第八話 引き金を引く
Make Only Innocent Fantasyの三条海斗です。
つづいて第八話です。
ようやく初戦が終わりです。
それでは、どうぞ!
裕香にしばらく休むよう言われてから約一時間。
それなりに動けるようになったため、ゆっくりと立ち上がってみる。
支えがないとつらいが、動けないほどではなかった。
左肩は動かないところを見ると、やはり折れているか脱臼しているのだろう。
「大丈夫?」
「ああ、問題ない。松葉づえとか、なにか支えになるものをくれないか?」
俺がそういうと、裕香は俺の右手をとって自分の肩に回す。
「……ん?」
ちょうど肩を借りる形になったところで、頭にはてなが浮かんでいる俺の顔を見た裕香が、キョトンとした顔をした。
「いや、どうして肩を借りる形になったのかなって」
「こっちの方が確実」
「そ、そうか」
先ほどの会話から、言い出すと聞かないであろう性格を想像できたため、素直に肩を借りることにした。
近くにいてわかったが、女子の髪って意外と手入れされているんだな。
右手から伝わる人の温かさを感じながら、廊下を進む。
一つ目のオーガの足音は階下から聞こえてくる。
幽霊と同じで巡回ルートが決まっているのかもしれない。
それならば、新しいやつに出会わなければ無駄な戦闘は減らせるかもしれない。
様子をうかがいながら進むと、至る所にカラーボールの印をみつける。
あんなに怖がっていたのに、ひとりで蝶を追ってここまで来たんだなと思うと、彼女の強さを感じずにはいられなかった。
「オーガや幽霊はいなかったのか?」
「上に行けば行くほど少なくなってた。たぶん、2階が一番多いと思う」
上階まで行かせるつもりはなかったということなのだろうか。
オーガが幽霊の巡回をかいくぐり、最上階にたどり着くころには俺と裕香の息はあがっていた。
この状態でたたかうことになったら、負けるな。
そんなことを思いながら、最上階の廊下の先を見る。
そこには、あのピンク色の羽をもつ蝶が止まっていた。
* * * * * *
「あら、もう来てしまったのね」
ピンク色の壁に囲まれた部屋の中で、少女は虫の息になった少年とそれを支える少女の姿を見てつぶやく。
「お客さんよ、歓迎する準備をしないと」
眠ったままの少女は返事をしない。
しかし、その声に呼応するかのように、部屋がその模様を変えていく。
手狭だった部屋は広くなり、白い机と椅子が用意される。
それはまるで、来賓者をもてなすような雰囲気を出していた。
「さて、あなたたちはどうするのかしら」
少女は笑う。
まるで、これからのことをが楽しみで仕方が無いように。
ただ、その笑い声は純粋な笑い声ではなく、まるで悪女が悪だくみを働く前のような、そんな不気味さを含んでいた。
「さあ、いらっしゃい」
* * * * * *
廊下の灯りが一斉に灯る。
まるで、あの部屋に誘われているかのように。
「……罠だな」
「私もそんな気がする」
だが、罠とわかっていてもいかなければならないだろう。
奴らが隠れている以上、俺たちはなぶり殺しにされるしかない。
「いくしか道はない、か」
「私だけでも……」
「いや、結局どちらかがやられれば負けなんだ。二人で行くぞ」
「……わかった」
裕香に肩を借りながら、廊下を進む。
扉が近づく度、その異質さがはっきりしてくる。
ぼろぼろの廃病院に似つかわしくない、真新しい木の扉。
取っ手にはさび一つなく、ガラスも廊下の灯りを反射している。
ドアの前に立つと、蝶は役目を終えたように消えていく。
やはり、能力で作られた蝶だったか。
裕香と目を合わせる。
俺の意思を察したように、裕香は頷き、取っ手に手をかけた。
音もなくゆっくりと開く扉。
その向こうには、四方をピンク色の壁に囲まれた部屋があった。
それはまるで、少女の部屋のような。
ぬいぐるみがたくさん置いてありそうな、そんな雰囲気の部屋だった。
部屋の真ん中には白い机といすがあり、奥にはベットが置いてある。
そこに眠っている一人の少女の姿をみつける。
その隣に座っている少女の姿も。
「いらっしゃい、佐伯一弥くん。それと、パートナー殺しさん」
少女はクスリと笑う。
その仕草は少女のそれだったが、そこに子供の純粋さは微塵も感じられない。
悪女。
その一言がぴったりとハマるような仕草だった。
隣にいる裕香の顔を見ると、決して表には出そうとしていなかったが、傷ついているということだけは、右腕にかかる力で察することができた。
「お前が今回の対戦者か」
「ええ、そうよ。私は桜井 由真。こっちで寝ているのが、麻美 蓮花よ」
少女の仕草は、流れるように自然な動作だったが、その節々に"狙っている"ような意図を感じる。
一言で言えば、女子から嫌われるタイプの女子だ。
「まぁ立ち話もなんでしょうから、座って」
桜井 由真―――由真はゆっくりと立ち上がり、椅子に座る。
部屋の中に入り、裕香が俺を椅子に座らせる。
まるで介護されているような気分だ。
いや、実際されているのだから、間違っていないか。
「オーガとの戦闘は大変だったみたいね」
「あんな化け物、二度と相手にしたくないな」
そうつぶやきながら肩をさする振りをして、胸のホルスターに手を伸ばす。
エアガンはそこにある。
何かあれば、すぐに対応できるだろう。
「どうだった? 私たちが作ったこの病院は」
由真は目を輝かせて尋ねてくる。
先ほどから見ている彼女の動作は、やはりどこかあざとさを感じる。
「そうだな。正直に言って最悪だ」
「つれないなぁ、女の子から嫌われるよ?」
……お前が言うか。
そんな白い眼を向けると、由真はキョトンとした顔をする。
「それで、なにが目的だ? ここで談笑するためにわざわざ呼んだわけじゃないだろう?」
「もう少し付き合ってくれてもいいのに。しょうがないなぁ」
由真は笑う。
その笑顔に、ぞっとした。
猫をかぶった女子が本性を現すと、ここまで恐怖を感じるものなのか。
「裕香! にげろ!!」
「もう遅いよ」
由真は不敵な笑みを浮かべる。
その理由をようやく知る。
俺の声に反応しない、いや、"先ほどから一度も会話に参加していない"裕香の様子を。
「……何をした?」
「私の能力で眠ってもらっただけだよ。私が能力を解かない限り、二度と覚めない眠りにね」
少女の顔には笑顔が浮かんでいる。
だが、ここまでおぞましい笑顔を俺は見たことがない。
雨音さんの笑顔が人を癒す笑顔なら、この女の笑顔は人を不快にさせる笑顔だ。
「何が目的だ」
「交渉だよ、一弥君。さっきからずっと構えている銃で自分の頭を撃ち抜いて」
「つまり勝ちを譲れ、ということか?」
「そういうこと」
少女は笑顔を崩さない。
絶対的優位に立っている。
そんな、様子だ。
「この銃でお前を撃ち抜けばすべて終わる。能力者は死に、能力は解ける。こんな交渉に意味はないだろう?」
俺は胸のホルスターからエアガンを抜くと、それを由真に向ける。
それでも彼女は笑みを絶やさない。
「本当にそう思ってる? 私が死んでも、能力が解ける保証はないのでしょう?」
「どうかな? お前の能力が『相手を眠らせる能力』であるのなら、後ろで寝ているお前のパートナーも、お前の力で眠らせているのだろう」
「正解。だけど、少し残念」
彼女は指を鳴らす。
すると、ピンク色で囲まれていた部屋は白い壁にかわり、大きな窓も現れた。
それこそ、マンションの一室のような部屋だった。
「おはよう、蓮花。気分はどう?」
「う~ん、もうすこし寝ていたい~」
間延びした声が聞こえてくる。
それと同時に、眠そうに眼をこすった少女がベッドから起き上がってきた。
「これで、私の能力にかかっているのはパートナー殺しさんだけ。あなたが私を殺して勝利しても、あなたのパートナーが目覚める保証はない。蓮花はすでに起きているから、こちらにはデメリットはない。敗北しても、また勝てばいいだけですもの」
「……その話だと、俺が自分の頭を撃ち抜いても、裕香を目覚めさせる保証はないといっているようなものだが?」
「そこは信頼してほしいかな。なんなら、あなたが自分の頭を撃ち抜く前に目覚めさせてあげてもいいのよ?」
……交渉を受けたふりをして目覚めた直後に奴を撃つか?
机をはさんだ距離だ。
すぐに撃てる。
だが、それはあいても想像しているはずだ。
なにか仕組んでいるかもしれない。
いや、この女のことだ、仕組んでいないわけがない。
「さて、どうする? 佐伯 一弥君」
目の前の勝利か、裕香の安全か。
冷静に考えろ。
奴が欲しいのは、屈服させた勝利だ。
俺に選択を迫り、自死という形で、裕香にパートナー殺しの名前を再びかぶせようとしている。
ただ勝利以外が欲しいというのなら、オーガを駆使して圧倒的な物量でつぶせばいい。
奴はただ、楽しんでいるだけだ。
由真にとって、これはゲームなんだ。
自分はゲームマスターで、相手はプレイヤー。
絶対的な立場で俯瞰する。
俺がとる選択は―――。
「……決めたよ」
「聞かせてほしいな、君の選択を」
由真は不敵に笑う。
どこまでも、人を不快にさせる笑顔だ。
ちらりと蓮花の様子を見ると、彼女はまるで興味がないという様にあくびをしていた。
「俺の選択は、こうだ。……バレット」
俺は引き金を引く。
光弾は、"桜井 由真の頭"を目掛けて飛んでいく。
「それが君の選択だね」
それが由真の最期の言葉だった。
光弾は由真の頭を貫き、血が白い壁を赤く染める。
撃たれた衝撃で由真の体は、椅子ごと後ろに倒れ、視界から消える。
そして、俺の目の前に「WIN」の文字が浮かび上がった。
* * * * * *
ゲートを抜けると、心配そうな顔をした雨音さんの姿があった。
「佐伯君! 怪我は!?」
「だ、大丈夫です」
「よかったぁ……」
ほっと胸をなでおろす雨音さん。
どうやら心配をさせてしまったようだ。
実際、ゲート抜けると先ほどまでの痛みは嘘のように消え、左肩に少しだけ違和感があるだけだった。
雨音さんが作ってくれた服も破れてはいない。
仮想世界でのダメージは、現実世界には反映されないようだ。
「それと、水瀬さんは……?」
「裕香は……」
雨音さんがおずおずと聞いてきた。
俺は振り返ってじっとゲートを見る。
その要素を見た雨音さんが息をのむ音が聞こえてきた。
やがて、ゆっくりと裕香がゲートを抜けてきた。
「水瀬さ~ん!!」
雨音さんが泣きそうな顔で裕香に抱き付く。
いきなり抱き着かれた裕香は、突然のことにあたふたしていた。
「二度と目覚めないかと思ったよ~」
雨音さんは裕香の頭をなでている。
いや、それどころかほおずりまでしていないか……?
まぁ、そこまで心配だったということだろう。
「……仲睦まじいね」
ゲートから、蓮花に支えられた由真が姿を現した。
先ほど自分が殺した相手が、目の前で生きているという状況に改めて不思議な感覚を覚えた。
だが、敗者はすこしダメージを受けるのか、歩くのがやったみたいだった。
「まぁ、雨音さんだからな」
俺がそうつぶやくと、由真は「なるほど」とつぶやいた。
「それはそうと、どうして私を撃てたのか教えてくれるかな?」
「ああ、それは……」
俺がそう答えようとすると、廊下の奥、あの女子学生の姿を見た。
なんだ、準備してくれていたのか。
「お前が楽しんでいるから、かな。幽霊やオーガの巡回経路が決まっていること、自分の居場所を示す蝶を飛ばしていたこと、俺に交渉を持ちかけたこと。まるで"ゲーム"のように」
そう、これは正真正銘、命を懸けた"脱出ゲーム"だったのだ。
開始直後に裕香が言っていた『対戦相手は、能力の弱点が原因でドベ2ではない』ということ。
交渉時に、パートナーの能力をすぐに解除させたこと。
そして、裕香のことを『パートナー殺し』と終始呼んでいたこと。
最初から、由真の描いたシナリオ通りに進んでいたのは、想像できなくなかった。
「"出口のない脱出ゲームは存在してはならない"、そう思っていくつか用意はしたんだよ」
「だろうな。ピンクの蝶はまさにそれだろう」
「さすがに、やり過ぎたかなって思ってるよ。だけど、それだけじゃないんでしょう?」
う~ん、やっぱりばれてるか。
「まあな。俺は少しずるをした」
「ずる?」
「俺は『アビリティを無効化する能力』を持っている人間を知ってる」
「……なるほど。最初から交渉なんて意味なかったんだね」
「それに……事情は知らないが、裕香に『パートナー殺し』なんて運命を押し付けたくはなかったからな」
「負けたなぁ」
由真は笑う。
その顔は、先ほどまでと打って変わって、年相応の純粋な笑顔だった。




