根拠を言うなら、その二人組だけは戦闘を目的として動いていないと言うこともある」
「え、でもリョーコは戦ったんでしょ?」
「ああ。だが、傭兵の口封じをしにきただけだと言っていた。それに加えて、静の件。戦うことを目的とした傭兵達と違い、あの二人だけは明確な目的……いや、野望めいた何かのために動いていたからだ。確信とまではいかないけれどね」
なるほど、と梶さんは頷く。
確かに。焔さんが直接戦って手練れと称する程の使い手。昨日俺達が戦った傭兵達とは一線を画すだろう。
今更ながら、そんな連中が何人もいるとなると……恐ろしい話だ。
俺の親を殺した犯人も、そのレベルなのか? 対峙したとして、俺じゃ手も足も出ないかもしれない……歯痒いな。
「……話は変わるが、昨日レイラ達が戦った傭兵。あの二人に迅太郎を狙う理由も聞いてきたよ」
焔さんは書類をテーブルに置き、腕を組む。
「━━偶然、だそうだ。迅太郎を襲った人間全てに聞いたから恐らく間違いない。組織のメンバーを無差別に襲うように命令されたらしい。一人でも倒したら、報酬は言い値で払うと言われてな」
「マジですか、勘違いしちゃいましたよ。……にしても、言い値とは。随分太っ腹ですね」
「そうだな。……大方、倒せるはずがないと思っての報酬かもしれないがな。真の目的は別にあるだろうが……宣戦布告のつもりかもしれないね。我々はお前達を狙っている、なんてね」
嘲笑と共に、焔さんはため息をつく。
いよいよ、と言った所か。
「黒子の要請は既に終えた。忍足さんも協力してくれている。そして、遠阪君も私達と共に行動してくれる」
「遠阪もですか? あいつ、案外暇なんじゃ……」
と梶さんが話した瞬間、事務所のドアが勢いよく開かれた。
「━━おいおい、好き放題言ってくれるじゃん! 迅!」
「げ……相変わらずやっかましい奴だな」
現れたのは黒のスーツに身を包んだ、黒髪の男だった。
にやけ面のまま、梶さんの肩を組む。
「やかましいとは心外だな? 僕は隠密行動のエキスパートだぜ?」
「エキスパートは自分のことエキスパートだなんて言わねぇよ。忍足サンを見習えよな」
「忍足さんを引き合いに出すのは卑怯だって! あの人忍者かってくらい静かだし!」
「えっと……この人が、遠阪さんですか?」
仲良さそうに話す二人を見て、思わず質問をする。
黒髪の男はこちらを見てニコッと笑った。すると、不意に背後から肩を叩かれる。
「そうだよ、僕が遠阪さ。遠阪 影人、二十二歳。宜しくね、レイラ君」
「えっ!?」
振り向くと、遠阪さんが立っていた。瞬間移動かと思ったが、梶さんの隣にも遠阪さんがいた。
俺が驚いていると、焔さんは苦笑いを浮かべ
「こら、脅かさないでくれよ。レイラ、彼の能力はコピー。遠阪君を十人まで増やすという能力なんだ」
「な、なるほど……驚きました」
そういうこと、と笑いながら遠阪さんは話した。凄い能力だな……。
近くで見ても、本物とコピーの見分けが付かない。自由に動かせるのなら、いくらでも使い方があるだろうな。
「てことで、暫くの間、こっちの支部のお手伝いをさせてもらいますね。あ、そうそう焔さん」
「なんだい?」
「蒼貞さんも手伝うみたいですよ。珍しくね」
「……そうか。助かるよ」
と、焔さんは謝意を述べた。その割には、怪訝そうな表情をしていたが。蒼貞さん……か。どんな人だろうか。
*
「ただい……ん?」
仕事を終えて帰宅し、玄関で靴を脱ごうとすると……見覚えのあるスニーカーが綺麗に並べて置いてあった。
夏希か。いつもなら俺が帰った後くらいに来るんだが、珍しいな。
応接間に入り、中を覗くと夏希が座っていた。テレビも付けず、ただ座っている。
「夏希。今日は早かったんだな」
「うん。まあね」
いつものように話し掛けると、心ここにあらずと言った具合に返事をした。
どこか、体調でも悪いのだろうか。
「……ね、レイラ。ちょっと良いかな?」
「ん?」
俺も椅子に腰掛けると、不意に夏希が口を開いた。
なんだろう、改まって。
「この動画、見てくれる?」
「動画……?」
何故か悪寒がして、背筋が少しひやりとした。
夏希は懐からスマホを取り出して、俺の前に横にして置く。開いていたのは大手動画サイトのようだ。
「━━え━━」
映っていたのは、この間に梶さんと共に敵と戦ったあの商店街だった。
しかも、背中しか見えていないが……俺と梶さんの姿があった。
撮られて、いたのか。
「この動画に映ってるの……レイラだよね?」
「……!」
夏希は真剣な眼差しで、こちらを見詰める。
とてもじゃないが、言い逃れ出来そうに無い。でも。
もし真実を話してしまったら……俺達はどうなってしまうのか。それが不安で、異常な程に喉が渇いてくる。
「それ、は……」
「お願い、答えてよ。ここ最近のレイラはおかしかった。その理由が、これなの?」
「う……」
更に問い詰めてくる夏希。もう駄目だ、話すしかない。
少しでも心を落ち着かせる為に息を吸い込み、俺は……全てを話すことにした。
*
「━━と、言うことだよ。ごめん、隠してて」
「……」
俺が体験してきた事を全て話すと、夏希は黙った。
俺が能力者だと知り、夏希はどう思うのだろう。あの時はきっと受け入れてくれると思っていたが、実際の所は分からない。
「はー……やっぱりそうだったかぁ。驚いたよ」
「えっ?」
意外にも夏希はため息と共に、笑った。
思っていた反応と違った為に困惑していると、夏希はいつもの調子で話を始めた。
「ごめんね? 驚かせちゃって。クラスでさ、この動画が流行ってて私がレイラに聞いてみなよって言われちゃってさぁ。そういう秘密を暴くような真似、本当は嫌だったけど……私自身も気になってたから聞いてみる事にしたんだ」
「そ、そうだったのか」
緊張を解くように、夏希は椅子にもたれ掛かる。
拍子抜け、と言うか……いつもの夏希に戻ったと言うべきか。
「本当に超能力ってあるんだねぇ。ねね、超能力見せてよ? やっぱり便利なの?」
「あ、ああ。良いけど、便利って程でも無いぞ」
見せてよとせがまれたので、適当に近くの椅子を能力で持ち上げて見せた。
夏希は目を丸くし、何故か拍手までしていた。
「す、すごいすごい! なにそのおっきい手! 良いなぁ、荷物とか運ぶとき便利そう」
「おいおい……能力はおいそれと他人に見せる物じゃ無いぞ? リーダーや先輩にも散々そう言われてるしな」
「あーそれはそっか。私は特に何も思わないけど、そりゃびっくりしちゃうよね」
と、緩い調子で話す夏希。
緊張した俺が馬鹿だったのかもしれない。そう思った。
「レイラ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「……!」
突然そう言われ、またしても体が固まってしまう。
「言ったでしょ? レイラにどんな事が起こっても、こうやって仲良く過ごしてるってさ。むしろ、私の方が心配だよ。レイラは他人の事で頑張りすぎちゃうからさ」
「そんな事……ないさ」
夏希は首を横に振る。
「いーや、あるね。子供の頃、私のおもちゃを取った上級生に立ち向かって、怪我したことあったじゃん。おもちゃは取り返せて嬉しかったけどさ、こっちはレイラが心配で心配で……」
「む、昔の話だろ。気に入らなかっただけだ」
昔の話をされて、思わず顔が熱くなる。
夏希はニコニコと笑っていたが、こっちは恥ずかしさでいっぱいだ。
「その仕事とやらを止めるつもりは無いけどさ。レイラの事を大切に思っているのは私以外にも沢山いるからね? 無茶だけはしないこと……約束してよね?」
「……ああ。分かったよ」
夏希は少しだけ、悲しそうな表情を見せていた。そんな顔をされたら、約束を守るしか無いじゃないか。
「よし! そんじゃ、ご飯作ったげる。どうせ食べてないんでしょ?」
「うん、助かるよ。……でも、どうせなら俺も手伝う」
「えー? レイラ料理へったくそじゃん?」
「なら教えてくれよ。覚えるからさ」
「あはは、良いよ。ただし、私はスパルタだからねー?」
「は、上等だ!」
いつもの様に、満面の笑みを浮かべる夏希。
この瞬間が続けば良いと、心の底から思った。
本当に、思ったんだ。




