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第三篇 ブランコを揺らす手

 秋は誰もが詩人になる。


 それは枯れた国語教師である私も例外ではない。


 放課後の国語準備室の窓から見える、あと一枚だけ残った薄茶色い葉。もしここが病室なら、それが落ちた瞬間死が訪れる――そんなメランコリックな情景を連想させる最後の一葉だった。


 それを見た私も、どうしても一句ひねらなければ気が済まなくなった。

 1分ほど考えて、そこら辺に放置してあった不要なわら半紙の裏に、スラスラと鉛筆で書いていく。

 

  桐一葉 日当たりながら 落ちにけり


 うん、完全に盗作の上、あの葉っぱは桐ですらないな。おそらく桜で、上記の歌は高浜虚子作だ。


 私は改めて一句ひねってみる。盗作のまま終わっては、いくら何でも国語教師として格好がつかない。


 今度は完全オリジナルと決めていたため、完成するまで10分以上かかり、筆も簡単に動いてはくれなかった。

 その難産の末に生まれた句は――。


 ひらひらと 葉っぱが落ちて いきそうだ


「・・・・・・」


 自分のセンスのなさに絶望的な気分になる。

 漢字や文学作品を覚えるのは昔から得意だったが、こういう創作に関しては本当に褒められた記憶が無かった。

 両親でさえ、授業で作った詩を見せた際には、大変複雑そうな顔をしたものだ。


 この歳になり、本を読むようになっても相変わらずの凡庸で、小学生でも思いつきそうな句しか思いつかない。

 そのくせ、評価に関してはいっぱしに玄人気取りだから、我ながら手に負えない。


 そんなとき、凡庸とはほど遠い位置にいる教え子が、我が家のような気軽さで国語準備室に訪れる。


「先生、耳は良い方ですか?」

「出し抜けになんだい」

「えっと、今日先生の授業で詩をやったじゃないですか。ブランコがどうたらこうたら」

「ああ、中原中也のサーカスか。あれは当時の世相を詠ったような暗い雰囲気で、逆にそれが――」


「あ、そういうのは良いんで」

 意地でも最後まで言わせない教え子。

 いい加減私も怒っていいと思うのだが、多分叱ったところで柳に風だろう。


「なんか色々難しい言葉が出てくるんですけど、それは置いておいて重要なのはブランコですよ!」

「ブランコ?」

「そこだけはしっかり覚えてるんです、ゆあーん ゆよーん ゆやゆよんって」

「それがどうしたんだい?」

「いやおかしいですよ!」

 谷畑君は拳を握りながら語気を荒げて言った。


「鳴りませんって、そんな音!」


「・・・・・・」


 それは人それぞれだろうと声を大にして言いたい。

 だが言ったところでこちらも暖簾に腕押しは分かっているので、私は黙っていた。


「ちなみにこれが私が先ほどの公園から採取した、ブランコの動く音です。先生聞いてみてください」

 谷畑君は返事も聞かずに、スマートホンを私の耳に押し当てる。

 こんなおっさんに自分のスマートホンを触らせるとか普通いやがりそうだが、彼女の場合その素振りすら見せない。


 私は仕方なく音を聞いた。


「どうです!? 擬音で言ってみて下さい!」

「ぎーこ、ぎーこって感じだね」

「ですよね、私もそう思います!」

 谷畑君が力強く賛同する。


「いちおう、色々なパターンを試したんですよ。ブランコをゆっくり動かしたり早く動かしたり、一人で乗ったり二人で乗ったり三人で乗ったり。大量に油を差して、ちょっとやばい状態までもっていったりもしました。そんな中で1番スムーズに動いた音がそれです」

「これかあ……」

 残念ながら、絶対音感どころか人並み以下の音感しかない私には、その素晴らしさを理解することは出来なかった。

 尤も、彼女自身もその音の出来には不満のようだったが。


「まあ、最高でもこの程度なんですけどね。でも、その、中原さんが詩で書いてるからには、そう聞こえたと考えるべきですよね。当時のブランコは材質が今と違ったのか……それとも私のセンスが足りなすぎるのか……」

「まあ中原は昭和の初めに死んでるから、今のブランコと違うのは確実だね。というか、多分このブランコは公園にあるようなものじゃなくて、今で言う空中ブランコみたいなものだと思うよ。舞台はサーカスだし」


「それだ!」


 谷畑君が私を正面からびしっと指を差す。

 その態度は、本来教師にしていいものではなかったが、指摘したところで糠に釘は分かっていたので、私は黙って彼女の行動を見守った。


「そうですよ、綱にぶら下がっているきのブランコなら、そういう音がするかもしれないじゃないですか! ああ、これは盲点だった。平成に生まれた私の知識の少なさ故の盲点だった!」

 谷畑君が悲劇の主人公のような大仰な態度で嘆く。

 そんな彼女を見ながら、これが平成の人間かあと、昭和生まれの私は遠く思った。


「とりあえず先生、今から私興行していないサーカスを捜して、空中ブランコが揺れる音を採取してきます。それで中原中也と同じ体験をしてみたいと思います」

「そうか、頑張ってくれ」

 なぜ、と理由を聞けば面倒なことになりそうなので、私はそれだけ言った。


 しかしDNAレベルでお節介が刻まれている彼女は、聞きもしないのにその理由を話し始める。


「ちなみに何故そこまでするかというと、その音を聞けばこの私も中原中也レベルの詩人としての才能に目覚める、と思ったんですよ。いやあ、私国語の成績滅茶苦茶悪くて、思いっきり脚引っ張ってるんで。あ、この話は先生が1番詳しかったですね」

 そう言ってがはがはと笑う。

 そんな彼女から、私は一偏の情緒も感じ取れることが出来なかった。まあ所詮センスの欠片もない私の感想だが。


「それじゃあ行って――あれ、なにこれ?」

「それは――!」

 部屋から出て行く間際、谷畑君は私が書いたあのどうしようもない駄作を見つける。どうせ見つけるなら、虚子のやつにしてくれれば良かったのに。


 私の駄作を見た谷畑君は、しばらくその肩を振るわせていた。

 私のセンスの無い想像力では、これから彼女が何を言うのかさっぱり予測がつかない。

 そんな私を取り残してやおら紙を置くと、彼女は言った。


「この程度の句しか書けない人が私以外にもいたんですね! 自信が持てました! それじゃあ!」


「・・・・・・」


 私のプライドをずたずたに切り裂き、彼女は軽やかに部屋を出ていくのだった――。


 後日聞いた話によると、彼女は高性能集音マイクを使い空中ブランコの揺れる音を採取したそうだが、結局ゆあーん ゆよーん ゆやゆよんとは最後まで聞こえなかったそうだ。


 だが、その顔に落胆の色はなかったらしい……。

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