番外編 出会いの物語 「二人でしか」
どうもMake Only Innocent Fantasyの三条海斗です。
今回は番外編で、ワードワーカーの2人の物語となっています。
本当は辰巳と香耶のを書こうとしたのですが、物語の流れ的にこっちの方がすんなり書けてしまったので……。辰巳と香耶のは、どこかで書けたらなと思います……。
それでは、どうぞ!
「ああ、もう! くやしいぃぃぃ~~~~!!」
私の隣で地団太を踏んでいるのは、パートナーである柚月 文香だ。
先ほど、佐伯一弥・水瀬裕香のペアに負けて、悔しがっている。
「最後の何!? あんなのずるいよ!!」
対戦しているときは敬語で話していたのに、今の様子はすごく子供っぽい。
「ずるいって、あんたも人のこと言えないでしょ」
「……どこが」
「3本勝負に乗っておきながら、能力で絶対外すようにしたとこ」
彼女は負けるといつもこんな感じなので、私はいつものように適当にあしらっている。
放置する、という選択肢は彼女の地団太の時間が無駄に増えるだけだ。
「……だってぇ……」
あ、これは……。
彼女の感情が私の中に流れ込んでくる。
これは……泣くな……。
「はいはい、悪かったから。ほら、泣かない泣かな~い」
私は文香の頭をやさしく撫でる。
これで少しはまともになるはずだ。
佐伯一弥は私の能力を「感染」と言ったが、正確にはちょっと違う。
私の本当の能力は「共有」。
同じいる空間にいる人間の状態を共有することができる。
共有するかどうかは、私が決められるが私自身はすべての人間の状態を共有してしまう。
ワードワーカーの本当の能力は、文香が自分にかけた「自己暗示」を、私が相手に「共有」させているだけなのだ。
相手にとって有利になる暗示は共有しないし、逆に相手も不利になる暗示は共有する。
だから、相手の能力がわかっている場合は先手で能力を封じることもできた。
今回の敗因は間違いなく文香にあるのだけど、それを言うと本当に泣き出してしまう。
それに最後のワードワーカーは、私も共有させたのだから共犯だ。
しばらく頭をなでていると、ようやく落ち着いたようで涙声でぽつりとつぶやいた。
「……負けた……」
「そうだね」
「由衣は悔しくないの?」
「う~ん、そこまでかなぁ。負ける時もあるよ」
この言葉に偽りはない。
実際、負けてもそんなに悔しくはない。
文香の場合は、自分から吹っ掛けた喧嘩で任されているのだから、すごく悔しいのだろうけど。
「うぅ……」
ああ、また泣きそうだ。
どうしたものかと思い、ふと窓の外を見る。
すでに日が沈み始め、空はオレンジがかった空も紺色が混じり始めていた。
そういえば、私たちが初めて会った時も同じような感じだった気がする。
あれは……そう去年の……私が入学してしばらくたった頃だった。
* * * * * *
「図書室……か。まぁ静かだからいいっか」
クラスメイトたちが自分のパートナー探しに熱中しているころ、私はそこまで熱くなれなかったので、一人で時間をつぶせる場所を探していた。
そこで見つけたのが、この学園の図書室だった。
さすがに図書室の中までは、勧誘はしないだろう。
そう思って、私は図書室の扉を開けた。
まだ5月の空は明るく、今ほど夕焼けが差し込むほどでもなかったし、1年はパートナー探しの最中だから人も全くいなかった。
「これはラッキー」
もともと本を読むのは好きだったので、適当に小説を1冊見繕って窓際の、それこそ入口から死角になる場所の椅子に座った。
しばらく読んでいると、だんだん図書室も暗くなってきて、下校時間になっていた。
「そろそろ帰るか……」
パートナー探しも落ち着いているころだろうし。
そう思って、本を閉じると勢いよく図書室の扉が開け放たれた。
(な、なんだ……?)
入口から死角になっているため、こっちからも入口は見えない。
ただ、その人物は図書室の扉を思い切り閉めると、どこかの椅子に座ったようだ。
それからすぐに、私の中に”なにか”が流れ込んできた。
(これは……ああ、泣いているんだなぁ)
悲しみの感情を強く感じる。
何かあったのかは知らないが、その人物はすごく泣いているみたいだった。
(しまったなぁ……。出るタイミングを逃した)
声を押し殺してはいるが、私の能力ですべて筒抜けだ。
でも、しばらくしたら出ていくだろう。
それまでは、このままじっとしていよう。
そう思い、私はもう一度本を開いた。
しかし、どれだけたっても彼女は泣き止む様子はない。
それどころか、いろいろな負の感情が流れ込んでくる。
気のせいか、地団太を踏むような音も聞こえてきた。
(ああ、もう!)
さすがに静かな場所を求めてここまで来たのに、うるさくされたらたまったもんじゃない。
それに、そろそろ帰ろうと思っていたのに勝手に来て泣かれても迷惑だ。
今思えば彼女の感情に影響されていたのだろうけど、その当時の私はそのことにすごくむかついた。
「ちょっと、勝手に来てめそめそしてんじゃないわよ」
いきなりの登場に、泣いていた人物―――それこそ、柚月 文香だったわけだけど―――は目を丸くしていた。
「あなた誰?」
泣いていた人物は、私にそう問いかけてきた。
それはこっちのセリフだ、とも思ったけど私は素直に名乗ることにした。
「1年の伊藤 由衣よ。あなたも1年なんでしょ?」
泣いていた人物は、黙ってうなづく。
まぁ、リボンを見ればわかるのだけど。
「それで、あんたは?」
「私は……1年の柚月 文香……」
「柚月さんね、なんで泣いてるの」
私の問いかけに、文香はさらに涙を浮かべた。
しまった、そう思った時には彼女の目から涙がボロボロこぼれていた。
こいつ本当に高校生か……?
「ああ、悪かったから。ほら、泣かない泣かない」
見かねた私は、子供をあやすように文香の頭をなでる。
しばらくして落ち着いた文香は、泣いていたわけを話してくれた。
どうやらパートナー探しをしていたが自分の能力はあまりにも戦闘向きではなく、誰もパートナーになってくれなかったそうだ。
それどころか、心無い言葉をいろいろと浴びた彼女は我慢の限界に達して、この図書室へと駆け込んできたらしい。
まぁ、パートナー探しに躍起になるのは仕方がないし、焦っていれば相手を気遣う余裕もないかもしれない。
「事情は分かったけど、ここで泣いても仕方ないでしょ」
「そうだけど……」
このままじゃ、堂々巡りになる気がする。
「わかった、わかった。私がパートナーになってあげるから」
「……え?」
「私の能力も戦闘向きじゃないし、誰もパートナーになってくれなさそうだからさ。組んでくれるとありがたいんだよねぇ」
私がそういうと、彼女はすこし視線を左右させた後、顔をパッと明るくした。
「うん、お願い!」
これが、私たち『ワードワーカー』の誕生の瞬間だった。
* * * * * *
この当時は文香は私の能力を知らなかったし、私も文香の能力を知らなかった。
だから、お互いの能力がお互いの力を高めるなんて想像もしてなかった。
結果オーライとはまさにこのことだなと。
「……どうしたの?」
「ん? なんでも」
それから文香は人前で泣くことはなくなったし、すこしだけ見栄も張れるようにもなった。
だけど、あの頃から文香はあんまり変わってない。
こうして私の前では、あのころと変わらない泣き顔を見せている。
「でも、私はやっぱり悔しい」
「なんでさ」
「だって……」
文香は涙をためた上目遣いで、私の目を見る。
同い年なんだけどなぁ、なんでこう子供っぽいんだろうなぁ。
まぁ同級生に、もっと子供っぽい鷺城 香耶というのもいるけれど。
「二人なら勝てるって、あの時から信じてるから」
「……!」
まったく、文香はこういうことを素でいうのだから。
「ごめんごめん。でも……」
私たちは「一人」では大きな力を持っていない。
だから、私たちは「二人」でしか戦えない。
だけど……。
「"二人"でしかできないこと、やっていこうよ。今回は相手の方が上手だったけど、次勝てるようにしよう」
「……うん」
文香の気持ちが落ち着いたのがわかる。
こういうことも、私たち「二人でしか」できないことだから。




