篇余り
「あ、どうも」
「・・・・・・」
入学式前、当然のように国語準備室にいた谷畑君に私は絶句する。
今は制服ではなくスーツを着ていたが、そんなものは些細なことだ。
あの卒業式の日の別れはいったい何だったのか。
そう思わずにはいられなかった。
「……あのー」
「……はっ、あまりのことに気を失いかけていたよ。そもそも君はどうしてここに?」
「えっと、話してませんでしたっけ? 私が今してるのって、教科書販売の営業なんですよ。私の実家って教育関連の会社で。だからとりあえず、先生にご挨拶を、と」
「そうだったのか……」
拍子抜けとはこのことだ。
私の身体全身から力が抜け、肩にどっと一度は取り払われた疲労が押し寄せる。
少なくとも、再び退屈とは無縁の教師生活になりそうだ。
「まあそんなわけで、これからは生徒ではなくサラリーマンとしてよろしくお願いします! 先生には未だ色々聞きたいことがあるので」
「ああ、お手柔らかに頼むよ」
かくして私と彼女の冬は終わり、予想だにしなかった春が訪れた。
この国語準備室でまたどんな暴論が飛び出すのか。
それは私にも分からない。
ただ、寂寥を感じる暇などない未来が待っていることだけは、容易に予想できた。
私は再びニヒルを装って珈琲を飲む。
内心の様々な動揺を隠すために。
「先生?」
「いや、なんでもないさ」
「ところで先生、先生があと30歳ぐらい若かったら私先生と付き合ってたかもしれませんよ」
「ぶふー!!!」
私は飲みかけの珈琲を全て吐き出す。
私と彼女の関係はまだまだ始まったばかりだった。
――了――