第百三話 始まりの合図
「よぉ、クソジジィ」
聖戦で戦う三人がメンバーを決め、早くも三ヶ月が経過した。
今日は、聖戦の前に三人が話す最後の日である。
聖戦のルールにより、メンバーを決めた時点で聖戦のメンバーはお互いに戦うことが出来なくなる。無論、聖戦が始まるまでの話だが。
「おやおや、穏やかじゃありませんね」
「そりゃそうだろ。ルールがなけりゃ今すぐぶちのめしてやりたいくらいだ」
「……その辺りにしておけ、蒼貞。その怒りはまだ溜めておけよ。かく言う私も、我慢してるんだ」
「……チッ!」
蒼貞は舌打ちと深い溜め息をしたのち、用意されていた椅子へ乱暴に座る。
続けて焔と榊も椅子に腰掛けた。
「まぁまぁ、そんな邪険にしなくとも良いでしょう。目指すものは皆同じ、違いますか? 」
「ゴールは同じでも経過が全く違う。お前が思う平和は夥しい血が流れた上で成り立つ物だろう。断じて見過ごすわけにはいかないな」
「やれやれ、まだ勘違いしておられる。私だって争いはしたくありませんよ。ただ……躾には痛みが伴うモノでしょう? 弱いくせにウジャウジャと増えた人間共にきちんと躾をしなくてはいけませんから。それが、神に選ばれた私の使命です」
榊は笑顔を崩さずそう語った。
一見幼稚な野望だが、幼稚な願いだろうが叶ってしまうのが聖戦というものだ。
「……やっぱ、お前のことは1ミリも理解できねぇよ」
「同感だな」
故に、他の二人は冷や汗をかいていた。
━━絶対にコイツにだけは勝たせるわけには行かない。
焔と蒼貞の意見は一致し、より一層団結力が高まったと言えた。
「理解できなくても結構です。理解させる必要はありませんからね、聖戦に勝ちさえすれば。……とはいえ」
榊はわざとらしく溜め息を付き、用意されていたコーヒーを一口啜る。
「全員が己の正義を掲げ、自分とその陣営以外は全て敵であるべきなのに、どうやらお二人は結託してこちらをまず潰してやろうとお考えのようだ。やれやれ、卑怯とは思わないのですか?」
「生憎だが思わねぇな。身から出た錆だろ」
「右に同じ」
「全く、酷いお二方だ。……まぁでも、この際だからはっきり言いましょうか」
榊は身を乗りだし、邪悪な笑みを浮かべた。
「それでも勝つのは我々だ。挑発ではなく、確信です。時間は掛かりましたが、最高の戦力が整いました。お二方とその他大勢が掛かってこようと返り討ちにしてあげましょう。……ああ、それと焔さん」
榊はいつもの優しげな表情に戻ったものの、更に話を続けた。
「聖戦は必ずしも相手を殺す必要はありませんから、蒼貞さんはともかく焔さんは捕えて奴隷にでもするつもりです。私には理解できませんが……貴女の美貌はそそられるらしいのでね。第二の人生を楽しみにしておいてください」
「……やれやれ、趣味の悪い輩がいるものだ。貴方は死体愛好家でも飼っているのか?」
「ははは! 言えてますね」
笑顔を崩さない二人の殺気が辺りを包み込む。もしここに第三者がいたら、まるで標高の高い場所にいるような息苦しさを感じていただろう。
「━━はい、そこまで!」
パン、という乾いた音と共にヨシュアが現れた。
というより、姿を消していただけで始めからいたのだが。
「仲良くしろ、とまでは言いませんけど……もう殺し合いを始めそうだったので流石に口出ししました。ま、やる気があって何よりですケド」
「ヨシュア……すまない。つい、な」
「ヨシュアさん……焔さんの天使か。久々にお会いしましたね」
そうですね、とヨシュアは榊に笑い掛ける。
「では、本題に入らせていただきます。……とはいえ、ただの決意表明ですけどね。皆さんが聖戦に勝ち抜いた時、この世に何を望むかをお答えください。まずは蒼貞さんから」
今日この場で三人が集まった理由は、聖戦を始めるための最後の儀式が必要であったから。
三人がそれぞれ今後の世界に何を望むのか。それを今ここではっきりと宣言することで契約が成立する。
契約が完了すれば、聖戦から逃れることはできない。
「━━『区別』を望む。感染者と人間の居住区をはっきりと分けたい。感染者も人間だ、それは理解してる。……でも、どんな猛獣よりも危険な存在であることには変わらない。だからこそだ。お互いを守るためにも繋がると俺は思っている」
「なるほど、それが蒼貞さんの望みですね? お互いが安定して暮らせるようになるには途方もない時間が掛かりますが」
「良い。感染者が人間として暮らせるなら、それを見届けるのは俺じゃなくても構わない」
蒼貞の決意を聞き、ヨシュアは満足そうに頷いた。
「━━蒼貞さんの契約は完了致しました。いやぁ、ヴィラさんが蒼貞さんを好む理由が良く分かりました。真っ直ぐな方ですね、貴方は」
「誉めてもなにもでねぇぜ。水なら出せるが。……つーかよ、そのヴィラは何処にいやがるんだ?」
「彼女は聖戦の会場を見に行ってるそうですよ、他の天使もね。当日は貴方達の戦いを天使全員で観戦する予定です」
「そうか」
次に、と言いながらヨシュアは焔を見た。
「私は『共存』を求める。蒼貞と近い考えではあるが、人間と感染者が互いを尊重しあえる関係を築いていきたい。居住区等を明確に別けてしまうと、世代が移る度に互いの存在を嫌悪するようになってしまわないかが心配だからな」
「知らない、見えない相手には極端に攻撃的になってしまうのが人間というクズですからね。SNS等が良い例ですよ」
「……榊さん。貴方の言葉に頷くのは癪だが、概ねその通りだな。共存のために具体的にどうすればいいかはまだ定まってはいないが、まずは法の改定からだろうな」
「焔さんも貴女なりに先を見据えていますね。私も誇らしいですよ」
焔の宣言を聞き、ヨシュアは再び笑う。
蒼貞とは少し違うものの、両者共に目指す所は感染者と人間が共に生きられる世界だ。
故に、問題となるのは榊だった。
「次は私ですね。先程も似たようなことを話しましたが……感染者による人間の『支配』を望みます。明確に差を設け、特別優秀な人間以外は使い捨ての効く労働力として扱おうかと」
榊の宣言に、焔と蒼貞は苦い表情になる。
それとは裏腹にヨシュアは顔色一つ変えていない。
「なるほど。ちなみにどうしてそういう結論に?」
「単純な話、感染者のが有能だからですね。元が人間ですから知能が人間に劣ることもなく、それでいて異能を使える。優秀な存在が上に立つのは当然でしょう?」
「でも感染者の数は人間よりも圧倒的に少ないですよ? 上に立てますかね?」
ヨシュアの質問に、榊は愉快そうに笑う。
「━━立てますよ。必要なら人間を減らせばいい。管理しやすい数までね。諸々の心配事は聖戦に勝利すれば大抵のことは何とかなるんでしょう? なら、なんの問題も無いじゃないですか」
「なるほど、なるほど」
ヨシュアは頷く。
焔と蒼貞にとっては到底理解できない考え方だが、天使は特に問題視はしていなかった。
「……ヨシュア、本当に榊を候補に選んで良かったのか? 榊がもし勝利すれば、来るべく滅びよりも先に世界が消滅しかねないぞ」
「おや、心配ですか? 私としては榊さんの考え方も一つの答えだとは思いますよ。訪れる滅びがどういう物になるのかはまだわかりませんが、感染者の力が必要になる可能性は高いですから」
「正気か……?」
「ええ。……突き放すようで申し訳ないのですが、私共は世界さえ無事に続けばそれで良いのですよ。勿論、血が流れる数は少ない方が良いと思いますけどね」
「…………」
ヨシュアの飄々とした態度に、焔は何も言えなくなってしまった。
考え方が違う。価値観がまるで違う。天使に選ばれ、人間でも感染者でもなくなった焔達でも物事の考え方は人間そのものだ。
だが、天使は違う。何処までも俯瞰した視点であり、世界さえ無事であるなら経過はあまり気にしていない。
ある意味で、榊と近い思考回路だった。
「ありがとうございます! これで、三人共に契約が完了しました。あ、ちなみにですが生明さんと黒川さんは聖戦の運営側として働いて貰いますね。あの人達はだれが聖戦に勝とうとも、その勝者のサポートに回る予定です」
「承知している。……では、解散か?」
「ええ、構いませんよ。では聖戦の舞台は以前お伝えした通りで、今から一週後にスタートです」
「あぁ」
三人のゼロは立ち上がり、それぞれがその場から退出していく。
焔は歩いていく蒼貞と榊を見ながら、その背中を睨む。
「━━負けるつもりはないからな」
誰にも聞こえない小さな声で、決意を口にした。




