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ディザイアゲート  作者: M.O.I.F.
第1部
33/39

第二十九話 文化祭

「いよいよだ……」

「うん、なんだか緊張してきた……」

「大丈夫だ、ここまで準備してきたじゃないか」

「……うん」

文化祭の衣装に身を包んで、文化祭開催の合図を待つ。

そう、ようやくここまで来ることが出来た。

由真に嵌められたあの日から、もう1ヶ月が経とうとしている。

それまでに、いろいろなことがあった。

宮城 夏美との出会い、パートナー殺しの事件のことを知ったこと。

楓と戦い、助けるべき人が近くにいたことに気づかなかったこと。

そのどれもが、いまここにいるために必要なことだったと思う。

「ありがとうな」

「突然どうしたの?」

「お前の助けがなくちゃ、ここまで準備することは出来なかったと思う」

「お礼を言うのはこっちだよ」

そういう裕香の顔は、晴れ晴れとしている。

出会った頃の、冷たい表情はめっきり見せなくなった。

それはとても嬉しいことで、ここまでに至る苦しい日々があったことを俺は知っている。

「ありがとう」

「……なんだか、照れくさいな」

「そうだね」

二人して笑い合う。

こうした何気ない会話の1つ1つが、大切な思い出になる。

……大事にしていこう。

「お〜い、お二人さ〜ん」

えらく間延びした由真の声が、聞こえてくる。

「ん? どうした?」

「こんな場所で二人の世界を作らないでほしいな」

「……」

そう、俺達はいま教室にいる。

それは当然、他のクラスメイトもいるわけで。

「……すまない、ちょっと感慨深くって」

「そういう気持ちもわかるけど、文化祭はこれからなんだよ」

「ああ、わかっている」

「うん、気合を入れていこう!」

「「お、おう……」」

突然上がった裕香のテンションに、俺と由真はたじろぐしかなかった。

やがて、開始を告げるチャイムが鳴ると、雨音さんのいつものあの声でアナウンスが流れた。

『それじゃあ、天ヶ瀬学園文化祭、開始でーす!』

「よしっ、いくぞっ!」

「うん!」

こうして、俺達の文化祭は幕を開けたのだった。


 * * * * * * 


「それにしても、一般の人も結構来るんだな」

「この学園の建設でちょっと色々あって、その縁で呼んでるみたいだよ」

「なに、その裏事情!?」

「佐伯くん、冗談だよ……。まぁそんな噂がなかったわけじゃないけど」

「余計に怖いよっ!」

と、由真の手のひらで踊らされながら、俺達は来てくれたお客さんの相手をしていく。

意外と俺たちの出し物は好評で、結構な人数が来てくれている。

ただ、脱出ゲームの特性もあって一気にお客さんが入れられない。

そうなると当然行列もできるわけで。

「これ、大丈夫……か?」

「う〜ん、どうだろう……」

俺と由真はでき上がってしまった大行列を前に、俺たちは顔を合わせたのだった。


 * * * * * * 


一方、そのころ。

一弥から「初日の午前中は、オペレーション教育も含めて参加してほしい」と頼まれていた裕香は、とめどなく流れてくる客の数に呆然としていた。

「何、この人の数……」

「知らないわよ、ほら! オーダーたまってる!!」

「う、うん! ごめん!!」

半ば自棄になってこたえる梨絵の言葉に、裕香は手を動かすことだけを考えた。

幸い、作り置きができるものをベースにしていたこともあって、ケーキのほうは問題がなかった。

梨絵が用意したトッピングも好評を得ている。

しかし、現状はそれが問題だった。

俗にいう写真映えするそれらは、回転率を下げることにつながっていた。

いくらゲーム部分で時間がかかるとはいえ、入ってくる客の数と離席する客の数があっていない。

それは人員整理をしている一弥たちにも影響し、行列ができる原因になっていた。

ただ、それを解決できる策を何も用意してなかったため、いまはただ手を動かすことしかできないでいた。

唯一の救いといえば、机と椅子は普段授業で使っているものにテーブルクロスをかけただけのもののため、座り心地があまりよくなく長い時間座れないことだった。

それでも回転率が上がるほどの効果があるわけではない。

満員御礼、と素直に喜んでいられる状況ではないのだが、忙しそうに働く裕香の顔は生き生きとしている。

そんな裕香の顔を見て、クマのぬいぐるみ ――― 宮城 夏美 ――― は満足そうに笑っていた。


 * * * * * * 


「よ、ようやく……」

「ひと段落……」

ぐったりと座り込む、俺と由真。

もう立っていられる余裕はなかった。

「どうしてこんなに人が……?」

「わからないよ、ただ大成功ってことは間違いないね」

「それはそうだが……」

しかし、これだと裕香が文化祭を回る余裕がなくなってしまう。

「……どうにかして、行列だけは回避しないとな……」

「う~ん、どうしようか……」

「「……はぁ……」」

二人してため息を吐く。

幸い、今の時間なら廊下にはお客さんの姿は見えなかった。

「……この時間、何かあるのか?」

「ああ、体育館で演劇をやってるのかも」

「そういう出し物もあるのか」

「うん、今の三年生にすごいかわいい子がいて、その人目当てで来る人もいるみたいだよ」

「そうなのか……」

……ちょっと興味あるな。

ふと視線に気づいて横を見てみると、ジト目の由真の顔があった。

「……」

「な、なんだよ」

「いや、佐伯君も男の子なんだなぁと」

「悪かったな……」

さすがに考えていることはばれているみたいなので、否定はしない。

いや、そこまで人が集まるってことはよほどのことだろうし、そんな美人が学校にいるのなら一目見てみたいと思うのは、当然のことだろう。

「まぁ、その分余裕ができてるわけだからいいんだけど」

「……演劇……そうか」

「どうしたの?」

「利益は減るかもしれないが、客足を制限できる方法が1つだけある」

俺はいま思いついたことを由真に話す。

それを聞いた由真は、すこしだけ笑みを浮かべた。

「なるほど、それは名案だね」

「早速作業に取り掛かろう」

俺はシフト表とにらめっこしながら、真新しい紙に時間を記入していった。

由真には裕香への伝言を頼み、あるものを作ってもらうことになっている。

裕香のアビリティがあれば、時間はかからないだろう。

「よし、これで……!」

俺は書き上げた紙を扉に張り付ける。

「佐伯君、由真ちゃんから頼まれていたもの持ってきたよ」

「助かる!」

「……これは?」

「開演時間と整理券番号の対応付けだ。1回のお客さんをこれで制限して、列ができないようにする」

「なるほど……」

「それで、整理券はどんな感じだ?」

「えっと、『招待状っぽく』って話だったから、レターボックス風のカードにしてみたよ」

裕香が取り出してきたのは、蝋印が押されている封筒のように見えるカードだった。

表面には整理券Noと宛名を書くところがあり、いかにも招待状と言わんばかりのデザインだ。

「ほう……いいな、これ」

「そう言ってもらえるとうれしいな」

「さっそく、受付を始めよう。そういえば、裕香はもう休みの時間だったな。あいつと回ってきたらどうだ?」

「でも、ここまで忙しいなら」

「休めるときに休む、だろ? それに整理券を配布すれば、さっきみたいな忙しさにはならないさ」

「……わかった。お言葉に甘えるね」

そういうと裕香は、すこしだけ嬉しそうに教室の中へと戻っていった。

「君の休み時間はどうするの?」

裕香と入れ違いでやってきた由真は、俺たちの会話を盗み聞きしてたといわんばかりに声をかけてきた。

「整理券配布まではやるさ。それに、あいつらの邪魔をするわけにはいかないからな」

「あいつら?」

「……こっちの話だ。俺たちは整理券の配布をさっさと終わらせよう」

「そうだね」

机と椅子を2つ並べて、そこに並んで座る。

「受付」とだけ書かれた白い紙を貼り付けただけの簡易的なものだが、問題ないだろう。

「この文化祭で話す機会が増えたよね、私たち」

「そうだな、始まる前はそんなに話すことなかったな」

「まぁ、君は私の頭を撃ち抜いているわけだけど」

……まだ言うか。

そう思ったのが顔に出たのか、由真は俺の顔を見て「事実じゃない」と言った。

まぁ、そうだが……。

「そういうお前は口調が変わったよな。最初にあったころの嫌味な感じが抜けたというか」

「そうかな?」

「そうだよ、最初のころは裕香のことをひどく言っていたからよく覚えてる」

「ああ……あの時ね……」

そういう今の顔は、どこかばつが悪そうだった。

「いま思えば、あれもゲームの敵キャラを演じてたんだろうと思うが……」

「冷静に分析しないでよ」

「その時は、こんな気さくに話す日が来るとは思ってなかったよ」

「それについては同感。私の友人は蓮花だけだと思ってたから……こうして、みんなで何かをするなんて想像もしてなかった」

そうしみじみという由真の顔は、すこしだけ嬉しそうに、だけど同時に少し恥ずかしそうに笑っていた。

梨絵がデザインした衣装を着ていることもあって、最初に出会った由真のイメージが俺の中で崩れていく気がした。

「俺もだな。この学園にきて、まさかこんな学生らしいことをするとは、想像もしてなかった」

「そういえば、佐伯君はどうして転校してきたの? この学校の特性からすれば、転校自体が異常だと思うけど」

「ああ……話したことなかったか?」

「うん」

「そうか……。一言でいえば、雨音さんに脅迫されたから、だな」

「きょ、脅迫……?」

由真の顔がひきつっている。

まぁ、そうだろうな……。

「妹が一人いるんだが、その妹が突然アビリティに目覚めたんだ。目覚めたアビリティが制御できなくて……」

「暴走してしまった、と」

「ああ。その時、雨音さんと生徒会長のパートナーともう一人ゲートを開く能力を持った奴の三人が来て、妹を連れて行った。それで妹を助ける条件に、この学園に入学させられたというわけだ」

「それじゃあ、アビリティアリーナに参加してるのも……」

「麻耶を……妹を助けるためだ」

「そんな裏事情があったんだね」

「まぁ、裏事情ってわけでもないんだけどな。そういうお前の願いってなんなんだ?」

「私? えっと……」

由真はすこしだけ考えるように天を仰ぎ、「うん」とだけつぶやくと無邪気な笑みでこう言ったのだった。

「内緒」


 * * * * * * 


「何処に行こうか」

「う~ん、演劇が気になるけど、次の公演まで時間があるなぁ」

「それじゃあ、ここはどうかな?」

「いいね」

そんな他愛のない会話をする2人。

普通であれば、何の違和感もない何気ない会話だろう。

少女の話し相手がクマのぬいぐるみでなければ。

クマのぬいぐるみと会話をする裕香の姿を見て、通行人は「ああ、この子……ぬいぐるみと会話してる……」と憐みの視線を向ける。

そんなことをまったくもって知らない2人は、今まで話せなかった時間を取り戻すかのように、無邪気に話し続けていた。

いろんな出店を回った2人は、演劇の開始時間近くになって体育館へと向かう。

裕香の膝の上に、クマのぬいぐるみを置く形で席に座る。

「見える?」

「うん、大丈夫。それにしても、すごい数だね……」

「有名人でも来るのかな?」

2人はこの学園の美少女の話を知らないため、体育館の席に座れたことがどれほど幸運だったのかを知らない。

「そういえば、裕香は佐伯君とどんな感じなの?」

「ど、どうって……?」

「ほら、なんか『格好いいなぁ』とか『頼りになるなぁ』とか」

「あ、ああ、えっと……そうだね、すごく頼りになるよ」

裕香の動揺を夏美は見逃さなかったのだが、ここでそれを問うのは得策ではないと考えたのか、そのまま話をつづける。

「例えば?」

「う〜ん、そうだなぁ……」

裕香は、ぽつりぽつりと思い出すように、一弥との思い出を話していく。

練習試合のとき、いきなり水鉄砲がほしいと言われて驚いたこと。

初戦のとき、ぼろぼろになってでも立ち上がろうとして、必死で休ませたこと。

斎藤・武藤戦のとき、バランスボールを思い切り投げたこと。

ランクアップ戦のとき、ひと悶着あってそれが噂になったこと。

楓戦のとき、ぼろぼろになりながらも戦う姿に目が離せなかったこと。

大切な記憶をなぞるように、裕香はひとつひとつをゆっくりと話していく。

その話を、夏美は満足そうに聞いていた。

「そっか、裕香にとって佐伯くんは……」

夏美の言葉を遮るかのように、開演のブザーが鳴り響く。

やがて、体育館の明かりは消え、緞帳がゆっくり上がっていった。

「さっき、なにか……」

「ううん、大したことじゃないから。それよりも劇、観ようよ」

「うん」

裕香は、夏美が見やすいようにすこしだけ持ち上げると、幕が上がったばかりの劇の舞台に視線を向ける。

舞台には、とびっきりの美少女が立っていた。

終劇後、体育館を後にした裕香は、ポツリと呟いた。

「すごかったね……」

「うん、特に主役の女の子……。アイドルか何かかと思ったよ……」

主役をやっていた3年の女子学生の容姿に、観客は息を呑んだ。

美少女というには彼女の妖艶さが表現できず、大人っぽいといえば彼女の持つ透明さがなくなってしまうような、そんな相反する美しさを持ち合わせた少女の姿に、観客は皆、目を奪われてしまっていた。

「あんなに綺麗な人が同じ学園にいたんだね」

「すこしは噂ぐらい聞こえてきてもいいと思ったんだけど……」

「全然」

「そっか……。名前ぐらいはパンフレットに書いてあるんじゃない?」

夏美の言葉に、裕香は文化祭のパンフレットに目を通す。

演劇の欄に、出演者の一覧を2人は見つける。

「えっと、主演……(ともえ) 美紅(みあか)さんっていうんだ」

「名前だけでも、アイドルみたい……」

そんなことを話していると、遠くの方でざわめきが聞こえてきた。

その方向に視線を移すと、さきほどまで劇の主役をやっていた美紅が外に出てきていた。

園となりには、美紅の相手役を努めていた男子学生の姿もある。

「あの人は……萩原(はぎわら) (あおい)さんか」

「美男美女のカップル……」

夏美がそうこぼしたのも無理はない。

演劇の中で2人が結ばれる物語だったが、葵の腕に抱きつくように並ぶ美紅たちの姿は、それこそ演劇のままのようだった。

「あ、あの子……」

「どうしたんだい?」

「ちょっとまってて」

美紅は葵にそう告げると、楽しげに裕香に近づいていく。

美人が笑顔でこちらに向かってくることに慣れていない裕香は、その場で呆然と立ち尽くしていた。

「貴方、さっきの劇を観に来てくれてたよね?」

「え、ああ、はい」

「そのぬいぐるみ、舞台の上からでも見えてたから。ありがとうね」

「いえ……」

「なんだか、近いうちにまた会う気がするわ。その時、ゆっくりお話しましょうね」

「は、はい! ぜひ!!」

美紅は「ばいば〜い」と笑顔で手を振って、葵のもとへと戻っていく。

それを見た裕香は、自分とパートナーの姿を連想し、顔を赤くする。

そして、その裕香の姿を見た夏美は、ニヤニヤと笑みを浮かべるのだった。


 * * * * * * 


「ただいま、どうだった?」

クマのぬいぐるみを大事そうに抱えた裕香は、教室に戻ってくるなりそう訪ねてきた。

「整理券は完売、時間制にしたおかげでパニックになることは避けられたから落ち着いているよ」

「そっか、よかった……」

俺の答えを聞いて、裕香はほっと胸をなでおろした。

文化祭を回っていても、やはり少し気になっていたようだ。

「そっちは、どうだった? 楽しめたか?」

「うん、それはもう十分に!」

「お、おう……?」

なんだか、裕香のテンションが異常に高いぞ……。

それだけ楽しんできたんだろうが、一体何があったんだ……?

その時、俺の服の裾を引っ張られる感覚に気づき、足元に目をやる。

そこには、裕香の腕から抜け出してきたクマのぬいぐるみこと、宮城 夏美がいた。

『おい、なにがあったんだよ』

『体育館で劇をやってるじゃない、その主役の女の子に声をかけられたの』

『それで、あのテンションなのか……』

『……まぁ、ホントはそれだけじゃないんだけど』

「なんだって?」

「なんでもないよ、それより隣の子がすごい顔してるよ」

宮城 夏美の言葉の通り、俺の隣で由真がものすごい顔をしていた。

そう、まるで「こいつはなぜぬいぐるみと会話をしているんだ?」と言わんばかりの顔だ。

「んっ、んん! とにかく、楽しんできたみたいでよかったよ」

「ようやく、私達のシフトも終わりかぁ……」

由真は凝り固まった体をほぐすように、大きく伸びをした。

「お前はこれから蓮花と一緒に文化祭をみるのか?」

「そのつもり。君はどうするの?」

「俺か? 俺は……」

どうしようか、全然考えていなかったな……。

「そういえば」

どうしようか考えていると、裕香が何かを思い出したようにそういったあと、俺の方を見て、言葉を続ける。

「雨音先生が『シフトが終わったら職員室に来て』って」

「雨音さんが?」

一体、なんの用事だろう。

補習のことだろうか。

「とりあえず、そこにいくか……」

「それじゃあ、後は任せたよ」

「うん、任せて」

裕香に後を任せて、由真は蓮花の、俺は雨音さんのもとへと向かっていった。


 * * * * * * 


「失礼しま……す……」

職員室に入るなり、俺は言葉を失った。

なぜならば、目の前にいるはずの人物がいたからだ。

「えっと……久しぶり?」

「麻弥っ!!」

俺は、まっすぐに妹の、麻弥のもとへと向かう。

「お前、どうして! それよりも、体は大丈夫なのか!?」

「えっと……」

「はいはい、佐伯くん、落ち着いて」

「雨音さん……」

麻弥の後ろに立っていた雨音さんの声に、わずかばかりの理性を取り戻す。

「特例で連れてきたの。せっかくの文化祭、佐伯くんのことだからどうせ一人だろうと思って」

「なんだかバカにされているような気がしているのは、気のせいでしょうか」

「気のせい、気のせい。で、いい機会だから特例でゲートから連れてきちゃいました〜」

「でも、麻弥の能力は……」

「それなら、大丈夫」

雨音さんは麻弥の首にかかっているネックレスを手に取る。

「これは?」

「アビリティ無効化装置。見た目はただのネックレスなんだけど、これをつけている間は能力が発動しないの」

「すごいですね、でもこれがあるなら麻弥をゲートに入れておく必要は……」

「う〜ん、この装置ちょっとだけ問題があって」

「問題?」

「この装置、3時間くらいしか持たないの」

「ああ……そう……なんですね……」

がっくりと肩を落とす。

まぁでも、三時間だけでも再開できたのなら良しとしよう。

「だから、文化祭の終了時間までには戻ってきてね」

「わかりました」

「雨音さん、ありがとうございます」

麻弥は誘拐犯である雨音さんに礼を言う。

……そう、雨音さん誘拐犯なんだよな……。

「佐伯くん、心の声ダダ漏れだから」

「……さてと、麻弥。さっそく文化祭を見て回ろう」

「うん!」

明るくわらうまやの顔を見て、すこしだけ俺はホッとした。


 * * * * * * 


職員室を後にする一弥と麻弥の姿を見送る雨音。

2人の背中が消えたのを見計らって、ふぅっと息を吐いた。

職員室の来客室から一人の男が現れる。

男は雨音の姿を見ると、すこし笑みを浮かべた。

「よかったんですか、副作用のことを言わなくて」

「言っても、仕方ないじゃない。それに副作用って言っても、普通の人間には大したことじゃないわ」

「それでも知らせない、というのは思った以上に反感を買いますよ。たとえそれが『装着中は眠れなくなる』程度のものであったとしても」

「そもそも、そういう仕組なのだから副作用ではないでしょう?」

「否定はしませんけどね」

男の態度に、雨音は冷たい表情を見せた。

「関ヶ原 司、あなたの仕事はここまでのはずよ」

「……わかりました、私は『永久の(はざま)』に戻ります。また何かあればお呼びください」

そういうと司は来客室のドアを開けて中へと入っていく。

雨音はドアが完全にしまったことを確認すると、「まったく、これだから……」と愚痴をこぼした。


 * * * * * * 


「麻弥、どこを回りたい?」

「う〜ん、そうだなぁ……」

俺の隣で少し考えるような仕草をする麻弥。

その姿を見て、俺はとても懐かしい気持ちになった。

「そうだ、お兄ちゃんのクラスは何をしているの?」

「俺か? 俺のクラスは……そうだな、喫茶店といったところか」

「ちょっと見てみたいかも」

「そうか……」

身内が文化祭の客になるのは、すこしだけ恥ずかしい気持ちになる。

それでも、麻弥に見てもらいたい気持ちのほうが強かった。

「わかった、連れて行こう。特別にご招待」

「うん」

俺は麻弥をつれて、自分のクラスへと向かう。

受付には裕香一人だけ座っていて、客の入場も終わっているようだった。

「あれ、どうしたの? それに……隣の子は?」

俺の姿を見た裕香は、隣に立つ麻弥に視線を向けた。

「紹介するよ、俺の妹の麻弥で、こっちが俺のパートナーの水瀬 裕香だ」

「いつも兄がお世話になっています」

「こちらこそ、さえ……一弥くんには、いつも助けられてます」

二人して仰々しく頭を下げる。

なんだか似てるな、この2人。

「それで、ちょっと麻弥に中を見せてやりたいんだが……」

「うん、大丈夫だよ。いま席は空いているし」

「助かるよ」

「それじゃあ1名様、ご案内です」

カーテンの向こう、不思議のアリスの世界が広がる教室に麻弥と2人で入っていく。

この学園で、こんなことが経験できるなんて思っても見なかったな。

やがてゲームが終わり、帽子屋のティータイムにご招待された。

「ん? その子、誰?」

テーブルにオーダーを取りに来た梨絵が、摩耶を見るなりそう尋ねてきた。

「ああ、俺の妹だ」

「どうも」

「へぇ……似てないね〜。妹はこんなに可愛いのに、兄ときたら……」

「ん? どういう意味だ?」

「いや、なんでも〜。それで、ご注文は?」

麻弥はメニューから、好きな飲物を選んで梨絵に伝える。

梨絵は注文を取ると、奥へと戻っていった。

「可愛い衣装だね」

「さっき注文を取りに来たやつがデザインしたんだ」

「へぇ、すごいね」

麻弥はデザインのことを聞いて、梨絵の印象を改めたようだった。

「なんだか、お兄ちゃんの友達は女の子ばかりだね」

「そんなことないさ。今はこの場所にいないだけだ」

「聞かせてよ」

うん、良しってならない話ばかりなんだよな……。

「そうだなぁ……ケーキ作った話をしようか」

「作れたの?」

「ああ、当然だ」

すこしだけドヤ顔してみる。

「どうせ裕香さんに手伝ってもらったんでしょう?」

「……いや、ちゃんとつくったぞ」

「1人で?」

「……2人で」

「やっぱり」

「そんなこというなよ、これでも進歩だろう?」

「まぁね。そっか……お兄ちゃんがお菓子作りかぁ……」

麻弥はしみじみと呟く。

「意外だったか?」

「意外といえば、意外だったかな。私がやろうって言ってもやってくれなかったじゃん」

「そ、そうだったか……?」

「そうだよ」

「そうか……」

確かに、麻弥の頼みを聞いてやったことは少なかったかもしれない。

「また、時間ができたら一緒にやろう」

「うん、そうだね」

そういう麻弥の顔は、すこしだけ寂しそうだった。

それからすぐに梨絵が、紅茶を持ってテーブルにやってきた。

「おまたせしました」

「ありがとうございます」

麻弥は、梨絵に丁寧にお辞儀をすると紅茶を一口飲んで、「おいしい」とつぶやいた。

「おや、実行委員がお客さんかい?」

今度はウェイトレスをしていた飯山が、机にやってきた。

……そういえば、すっかり忘れていたが、裕香とのこともこいつが間にいたらもっとすんなり進んだんじゃないか?

「俺は客じゃない。お客様はこっち」

「これはこれは。僕は飯山 芳樹、梨絵にはもうあったかな?」

「はい、さきほど紅茶を」

「2人共、彼にはちょっとした縁があるんだよ」

「そうだったんですね。兄がお世話になってます」

麻弥の言葉に飯山は「へえ」と感嘆の声を漏らした。

「しっかりした妹さんだね」

「……」

「どうしたんだい?」

「いや、俺の評価が相当低いことがわかっただけだ」

俺の言葉に、飯山は苦笑いだけ返した。

せめて否定してくれ………。

ただ、麻弥の笑顔が見れたから、まぁ良しとしよう。

それからしばらく、俺は麻弥と談笑していた。

「ああ、もう入れ替わりの時間か」

「次のお客さんが来ちゃうんだね」

「ああ、そろそろ出ないといけないな」

「うん、行こうか」

2人で席を立ち、教室を後にする。

残された時間は、あと僅か。

最後に、なにか……出来ないだろうか。

それからしばらく、校舎の中を回る。

文化祭も、もうじき終わるため、人の数はだんだんと減っていく。

「楽しいお祭ほど、終わると寂しいね」

「ああ、そうだな」

「……実行委員だったんだね」

「人柱にされた」

「あはは、お兄ちゃんらしい」

「どういう意味だよ」

「どうせ『佐伯くんがいいと思いま〜す』ってなったんでしょ?」

「……エスパーか、お前」

「図星だったんだ……」

「でも、いい経験だったよ」

「楽しかった?」

「……そうだな、いろいろあったけど楽しかった」

「そっか、よかったね」

麻弥のその言葉で気付かされる。

俺たちが今いるのは職員室の前で、もう時間はないのだと。

「そうか、もう時間なんだな」

「うん、ちょっと寂しいけど」

「心配するな、また……すぐに会えるさ。そしたら、一緒にケーキをつくろう」

「いいね、それ。楽しみにしてる」

「あ、そうだ。これを」

俺は腰のホルスターから、懐中電灯を取り出して麻弥に渡す。

「これは?」

「懐中電灯だが、同時に俺のことを守ってくれたお守りだ。きっと、麻弥のことも守ってくれる」

「ありがとう、次会うときまで預かっておくね」

「なくすなよ」

「当然」

麻弥は寂しさを感じさせない笑顔で、職員室の中へと入っていった。

その後姿を、俺は見送るしかなかった。

あのときと同じ。

ただ違うのは、これは約束だ。

未来でまた合うための、約束。

「待ってろよ、麻弥……」

もういちど、決意する。

必ず麻耶を助けてみせると。

やがて、職員室から雨音さんが出てきた。

「雨音さん」

「麻弥ちゃんなら、もうゲートの向こう側よ」

「わかってます、今日は本当にありがとうございました」

俺はたぶん、天音さんに対して一番深く頭を下げた気がする。

「いいのよ。それより文化祭、楽しめた?」

「はい、おかげさまで」

「よかった」

雨音さんはいつもの柔らかな笑顔を浮かべるのだった。

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